捨てられない。
捨てられない。
汚れても、壊れても捨てられない。………………。
戦いによって、ボロボロになった服。
そうでなくても、着古した服などを仕舞っている倉庫部屋がある。
セルジュは、倉庫の中を見ると、少し憂鬱な気分になる。
「あぁー。とにかっく、俺って。捨てられないんだよなぁ」
セルジュは溜め息を吐く。
そして、ボロボロになった服をまじまじと眺めていた。
服は、セルジュが好きだった女ダリアの肉体に似合う、ゴシック・ロリィタ服、ゴシック・ドレスなどだ…………。
「全部、気に入っていたものが多いんだよなあ…………」
彼は、再三、溜め息を吐いた。
それにしても、しばらく、暇している。
今日は、中々に晴れている。
セルジュは、アジトに使っているマンションを出ると、今日も、デス・ウィングの経営している骨董品店『黒い森の魔女』へと遊びに行く事にした。
†
「デス・ウィング。お前さあ。気にいったものとかも、どんどん売り払ったりしているだろ? よくそんな神経あるよなあ?」
「いや。気にいったものとかは、どうしても売れなくて。取ってあるよ。そもそも、私はコレクターだしな。でも、確かになあ。お前の話を聞いていると、その捨てられない癖、みたいなもの。どうにかした方がいいかもな?」
「なんてか、自分の存在の痕跡が消えてなくなっていくんじゃないかって不安に駆られるんだ。一種の強迫神経症っていうか、心の病気みたいなもんだな」
「まあ。私はコレクションに対しては、分からなくもないがな。……いらないものも増えていくんだ。本当に気にいった一部のもの以外、思い入れのようなものが出来ないな」
そう言いながら、彼女は本当に気にいっているらしい、数多くの人間を生きたまま解体し、処刑した刃こぼれだらけの刀を愛でていた。元々の持ち主の感情が溢れ出してくるような処が、最高に素晴らしいらしい。
彼女は、今、売っている道具の整理をしているみたいだった。
セルジュも、一応、彼女の手伝いをする。
この店は、余りにも自然体で人間の死体などが売られているので、常人が来たのなら、即座に逃げ帰るだろう…………。ちなみに今日は整理と掃除の為に店を閉めていた。
「そういえば、服が服がと言っているが。特殊な魔法をかけて、限りなく、道具の耐久度を上げる事が出来る筈だが?」
「『アミュレット・コーティング』の事か? あれ高いだろ? 最近、値上げしやがって、ボッテやがるんだよ。しかも、サービス試したら、服や道具の防御魔法使っても、平気で服を駄目にしてくれる敵とか幾らでもいるだろ。ほんと、防具にならねぇ」
「そうか。私は掃除するのが面倒臭いから、埃やダニなどが、本につかないように、売り物には、それなりに防御魔法を頼んでいたりするんだけどなあ。……だが、お前の言うように、高い値を吹っ掛けてくるから、確かに、全部の商品には出来ないなあ」
「はあ、だろ? しかし、その手の商売の奴ら、イイ性格しているぜ」
セルジュは、カウンターで、ふんぞりかえりながら、デス・ウィングから貰った茶菓子のクロワッサンを口に頬張っていた。
「しかし、捨てる、かあ」
セルジュは出された黒糖味のコーヒーを口にする。
デス・ウィングは、処刑道具の刀を自身のコレクション用のケースに戻すと、再び、店の整理と掃除を再会する事にしたみたいだった。
「そうだ。セルジュ、また依頼を受けてくれないか?」
ふと、彼女は、ホルマリン漬けの人体の瓶をアルコール消毒用の布で拭きながら、そんな話を持ち掛ける。
「…………、報酬、ちゃんとしろよな? この前の奴は泥水みたいな場所にもぐったから、クリーニングが大変だったんだぞ?」
セルジュは彼女の依頼を二度と受けないと誓ったばかりだが、現金なもので、報酬を貰ってから、しばらくして考えが変わったみたいだった。
「白骨山脈から北に向かって歩いていくと、迷いの森があるんだが。その森の奥のロッジに住んでいる奴の依頼なんだ。そいつも色々なものを捨てられない奴らしいんだよ。相手は、赤ずきんと呼ばれている女なんだが…………」
「また女かよ。女の依頼はもういいよ。ほんとうに、たくよぉ」
「ちなみに、今回の依頼だが、セルジュ。お前には運び屋をやって貰う。中のブツを見ずに、届け先に渡す仕事だな」
「はあ? 運び屋? ヤクザに、ドラッグか拳銃でも渡してくるのかよ?」
彼は肩透かしを食らったような顔になる。
「少し違うな。まあいい、とにかくその赤ずきんに、この籠を渡して欲しいんだ」
デス・ウィングはそう言うと、木で編まれた籠をセルジュに渡す。籠は白い布で包まれており、中には何かが入っているみたいだった。
†
「…………、デス・ウィングの店の客だから、絶対に異常者だと思っていた。ほんと、悪い意味で期待を裏切らないなあ」
セルジュは暗くて、深い森の中を地図を頼りに、多少、道を間違えながらも彷徨った後、ようやく閉ざされた森の二階建ての小屋(ロッジ)へと辿り着いた。
真っ赤なフードをかぶり、真っ赤なマントに包まれている少女姿の怪人は、部屋の中で、セルジュに出すお茶と、お茶菓子を冷蔵庫の中から探していた。
セルジュは、彼女が身に纏っている赤い服から、血の匂いを感じた。
鮮血の匂いだ。
彼女の服の赤は、血の色で染め上げられているのだ。
…………、彼女の服からは、人間の血の匂いがする。
「悪かったわね。こんな赤ずきんちゃんで」
セルジュから籠を受け取って、少女は言う。
彼女は布を少しだけ開いて、中身を確認すると満足そうな顔をしていた。
部屋の中は、まさにゴミ屋敷といった風情だった。
ソファー。机。椅子。TV、パソコン。三面鏡。革靴。レコード。バッグ。財布。本。ペンダント。マネキン。ロッジの外の車やバイク…………。
全てが。何処か欠損して、壊れていた。
「此処は捨てられる事がなかった物達の墓場なの。……墓場、というのは、変ね。病院といった方がいいかもしれないわね。此処にある道具、全て、元の持ち主の情念がベッタリと塗り込められているわ」
赤ずきんは、真っ赤な飲みモノをセルジュに渡す。
冷蔵庫は数えただけでも、六つあり、幾つかからは異臭が放たれていた。
「そういえば、貴方の名前は何?」
「ああ、俺の名はセルジュ。お前は?」
「私の名前はレイス・ブリンク。レイスでいいわ。うふふふっ」
そう言って、赤ずきんの少女レイスは意味深な笑みを浮かべた。
赤い飲みモノはブラッド・オレンジなのだが……。
…………、何かの生き物の血が混ざっているみたいなので、セルジュは飲むのを止める事にした。
「ああ。そうそう、セルジュ。森の外に徘徊している“狼”には気を付けて…………。彼らは私の家に来る、貴方を観察していたでしょうから…………」
「…………、狼、ねえ」
セルジュは、頬をぽりぽりとかいた。
「もう運び屋の仕事は終わったし、俺はそろそろ帰るぜ?」
「駄目よ。今日は泊まっていって、そろそろ、狼が動き出す時間だから」
そう言って、レイスはセルジュの肩を強くつかむ。
†