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CASE 赤ずきん-欠損収集者- 2

 その夜、セルジュはロッジの二階で眠る事になった。

 軋んで、ボロボロの木の上に、汚らしい穴だらけの敷布団。そして枕からは綿が飛び出して、掛け布団からも綿がはみ出ている。

 正直、寝づらい。

 特に、敷布団の下の木が所々へし折れて、くぼんでいるので、身体が痛い。


 この家にあるものは、全てが不完全だ。


 窓ガラスは割れて、夜風が闇の中へと入り込んでくる。

 ヒビ割れた電球には羽虫が集まっていた。


 ちなみに、レイスはいつも、バスルームの中で眠るらしい。バスタブはお湯が出る事はなく、冷水しか出ないらしい。そこにボロボロの毛布を敷いて眠るのだと。


 外の風音に紛れて、何かの鳴き声がする。


「狼が来たわねえ。うふふふふふふふふっ、セルジュ。彼らの呼び声には応えてはいけないわよ」

 一階でレイスはとても楽しげに笑い続けていた。


 がりがりっ、がりがりっ、がりがりっ、がりがりっ。

 何者かが、外の壁を引っ掻いている。

 それも一体ではない、無数にいる。


 ……しかし、今は何時だよ。寝れねえよ。あいつらの騒音を聞きながら、朝まで待つのかよ?

 セルジュは起き上がり、時間を確認しようとする。時計が壊れて止まっている事に気付くと溜め息を吐き、バスルームにいるレイスの元へと向かう。


 レイスは寝床であるバスルームから出て、応接間にいた。

 彼女は所々にヒビの生えた子供程もある壺の中に、何かを落としている。どうやら、それは生きたトカゲみたいだった。

「おい、何をやっている?」

「ええ。この子達に餌をやっているの」


 セルジュは未だ聞こえる、狼達の物音を煩わしく思いながら、レイスが手にしている壺に少しだけ興味を持つ。

「何を飼っている?」

「ふふふふっ、見る? 可愛い、私の子」

 セルジュは壺の中を覗き込む。


 中には、沢山の生き物が住んでいた。

 脚が七つしか無い蜘蛛。

 眼球の無い蛇。

 背中の皮膚が腐れ落ちたイモリ。

 耳の無いネズミ。

 羽の無いスズメバチ。

 クチバシの無い鳥。

 歯の無いシマリス。


 全て、何処か欠損している生き物達だった。

「おい、コドクでも作っているのか? こいつらを最後の一匹になるまで喰らい合わせるのか?」

「あら? この子達は仲間同士で喰い合わないわ。みんな欠落しているから。だから、完全な生き物を憎んでいる。仲間は飢えても食べないのよ。そういう子達だから。うふふふふふふっ」

 そう言いながら、レイスは、彼女の隣に寄ってきた頭部の無い、眼も鼻も無い口だけの黄色い小猫に魚を与えていた。その隣では、耳と後ろ脚の無いウサギが餌を貰うのを待っていた。


「おい。お前の悪趣味なペットの餌やりの後でいいから、答えてくれないか? あの外にいる連中はなんだ? お前は狼って言っていたけど、一体、なんなんだ?」

「放っておけば無害よ。でも、相手にしてはいけない」

「少し黙らせてくれないか? 寝れねぇんだよ」

「…………、分かったわ」

 レイスはそう言うと、冷蔵庫の中から、何か紙袋に包まれたものを取り出して、窓の割れ目へと放り投げる。紙袋は割れ目を通って、綺麗に外に出ていく。

 しばらくすると、唸り声と爪音が止んだ。


 セルジュは、ふと、何気なく置かれている割れた三面鏡に眼をやる。

 そこには、外の景色が映し出されていた。破れた窓の外だ。


 狼の姿がかすかに見えた。

 真っ黒な、狼だった。

 そいつらが何かを懸命に貪り食っている。


 それは、ボロボロの人形だった。

 狼達は、ボロボロの人形に喰い付いていたのだった。

 こりこり、ごりごり、ごりこりぃ、といった、音が鳴っている。


 セルジュは薄気味悪さを覚えながら、二階に向かう。

 途中、ガラクタの隙間から、地下へと続いている床に作られた扉を見つける。

 ……、地下か。正直、寝床は悪いし、そもそもこの家、ゴミばかりで狭いからな。地下とか広いといいなあ。どうせ、地下もゴミばかりだろうけど、一応、確認しておくかなあ。

 レイスはどうやら、再び、自らの寝室であるバスルームへと向かったみたいだった。


 セルジュは、こっそりと、地下へと続く扉を開ける。

 ……いい寝床になりそうな場所があれば、勝手に使わせて貰うぜ。


 彼は地下へ入ると、一階の床に転がっていた、キャップの無い着火部位が剥き出しのオイル・ライターに火を灯す。

 階段だった。

 木で出来ている。

 ご丁寧にも、階段の所々は腐り朽ちて、孔が開いている。何故、修理しようとしないのか。踏み外したらたまったものではないのではないか。


 彼は階段を下りた。


 一階、二階と同じように、ゴミが並んでいる。

 気持ちよく寝られそうな場所を探す。


 セルジュは、ふと、あるものに気付いた。


 それは、地下に生えた大きな木のように見えた。

 木には、沢山の果実が生っている。


 生っている果実は全て、人間の頭部だった。

 未だ、彼らは呼吸し、悶えながらも、生きているみたいだった。


 ……なんだ? こりゃ?

