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19-心臓の音を聞きながら

「んっ…」

 私とカナデの小さな吐息が、静かな自室の空気に溶ける。それは『キス』の音ともいうべき調べであって、この音色を聞くのは初めてのことではなかった。

 …というよりも。カナデとのファーストキスを済ませてからは、ほぼ毎日していた。

「…んふふ。キスってさ、やっぱり恥ずかしいけど…いいよね」

「んふっ、何その笑い方? そうね、私も…その、あなたほど余裕ないけど…キス、好きよ」

 お風呂の準備も忘れ、私たちは身を寄せ合って甘える。それだけで今日一日の疲れ──各派閥に向かって伝書鳩のようなことをした──も吹き飛ぶようで、私の口からは油断しきった吐息がコロコロと漏れ出ていた。

 その転がり出たくすぐったさの塊はカナデまでもこそばゆくしたのか、彼女もまた初めて出会ったときからは想像もできないほどの柔らかな笑みを浮かべ、私以上に顔を赤くしつつも、とても素直に…私とのキスについて感想を述べてくれた。

 …カナデ、やっぱり可愛いな。本人は自分の容姿があまり好きじゃないみたいだけど、近くで見るとまつげが長く、暗めのブロンドはさらさらと絹糸のように光っていて、それが私の肩に寄りかかっている様子は光の滝が自分の体を伝っているようだった。

「…ねえ、私たち…付き合ってる、で、いい…のかしら?」

「…うん、多分。付き合わずに口へキスするってあまり聞かないし、私はカナデとしかしたくないし…何より、カナデのこと、大好きだし…」

 すでに何度もキスをしてきた私たちだけど、『交際』についてはなんとなくうやむやになっていた。

 カナデとのキスはかなり前からそういうチャンスがあったけれど、魔王を倒すまではなんだかんだで私たちが重なることはなく、そういった諸々が終わってから二人きりになったとき、私たちは自然と唇同士を引っ付けていた。

 そのときにそうした理由、それは今もはっきりとはしていない。そもそもそれまでのキスのチャンスについても『自分とカナデの間に引力のようなものを感じる』みたいな感覚があって、それに任せて重ねようとして、でも漫画みたいなタイミングで邪魔が入って…みたいな感じ。

 そうした運の悪さにも【因果】のようなものを感じつつ、それでも私たちはついにキスをしたわけで、それはもうさっきの私の言葉通り…お互いが好き合っている、その証拠でしかなかった。

 ヒナという人間はカナデという少女を特別に思っていて、それには間違いなく恋愛感情が込められていて、そんな気持ちがあふれてキスという衝動に身を任せられた結果、ようやく体の大切な部分がつながったんだろう。

 …今さらだけど、まさか自分の初恋の相手が女の子とは思っていなかった。特別に男性が好きだったわけじゃないけど、かといって女性に恋をしていたわけでもなく。

「私さ、こういう経験とかこれまでなくて、自分の気持ちとか行動とかわかんない部分もあるんだけど…なんだろう、女の子が恋愛対象だったとか、そういうんでもなくて…多分、カナデだから好きなんだって思うよ。だから、その…キスができて嬉しいし、付き合うってことに対しても抵抗感はなくて、むしろ…えっと…お願い、します?」

「……そ、そういうこと、さらっと言わないで……こちらこそ、ふつつか者ですが……ずっと、一緒に、いて……くださぃ……」

 こうして私たちは正式に恋人同士になり、カナデは私の彼女になった。カナデも私のことを彼女として認識してくれて…お互いが彼女って呼称になるの、微妙にややこしいな…。

 それでもうやむやだった関係が甘さと心地よさを伴う形に落ち着いたことは嬉しくて、心臓はやや早めに、それでも軽く弾むようにステップを刻んでいた。

 私はこんなのだけど子供の頃はそれなりに喜怒哀楽がはっきりとしていて、今よりかはいろんな人と仲良くできていたはずだから、こういう子供っぽさもある素直な喜びは久しぶりな気がした。

 ちなみにカナデは私の遅れてやってきた告白を受け取ると同時に顔を真っ赤に染めて、その言葉は先細りになりつつも、はっきりと確実な受け入れ姿勢を見せてくれた。カナデみたいな照れ屋はいくらキスをしていたとしても、こういう告白には上手く対応できないかな…と思っていたけど、それは杞憂だった。

 とくに『ずっと一緒』の部分は固有魔法でブーストされたかのように、私の心の奥底までドスンと叩きつけられる。カナデは元々『重い』と感じさせる部分があったけど、不思議なものだった。

