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第34話 森の横断②

 オーガを倒した後も、アッシュたちの進軍は依然として慎重を期していた。森の奥に入るにつれ、周囲の静けさは一層異様さを増し、森全体が彼らを見守っているかのような緊張感が漂っていた。木々が密集し、視界が狭まっていく中、霧が立ち込めて森をさらに神秘的に包み込んでいた。湿った土と腐葉土の匂いが強まり、時折吹く冷たい風も静寂を破ることはなかった。


 アッシュはいつものように雑魚兵たちを先頭に送り、後続の隊員たちに注意を促した。突然、木々の間から冷たい風が吹き抜けると、前方で茂みが不自然に揺れた。隊全体が緊張の中、武器を構え、音もなく息を潜めていた。


 そして、その瞬間、茂みから巨大なグリズリーが姿を現した。毛皮は濡れたように艶めき、筋肉質な体躯がその威圧感を一層引き立てている。血走った目がギラリと光り、唸り声が森全体に響き渡り、隊員たの心臓を凍らせた。


「またか…」エリックが唇を噛みしめながら呟いた。彼の声には緊張と焦りが混じり、アッシュもまた、その異様な静けさの中で、心の中に不安が湧き上がっていた。


 兵たちは一瞬の躊躇もなく、グリズリーに向かって突撃した。グリズリーは巨大な爪を振り回し、鋭い牙を剥き出しにして応戦する。獣の唸り声と金属がぶつかり合う音が森の中に響き渡り、戦闘の激しさが増していく。グリズリーの爪が地面に叩きつけられる度に、土が飛び散り、地面が揺れた。


 兵たちは連携してグリズリーに立ち向かい、その動きを次第に封じていく。グリズリーの巨体が力尽き、ついに地面に倒れると、森は再び静寂を取り戻した。アッシュは静かにグリズリーに近づき、その胸元に埋まるように輝く魔石を見つけた。カナが前に出てきて、その魔石を回収しようとする。彼女は慎重な手つきでグリズリーの胸元を探り、魔石を引き抜いた。その瞬間、カナの指先に淡い光が映り込んだ。


「これで、ひとまずは安心ね…」カナは微笑みを浮かべながら、魔石を袋に収めた。彼女の動きには安心感が見て取れるが、その目の奥には警戒心が残っている。


「この調子でいけば、十分な魔石が確保できそうだな。」エリックが魔石を手にし、軽く振りながら満足げに言った。


「油断は禁物だ。」アッシュは冷静な口調で答えた。「まだ何が待ち受けているか分からない。」


 グリズリーを倒し、魔石を回収した後、アッシュたちは再び進軍を再開した。森の奥深くへ進むにつれ、木々はますます密集し、足元には絡み合うように根が張り巡らされている。視界はさらに悪化し、霧が森全体を包み込み、神秘的な雰囲気を醸し出していた。


 アッシュは索敵に集中し、雑魚兵たちをさらに先に送り出した。彼の目には緊張の色が浮かび、周囲の動きに一瞬たりとも気を抜かないよう、鋭く観察を続けていた。霧が濃くなる中、進軍は慎重を極め、隊全体が無言のまま進んでいく。


 突然、何の前触れもなく、アッシュの前方で雑魚兵の一体が音もなく倒れた。アッシュは動きを止め、その場に立ち尽くした。次の瞬間、さらにもう一体が姿を消し、彼の脳裏に不安が広がる。何が起こったのかを確かめようとしたが、答えは見つからず、次々と雑魚兵たちが消えていく。


「何が…どうなっているんだ?」アッシュは目を見開き、声を詰まらせた。彼の胸中には疑念と恐怖が交錯し、冷や汗が背中を流れ落ちる。


 彼はただ静かに、無情にも消えていく雑魚兵たちを見つめるしかなかった。まるで森が彼らを飲み込んでいるかのように、雑魚兵たちは次々と姿を消していった。


「アッシュ…」カナが不安そうに彼に呼びかけた。彼女の声には恐怖が滲み、その手はわずかに震えていた。


「…何かがいる。だが、全く気配が掴めない。」アッシュは低くつぶやきながら冷静さを保とうと努めたが、その声にはわずかな揺らぎがあった。「このまま進むのは危険だ。元老院の連中と相談しなければ。」


 アッシュの目は、未だ謎の敵を探し続けていたが、森は静まり返ったままだった。彼の心の中には、不安と疑念が渦巻き、森の奥深くには彼らの知らない恐ろしい何かが潜んでいるという確信が徐々に強まっていた。


 この森の中に広がる深い闇、その奥には未知の恐怖が待ち受けている。アッシュはそのことを誰よりも強く感じ取っていたが、今はただ、その闇の中で次の一手を考えるしかなかった。

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