セルジュは、赤ずきん・レイスの棲む小屋から、数キロ先に離れた場所に向かった。真っ昼間でも暗い森の道を歩く事になった。途中、沢山の人形の残骸が転がっていた。腕だけのものもあったし、毛髪が無く、目玉が半分無くなっている頭だけの人形もあった。それらは喰い千切られた後があった。彼らは、未だにレイスを殺したがっているのだ。それは復讐なのだろうか?
あれから、レイスは他にも勝手に話してくれた。彼女の産まれた村の風習の事を……。デス・ウィングには話せなかったという、あの女は喜ぶだけだから、と。レイスの村は酷い飢饉と疫病に晒されており、毎年、毎年、生贄を望んでいた。村には神様がいたのだという。両脚が無く、耳が聞こえず、眼球の無い赤ん坊の姿をした神様で、その神像が祀られていた。村人達は神に祈りを奉げて、生贄を渡す。生贄となるものは、この年の”魔女”だった。その村においては”魔女”は、一年の間に村全体に溜まる邪悪なもの、邪悪な気などを身体に溜め込む使命を神から授かった娘の事であり、村人達は、その娘を探し出して、処刑しなければならない宗教だった。
呪いは飛び散り、村人達に、死後も怪物として魔女を喰い殺す運命を与えた。
村人達は、魔女であるレイスを喰い殺さなければならない。
神に奉げる為の、供物(くもつ)なのだから。
きっと、そうすれば、村人達は天に昇り、呪われた死後の人生を終える事が出来るのだろう。けれども、レイスは赦さない。自らの命を守る為に、毎年、一人の罪無き娘を残酷に処刑し続けてきた村人達を赦さない。
神からの呪いを受けて、村の最後の魔女であるレイスを殺せれば、彼らは解放されるのだろうが。レイスはそれを赦さない。彼女は生きたかったし、裁きたかったのだろう。
そして、レイスの父親は誰なのだろう?
セルジュには、興味の無い話だ。
セルジュは、小さな家に辿り着く。
井戸があった。
此処で、マトモな飲み水でも貰おうかと思う。
セルジュは小さな家の扉を叩く。
「届け物だぞ」
扉は開かれる。
セルジュは中へと入る。
中には、目が無く、義足の老婆がいた。
「あら、レイスの御使いね」
「ああ、確かに渡したぜ。俺は奴から報酬を貰って、そろそろこの森から抜け出すつもりだ。しかし、あの女は本当に酷い家に住んでいるよな」
老婆は、受け取ったワインの瓶を開くと、それを瓶ごと口にしていく。
深入りしたくない…………。
この老婆が何者であり、レイスとどういう関係があるのか。
「あたしゃあ、あの子。レイスの助産婦をしてねぇ。彼女の産まれた村で、唯一の生き残りの村人さ。もっとも、神様の呪いにおって、こんな姿にされてしまったけどねぇ。死んで、狼として、終わらない飢えに苦しみ続けるようにはならなかった。……私だけの罪は軽くなったのさねぇ」
そう言いながら、老婆はケーキを手づかみで口にする。
「煩い…………」
セルジュは、だんだん、腹が立ってきた。
どいつもこいつも、身勝手だ。
自分は、彼らには、もうどうしようもないくらいに”無関心”なのだ。
何故、自分は、こんな奴らのような異端で異形の奴らから、よく身の上話を聞かされるのか。こいつらは本当に自分を馬鹿にしているのか? コケにしているのか?
「ふん。自己憐憫なんて、空しいだけだぜ。なあ?」
セルジュは振り返らずに言ってやる。
そして、レイスの家に辿り着き、彼女から報酬の金を貰った。
「じゃあな。俺は帰るぜ」
「ありがとう。デス・ウィングにも言っておいて。貴方に色々、話せてよかった。私はこの地で呪いを受けた者達を裁き続けるわ。私が生きているだけで、苦しむ者達がいる。とても素敵な事よね」
そう、赤ずきんの女は笑った。
「ねえ、そうだ。セルジュ」
「まだ話す事はあるのか?」
「冥府へと向かう為の河があるでしょう? 色々な神話の中に。ねえ、セルジュ、河を渡るには、現世の執着を捨てる為に、記憶だったり、生前の衣服だったりを捨て去らなければならないらしいけど。その河の先は綺麗なのかな? ねえ、死後の世界は綺麗だと思うかしら? あははっ」
「何が言いたい?」
「私が死んだら、罰を受けるのかなあってね。くくっ、ふふっ。ねえ、罰を受けるのかな? 私も殺しているし、苦しめている。だって、私は本当に魔女になったから。死後の世界に罰を受けるのかな?」
「知らねぇよ」
レイスは籠を持っていた。
セルジュが渡したものだ。
「これ、デス・ウィングから買ったの。セルジュ、渡してくれてありがとう」
彼女は、籠の中身を取り出す。
それは小瓶だった。
パッケージには書かれている。強力な睡眠薬であり、使用量を間違えると、死に至る毒物だ。その睡眠薬の瓶が数本程、包装用のエアーキャップに包まれて入れられていたのだった。
「私は眠りたいの。夜も、ぐっすりに。安らぎたいから、ね」
