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20-少女たちが見た流れ星

「まさか、本当にツーリングに貸し出してくれるなんてね…」

「一応は『改良型の試運転』って名目だから、フィードバックをしないといけないけど…まったく、『せっかくだし、きれいな夜空を楽しんできてよ!』なんて変な気を利かせるんだから…」

 まるで魔王討伐時のように、私とカナデは『ブルームランチャー』にまたがって夜空を駆けていた。

 この魔法のほうき──ただし攻撃力も機動力も一般的なマジェットを遙かに凌駕している──は今日もアザレアピンクの炎を吐き出しながら闇を切り裂き、物理法則を無視したスピードと軌道を世界に示している。

 …改めて思う。リイナの技術力ってどうなってるんだろう。

「…けどまあ、あなたとこうして夜の空を駆け抜けるの…楽しいっていうか、好きよ」

「ふふ、ありがとう。実は私も『これでカナデとツーリングしたいな』なんて思ってたから、それが実現して嬉しいよ」

 ブルームランチャーはさながら近未来から訪れたような兵器だけど本日の利用用途に関してはなかなかにロマンチックであり、魔法少女学園に入って間もない頃からの付き合いであるリイナの気遣いに感謝していたら…カナデは以前のツンデレからツンだけを取り除いたような調子で、後ろから私にぎゅっと抱きつきつつ、気負うことのない声音で気持ちを伝えてくれた。

 もちろん私もそれに顔をほころばせ、好きな相手からの好意を噛み締めながら夜空を見上げる。それは『始まりの魔法少女』が見せてくれた銀河のようにきれいに見えたけど、背中から伝わるカナデの体温がここを現実にしてくれて、やっぱりこの子がいる場所こそが私の生きる世界なのだなぁと再確認した。

 カナデほどじゃないかもしれないけど、私も相当この子にデレてしまっているらしい。こんな姿を妹が見たら…どう思うかな?

「…いつか私たちも、これに乗れなくなるとき…魔法少女じゃなくなるときが来るのよね?」

「うん、そうだと思う。魔法少女学園は魔法が使える期間を引き延ばそうとしているみたいだけど、私は延長したいとは考えていないし…カナデもそうだよね?」

「…うん。だけど、えっと」

 私たちが乗っているほうきは機械的なルックスと質感だけど、それでも魔法の力がなければ操縦できない。仮に今すぐ私が魔法少女でなくなった場合、この未知の金属の塊と一緒に仲良く墜落することだろう。

 じゃあできるだけ長く魔法少女でいたいかと聞かれたら、そうとは言えない。何度でも言う、私は…戦いが嫌いだった。

 戦いに巻き込まれたからこそカナデと仲違いして、さらにつらい戦いが始まって、何度もすべてを放棄したいと思っていた。

 もちろん戦いがあったからこそカナデと出会えて、さらには私たちを助けてくれたみんなとも出会えたわけだから、そこを否定する気は今もない。でも魔法少女でなくなることで戦いから解放されるのなら、きっとその道を選ぶだろう。

 もちろん『カナデも戦わなくてよくなるなら』という前提条件があるのだけど。

 そして私は誰よりもカナデが戦いを嫌っている人だと知っている自負があるので、前を見ながらそれを確認する。するとカナデは若干歯切れの悪い返事をしてきて、どうしたのだろうと振り返ろうとしたら。

「…戦いが終わったら、その、ヒナといる理由が一つ減るなって、思ったら…ええと…不安、っていうか…」

「…んへっ…んんっ」

 …カナデの不意打ちは、私に対して効果が高すぎる気がした。

 今は随分と素直になってくれたけど、それでも今みたいに『私といることこそが一番重要』みたいなのを遠回しに、だけどストレートに伝えられたら…私の肺と心臓の真ん中がくすぐられて、笑いとも歓喜ともつかない、奇妙な感触を伴う声が漏れた。