 彼はしばし、言葉を失う。


「ああ。地下室には入るな、って言うのを忘れていたわ」

 後ろに、レイスが立っているのが分かった。


「レイス。お前は何者だ?」

「あら? 聞かされていなかったのかしら? 私はこの森に棲む“魔女”よ」

 地下室に、彼女の薄気味悪い笑い声が響く。


 そして、彼女は地下に生っている人間の頭部の一つを、もいだ。



 レイスは欠損したもの、損壊されたものを収集する嗜好の持ち主だ。


 地下に生っている者達は“生まれ損ない”らしい。

 この辺りの地方で、生まれる事が出来なかった、水子達の精神の残骸をこの樹の中で育て直しているとの事だった。その役割を、水子達を導く役割の使命感を、彼女は”魔女”として持っているのだと告げる。……彼らを、レイスは同胞のように思うのだと……。


 そして、彼女はつねにこの近辺に住まう“狼”なる魔物達に狙われ続けている。それは、彼女から血の匂いが漂ってくるからだという。


 レイスは、もいだ人間の頭部を綺麗な布のようなものに詰めていた。

 それをどうするべきか、セルジュは訊ねようかどうか迷っていた。好奇心が無いわけではない、かといって、他人のやる事にそれ程の関心も無い。


「あら? 私が何をやっているのか聞かないのかしら?」

 レイスはセルジュの心でも読んでいるように訊ねた。

「他人の趣味やビジネスを覗く趣味はねぇよ」

「でも、勝手に、地下室に行ったじゃない」

「俺はホラー漫画、ホラー映画のアタマの悪い主人公じゃねぇんだぞ。好奇心で破滅して溜まるか! 二階でマトモに寝れなかったから、地下室を見つけて、寝れそうな場所を探していただけだ!」

「それは、その、悪かったわね」

「でも、好奇心っていうか。不快だから、聞いておきたい。外の狼はなんだ? 思うに、奴らはお前を狙っているんじゃないのか?」

「ああ、あれね? あれは私の故郷に住んでいた村の住民だった人達。彼らは私を魔女と呼んで、みんなで私を殺そうとしたから返り討ちにしたの。そしたら、彼らは勝手に呪われてああなった。彼らの方が邪悪な何かに取り憑かれていたみたいね。私がこの森に棲み始めると、彼らも私を追ってやってきた」

 そう言いながら、レイスは籠を漁っていた。

 籠は、デス・ウィングが、セルジュを通して彼女に渡したものだ。


「お前は、その…………」

「私を狙う者は多いわ………、何故なら、私自体が欠けているから。ねえ、セルジュ。私は心臓を持たずにこの世界に生まれてきたわ。私は心音が聞こえない。けれども、何故か、私は生きているの。…………」

「お前、まさか……、未熟児として生まれたのか?」

「ええっ。ついでに、私は死体から生まれた。母の死体からね。私のこの赤いフードとマント。それは私の母の血で染め上げられているの。母は全身、傷だらけのまま死んで、私を産み落としたのね。母の身体から出た先は冷たい土の中だった。私は母の墓から這い出して、日の光を浴びた事を覚えているわ」

 レイスは、何処か、どうしようもないくらいに幸福そうな顔をしていた。

 彼女が産まれた時に、既に、彼女の母は死んでいた。

 けれども、その時に受けた力強い愛情を想い出しているのだろうか……。


「そして、母の墓には赤い頭巾(フード)とマントが無造作に置かれていた。私の命は、この赤い頭巾とマントに縫い付けられているみたいなの。それはすぐに分かったわ。心臓が無く、心音の無い未熟児として死産する筈が、私は生き残っている。私は魔女の家系だったの。そして、母は魔女狩りにあって殺された」

 そう言いながら、レイスは急に子守唄を歌い始める。

 彼女のその歌声は切なく、何処かとても悲しそうだった。


「なんだ? それは?」

「あら? これは私がいつか何処かで聞いた歌。きっと、母の胎内にいる時に、母が私に聴かせてくれたものなのでしょうね。きっと、私の故郷の歌ね。私の故郷の人達は、みんな私を殺そうとして、死んで異形のものになってしまったのだけど。私は此処にいて、未だに彼らに生贄にされる事を拒んでいるの」

 彼女はふと、何かの神に祈るように思えた。

 十字架も仏像も無いが、きっと、彼女が棲んでいるこの小屋は、彼女の城であり、何かの祭壇なのだろう。散乱した何処かが欠損した道具達は、彼女にとって、神を祀る為の神具(しんぐ)なのだろう。彼女が信じる神は一体、何なのだろうか。何の神なのだろうか。セルジュはそれを知らないし、知ろうとも思わない。


「ああ、そうだ。セルジュ、もうすぐ夜が明けるわ。私からの依頼も受けてくれない? 報酬のお金はちゃんと出すから」

「はあ? まあ、いいけど。なんだ? どうすればいい?」

「”お婆さま”に会いに行って欲しいの。そして、ワインとケーキを渡してきて欲しい」

 そう彼女は、セルジュに望む。



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