「ふん。お前もメンヘラかよ。いい加減にしろよ。ちゃんとした心療内科に通って、適切な処方薬を出して貰えっ!」
セルジュは本当にウンザリした声で告げた。
3
帰り道だ。
とても、暗く深い。
日の光が、殆ど当たらない。
途中、人間の頭部が生る木を幾つか見つけた。
人間の頭の実が生っている樹木が、幾つも幾つも見つかる。
まるで、ヤシの実のように生っている。
そういえば、来た時には、無かったものだ。
あんな気持ちが悪い植物など、一目見れば忘れるわけがない……。
人間の頭をした、人間の赤ん坊のような頭をした果物は、笑っている。呻いている。啜り泣いている。もがき苦しんでいる。彼らはこのような姿で産まれて、幸福なのか。少なくとも、セルジュの眼には幸せそうには、映らない……。
「あの女。あの女……。あの頭は種みたいに、地面に埋めて、ぽこぽこ生えるのか? ああ、そうだ。シャベルがあったぞ。取っ手が壊れているが、シャベルが幾つもあったぞ。ああ、あの女、こんな場所で栽培してやがったんだな……」
本当に、最低な気分になる。
セルジュは、地図をまじまじと見る。
…………、此処がどこだか分からない。……迷った。
「ああ、畜生ぉぉぉおぉぉぉぉぉっ! あの赤ずきんがイカれた話を俺に聞かせ続けるからだっ! 混乱しながら、道を歩いてしまっただろうがああああああああぁぁぁぁぁっ!」
セルジュは森の中で絶叫する。
彼の声は、木霊となって響き渡っていた。
仕方ないので、しばらく今、進んでいる道を歩き続ける。
歩いていれば、見覚えのある道に辿り着くかもしれない。
橋があった。
橋の下には、河があった。
濁流だ。
近くに、滝があるのも、音で分かる。
この河は死後の世界へと繋がっているのだろうか?
セルジュは、橋を渡り終える。
ふと。
後ろから、何者かの気配がした。
彼は振り返る。
そいつは、無造作に橋の向こうに立っていた。
狼だ。
だが、人間のように直立歩行している。
人狼(じんろう)とでも言うのだろうか。
明らかに、セルジュに対して、敵意のような視線を向けていた。
「こいよ。ハラワタ煮えくりかえってきた処なんだ、この俺を襲ってこいよ」
人狼は、セルジュへ向けて襲い掛かってきた。
橋を飛び越えて、跳躍して。
セルジュは、ドレスの腰元から小さな刃物を取り出す。
そして、彼もまた跳躍して、刃を振るう。
勝負は一瞬でついた。
人狼の首は落とされた。
そして、落とされた獣の首は人間の首へと変化していく。無精ひげだらけの中年男性の顔だ。
「ああああああぁあぁぁぁっぁぁぁっぁああああ、レイスゥゥゥゥゥゥウx、レイスウッゥゥゥウゥゥゥゥ、俺の娘。俺の娘。俺の娘。あの女を犯して作った、俺の娘ぇっぇっぇぇぇえええええ、可愛いな。可愛いな。お前、お前、お前、お前、中身は男なんだろぉぉぉおぉぉぉおおぉぉぉおぉおおおっ! 俺の娘ぇに、手を出すなよぉぉぉお。可愛いぃぃいx、レイスゥゥゥゥウゥゥウゥウゥゥにいいぃぃぃいぃ。い、いいいい、ひひひぃ、それにしても、あの女は可愛かったなぁあぁぁあああああ、ムリヤリ凌辱して、泣き叫びながら、犯すの、可愛かったなあああああああああああっぁぁあああああっ!」
生首だけになり、唾液を吐き散らしながら、中年男はのたうち回っていた。
頭部を失った狼の部位は、全身、痙攣を起こしていた。
「あー。この景色、昨日、見た事あるわ。この地点が、此処に繋がっていて、あの道に向かえば。出口はすぐ先だなっ!」
セルジュは、化け物の喚き声を完璧なまでに無視して、ひたすらに帰り道へと歩みを進めていった。
†
「あー。あの水子の顔をした果物なあ。普通に甘くて、食えるらしいぞ」
デス・ウィングは、店の中で、そんな事を話す。
「はあああああああああっ!?」
「いや、私、あの赤ずきんからたまに貰うんだ。供養してやるって言ったら、喜んで大量に渡してくれる。で、売れる。結構な収入源になる。なんでも、スイカとかマンゴーの中間くらいの味で凄い美味らしい。私は食べる気がしないが」
デス・ウィングは、楽しそうな顔で、人骨で作られたアクセサリーの殺菌洗浄を行っていた。
「なんでも、聞く処によると。あの果物。食べる時に、物凄い悲鳴を上げるらしいなあ。それでさ。呪詛の言葉をマトモに聞いた奴は、身体の何処かに食べた人間を、癌のように殺しにくる人面瘡(じんめんそう)が出来るとか。だから、そのなんだ。百円ショップのさ、耳栓もセットで売っている。何度も購入してくれないとリピーターになってくれないからさあ」
セルジュはそれを聞いて、唇を震わし、思わず、デス・ウィングの人間性を真剣に疑う。
「こ、この、人非人(にんぴにん)がああああああああああああああっ!」
セルジュは店内で、思わず絶叫していた。
私はそもそも、人間じゃないと思うんだが。と、デス・ウィングは大欠伸で返すのだった……。
了