 こそばゆい。私とカナデのあいだにある空気は…本当に、こそばゆかった。

 だって私とカナデはすでにキスもして、お互いの気持ちも確かめ合っていて…きちんと『恋人』になっているのに。

 そんな関係にあっても私といる理由を大切にしてくれるその言葉が、不安が、私の胸を何度もこちょこちょとした。

 …カナデは。私の恋人は。こんなにも、可愛い。

「い、今、笑って…いや、あの変な声、なに…?」

「う、ううん、なんでも…だけど、大丈夫だよ」

 そんな可愛い恋人に対し、空気を抜くような声を聞かせてしまったのはなんとも台無しに思えたけど。カナデはとくにそれを咎めるようなことはなく、むしろ理由がなくなることで離れてしまうのを危惧しているかのような、とても素直な不安を回した腕から伝えてくる。

 嬉しいな、やっぱり。私たちは付き合っているのだから一緒にいるのが当たり前なのに、その当たり前にあぐらをかくことなく、いつでも一生懸命に寄り添おうとしてくれるのって…どうしようもないほど、嬉しいことだった。

 それこそ『私はこの子からこう言われるために戦っていたんだな』なんて思ってしまうくらいには、心が充実を訴えていた。

「私、カナデとはずっと一緒にいるつもりだから。そのためにできることはなんだってするし、魔法少女じゃなくなったら別の仕事をしてお金を稼いで、いつか一緒に暮らしてさ…そ、それでー…えっと…」

 ずっと一緒にいる。その約束は口にするほど簡単なことでもなくて、たとえ戦いという不穏な要素が私たちから取り除かれたとしても、様々な理由やしがらみが私たちの邪魔をするんだろうな。

 たとえば…お金。カナデがいてくれたら心は満たされ続けるだろうけど、たとえ今は魔法が使えたとしても私はただの人間でしかない。勇者とか最強の魔法少女とか、過剰な評価はあったとしてもその事実は覆い隠せなかった。

 つまりお金を稼ぐためにまた何かしらの仕事をしないといけなくて、可能なら楽しいというか、やってみたいことで生計を立てたい。となると…私の未来設計図を完成させるには、カナデを巻き込む必要があるかもしれない。

 そこまで考えついたら、口にするのはためらわれる。恥ずかしいというのもあるのかもしれないけど、カナデなら誘えば受け入れてくれそうという期待がある分、この時点で彼女の人生から選択肢を奪ってしまうような、まるで学園の上層部みたいに誰かを一方的に束縛するような、気負ってしまうものがあったのだ。

 だけど私は口にする。伝えたいことを伝えられず、すれ違ったまま大切な人と離ればなれになったことがあるから。

 それは…とてもつらいことだから。ならば今、言ってしまおう。私のことを好きでいてくれる、私が好きな子へ向き合うために。

「…私、パン屋を始めてみたいなって。ホームベーカリーしか経験がないのにあれだけど、ちゃんとパン作りの本とか読むようにしているし、イメトレもしているし…妹も付き合ってくれるだろうし、いつかはなんとかしたいなって…だ、だからっ…カナデも一緒に、働いて欲しい…です」

 ちゃんと言えた。えらいぞ、私。

 でも本当にえらいのはそんな夢物語を笑うことなく聞き続けてくれたカナデで、後ろから私に抱きつく彼女は今どんな顔をしているのか、それを見られないのがもどかしい。

 仮に…考えたくないけど。もしもカナデが『仕事は別々がいい』なんて素直に言ってくれたのであれば、私だってきちんと計画を修正する。それなりにへこみはするだろうけど、私が落ち込んだところで世界は回り続けるわけで、いつかは魔法少女でもなくなるのだから。

 夢が叶わないのであれば、私は現実と向き合いながらカナデと一緒にいられる方法を探そう。仕事はあくまでも生きていくための方法でしかないのだから、そこにこだわってカナデと離ればなれになってしまうのは、どう考えたって本末転倒だろうから。

 サイズの割に静かな駆動音のブルームランチャーが、流れ星のように夜を切り裂く。その完全な静寂とも異なる言葉のない時間がいくばくか続いて、カナデは私の後頭部にぎゅうっと顔を押しつけ、お腹に回した腕にも力を込めた。

