六月のある日。
連日の雨天だったが今日は晴れ間が覗いている。
ゴオオオオオオオ。
低いエンジン音が聞こえていた。
「飛行機、飛んでますねぇ」
「ああ」
「まるで鉄のドラゴンみたいでカッコいいですぅ」
「鉄のドラゴンか、言い得て妙だな」
「はいっ」
異世界のドラゴンが飛んでる世界とは。
遠くならいいけどよく考えたらめちゃくちゃ物騒では。
「ランドルフは赤竜で東のベリドントン山脈に住んでるんですよ」
「お、おう」
「アイバリスタは青竜で北のマダグダスカル山に住んでいて、仲がいいんです。よく空の上で合流して一緒に飛んでますね」
「へぇ」
「竜が飛んだあともあんなふうに」
そういって空の飛行機雲を指差す。
「飛行機雲ができるんです。竜は静かに飛びますけどね」
ララちゃんがここまで具体的なことを話すのは久しぶりかもしれない。
少し寂しそうな顔をしていた。懐かしいのだろうし、やっぱり帰りたいよな。
見つめていると以前はなんともなかったのに、今はすぐに目線が泳いで顔を赤くする。
キスをして以来なので思い出してしまうのだろう。
「危なくはないの?」
「危ないとはなんですか?」
「いや、竜とかいて」
「大丈夫ですよ。会話もできて頭もいいのでめったに人間を襲うことはないんです」
「へぇぇ。小説とかだと一夜で王都を火の海にして壊滅させたとかあるよな」
「あはは、よほど人間にいじわるされたんでしょうね。竜さんが可哀想ですねぇ」
「なるほど」
「人間だって腸が煮えくり返るほどイヤなことされたら怒りますよ。竜も同じです」
「そうだね」
ララちゃんも普段ほわわんとしている分、本気で怒らせたらめちゃくちゃ怖そう。
物理的に雷が落るかも。ライトニングが四方八方を破壊し尽くすかもしれない。
また妹のところへ行く。
「エリカ、調子はどうだ」
「こんにちはぁ」
「こんにちは、ララお姉ちゃん」
「あとハルカは?」
「ハルカさんもたまに来てくれますよ。ありがたいです。えへへ」
毎週一回は妹のところへ俺たちは通っている。
「じゃあ、さっそく治療しようかぁ」
「うん。あっお兄ちゃんはあっち向いてて」
「ういうい」
「では始めますぅ」
ララちゃんが普段見せないような真剣な顔で妹の手を握る。
「んっ、あんっ、んっんんんっ、あぁあ、んん」
なんかよく分からんが感じるらしくて妹に似つかわしくない変な嬌声を出す。
顔も赤くなってトロンとした目になる。
こういってはなんだが妹のくせに妙にエロい。
「ありがとうございました。んんっ」
プルプルッと震える。変な刺激が全身を駆け抜けることがあるらしい。
妹は恥ずかしいからあまり俺に見せたがらないが、俺は妹が心配なので一挙手一投足すべて見ていたい。
「あっお兄ちゃん見てたでしょ、もうっ」
「わりいわりい」
口では謝るが俺は見るのはやめるつもりもない。
こうして毎回妹に注意されていればいいんだ。
減るもんでもないし。
毎週ちょっとずつ魔力を与えていく。ララちゃん由来の魔力は妹の魔力と混じり合い体に馴染んでいくそうな。
流す魔力はだんだん多くなってきている。このまま順調に魔力が全身を正常に流れるようになれば回復も近いらしい。
「もうだいぶ調子良くて、すぐに退院できそうだと思う」
「エリカちゃんはそうですねぇ。大事を見てもあと三か月くらいですかなぁ」
「さ、三か月うぅぅ、早く退院したい」
「まぁもう治るの確定みたいなもんだし、今のうちに病院で遊んどけよ。家帰ってきたら受験勉強だかんな」
「うぅうわわわあぁぁ」
妹がイヤそうな顔をする。そういう顔も美少女はかわいい。
病院でも勉強はしている。俺と同じ県立埼台東高校を目指している。
偏差値は六十五くらいか。上の中くらい。
入院しているのでかなりのハンデだ。頑張るほかない。
◇
また数日雨の日が続いている。
ララちゃんがちょっと長いトイレから出てきた。
お腹をさすっている。
「うぅぅぅ」
「どうしたの?」
「あの、便秘みたいで最近うんち出てなくて」
「お、おう」
女の子とこういう会話をしたことがないので戸惑ってしまう。
妹のエリカは小学校のころは普通に家にいたけど便秘ではなかった。
「あれかな食生活」
「そうかもしれません、うぅ」
「エルフの里では野菜中心じゃなかった?」
「そうですね。こちらでは炭水化物が多いかもしれないですぅ」
「俺が作るのはレトルトか男料理系だからな、ごめんな」
「いえ、自分で何とかするべきなので」
「まあそうだけど。サラダとか出すようにするよ」
「はい。ありがとうございます」
ふむ。エルフちゃんは俺たちと内臓とかも違うかもしれないし。
女の子は便秘になりやすいらしいからなぁ。
少し食生活を見直すか。
朝、学校へ行くときに家の前の花壇を見てララちゃんが立ち止まる。
「アジサイが綺麗に咲いてますねぇ」
「ああ、うちのは青なんだよね」
「なんでしたっけピーエイチというので変わるんですよね」
「そうらしいね」
「あっそれからほら、葉っぱの上にカタツムリさんが」
「おお、いるいる。一、二、三匹。今日は多いね」
「これは取って食べないんですか? この世界の生き物ってみんな小さいんですよね」
「あっちではカタツムリも大きかったの?」
「はい。あの小さいのと五十センチくらいの大きさのがいたんですよ」
「でっか、カタツムリ、でっか」
「あはは」
なるほど五十センチのカタツムリなら貝の一種だしホタテみたいにして食べるのだろう。
かなり食べ応えがありそうだ。
貝だから旨味とかもすごいのかもしれない。
スペインのパエリア料理の番組でそのへんの畑からカタツムリを取ってきて入れるというのを見たことがある。
こうして連日傘を差して学校へ行く。
傘の日はララちゃんがくっついてこないのでおっぱいもお預けだった。
べ、別に恋しいとか思ってないよ。
ただあの柔らかいなんともいえない感触は忘れがたい。