 少なくとも、カナデに離れるつもりはなさそうだ。それがわかっただけでも、私の両目からは一粒の星が夜空へ飛び立った。

「……う」

「……う?」

「嬉しい…私、ヒナと一緒にいて…ヒナのお店で働いても、いいの?」

「…私がお願いしてるんだよ。カナデ、あなたの人生を…私に、ください…って、これじゃあプロポーズみたいだな…うーん、ほかの言い方は…」

「……いいわよ、言い直さなくて」

 後ろは見られないけれど、私にはわかる。

 きっとカナデの瞳からも星は生まれ、そして先に流れていった私の星を追うように空へと消えていったのだろう。

 後頭部から顔を離したカナデの口から踏みしめられた初雪のような、ぎゅっと詰まった喜びの声が漏れ出る。

 ああ、ああ、ああ、ああ、ああ。

 もう、もう、もう、もう、もう。

 今が空を飛んでいるのでなければ、私は大地を叩き割らんばかりに地団駄を踏んでいた。だから私は勢いに任せて求婚まがいの返答を贈り、でもそれは性急というかなんというか、だけどいつかはそこに至りたいとも思っていて、とにかくしっちゃかめっちゃかになった自分の情緒をたぐり寄せて、なんとかギリギリで当たり障りのない表現に塗り替えようとした。

 だけど。カナデは。

「ふ、ふつつか者、ですが」

 またしても私の情緒をめちゃくちゃにして、それこそブルームランチャーの操縦すらおぼつかなくなるような。

 私たちの年齢で決断するにはあまりにも拙速な、でもカナデの性格で考えれば冗談ではなく本気だとわかってしまうような、そういう重要な返事をしようとしていて。

 言い出しっぺは私だとしても、それを受け取ってしまえば…私は、どうなっちゃうんだ?

 私は、私は。私は──。

「…私は、あなたに」


『こちらリイナ! ヒナ、今はどこ? ツーリング…じゃなかった、試運転の途中で悪いんだけど! 飛び立っていった方向に強い影奴の反応を確認、現地の魔法少女が苦戦してる! 救援お願いできる?』


「……了解! これより反応の方角に急行、影奴を駆逐する!」

 そのとき、ブルームランチャーに取り付けられた長距離無線機からリイナの声が聞こえ、私は反射的に影奴の気配を探知する。洗脳なんて魔法を使うようになったからか、以前よりも敵や味方の反応を掴みやすくなっていた。

 そしてどちらに向かうべきか判断したら方向転換し、アクセルを踏むように加速させる。ブルームランチャーからひときわ大きな炎が吐き出され、もしもこれを地上から見ていた人がいたら隕石だとでも勘違いするだろう。

 けれどそれは、あながち間違いでもなかった。

 この世界に突如として湧いた影奴を根絶すべく、空から降り注ぐように各地で誕生し続けた、奇跡の存在…それが魔法少女。

 私たちは人間だ。それでも戦う力があって、故にいろんな面倒ごとに巻き込まれるのだけど。

 でも、私は一人じゃない。今も大切な、最愛の人が…いてくれるから。

「目標地点に到着、これより降下する…カナデ、行こう!」

「ええ、任せなさい! あなたがいれば勝ったも同然だけど…油断しないでよ! 私『たち』の人生はまだまだ長いんだから!」

「!…うんっ!」

 味方の真上に到着した私たちはブルームランチャーを飛び降り、魔法少女を生み出した元凶…あるいは立役者を目指して降下する。

 外装パーツがパージされたブルームランチャーはランチャーメイスとなり、私たちを守るようにビットたちが飛び交う。

 その小さな天体を観測しながら私たちは手をつなぎ、カナデの言葉に私は破顔して…まだ地上にいる味方には見えていないと信じ、空中でキスをした。

 それは触れ合うだけの軽いものだったけど、戦いが終わったらもっと深くつながれる…そう思ったら、完全に恐怖は消え去っていた。

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