 私はその重みがとても心地よく、凍えそうな冬に羽毛布団を重ねられたような安心感を覚えている。これはなんだろう…と考えて、すぐに答えは見つかった。

(これでもう、カナデは私だけの恋人なんだ…ずっと私の隣にいてくれて、離れる心配もなくなって、私の心を守ってくれる…)

 カナデが私から離れていったとき、心は一瞬にして荒野に投げ出された。

 どんな形であれカナデを守るとは思っていたけれど、その戦いの隣にカナデがいないだけで命からは潤いが失われ、冷たい風が吹き荒び、暗雲で先が見えなくなっていた。

 だから目の前に現れ続ける敵を叩き潰すことで心の均衡を保っていて、それはときに八つ当たりの領域にまで投入していて、荒れた大地にカナデの幻影を求めてさまよっていた。

 もう彼女はどこにもいない、私の隣にも戻ってきてくれない…そうした戦いの中でもみんなは助けてくれて、そして再会できた。

 その再会は私たちのあいだにあった決意やわがままを容易に溶かし、『一緒にいたい』という気持ちだけをはっきりと照らしてくれて、カナデへの愛情はランプのように私の荒野を照らし、やっとその手を掴めた。

 …改めて思う。人と人の出会いは、こんなにも不可思議なのだと。

「…私ね、カナデと離れて、それで再会できたとき…気持ちがさ、ぶわーってなって、多分そのときに『好き』って感情に気づいたと思うんだよね。ええと、こういうのって吊り橋効果っていうのかな?」

「どうかしら…でも、私も似たようなものだと思う。ヒナが私なんかのためにあんなところまで来てくれて、命がけで助けようとしてくれたって思ったら…自分の意地とか目的とか全部吹き飛んで、『ヒナの隣にずっといたい』って気持ちが埋め尽くして…で、でも」

 きゅっ、カナデは膝に置かれた私の手を握る。手の甲に伝わる温度は熱く、だけど不愉快ではなく、私はその感触を貪るべく手のひらをくるりと回転させて、指を絡めるように握り合った。

 …この握り方、すっかり癖になった気がする。こうして指を絡めるとより一層離れなくなるような気がして、それは私の独占欲が根源なのかもしれない。

 カナデだけは…この子だけは、誰にも渡したくない。万が一また学園が私たちを引き離そうとしたら、ありとあらゆる方法でもって抗うだろう。

 それでも離れそうになったのなら…カナデには悪いけど、いや、もちろんカナデが生きていてくれるのが一番なのだけど。

 カナデと一緒に命を散らすほうが、よっぽど私の望みに近い気がした。

「…多分私、もっと前から、あなたのこと…好き、だったって思う。私はこんなのだから自分の気持ちであっても認められなくて、あんな態度ばっかり取ってたけど…でも、出会ったときから優しくて、いつも私を守ってくれていたあなたが、ずっとずっと前から特別で…い、一緒に、いたかっ」

 ああ、もう。カナデは、どうして、こう…私の心の敏感な部分をくすぐるのだろうか?

 心には感覚がないはずなのに、カナデの言霊はしばしば私の見えない部分をくすぐったくする。それは彼女への恋愛感情を知覚していなかった頃から私に地団駄を踏ませていて、今もダムダムと騒音を立てそうなほどのくすぐったさを感じた。

 その衝動を昇華する方法、それがキスなんだろうな…そう信じて、私はカナデが言い切る前にキスをした。

「んぅ…」

「っ、ん、ふ…」

 地団駄と違い、キスの感触はとても柔らかった。

 カナデは私とキスをするようになってから、肌がきれいになり血色もよさそうに見えていた。唇もぷるぷるしっとりとした質感を維持していて、キスをする私を毎回楽しませてくれていた。

 …そういえば魔法少女学園には『男性との過剰な接触を禁ずる』なんて決まり事があったけど、『女性同士』の場合は…どうなんだろ?

 なんてことを考えてしまうくらいには、私は『むっつり』というやつかもしれなかった。

「んっ、はぁ…カナデ、好きだよ、大好き…」

「はっ、はぁ…わ、私も、好き…ヒナのこと、愛してる…」

 唇を離す。カナデは長く強い押しつけに呼吸を忘れていたのか、ほんの少しだけ苦しげに息を整えて…そして幸せそうに目を細めて笑い、私への愛を囁くように歌った。

 カナデは声までもがきれいだった。当然だ、私の恋人なのだから。

 出会って間もない頃はいつも怒っているような鋭さがあったけど、その最後尾にはいつも柔らかい優しさが潜んでいて、仲良くなってからは『ぷにぷに』とでも表現すべきような態度──ただし私相手限定だ。嬉しい──になって、私を暖かい海のように包んでくれる。

 ああ…好きだよ、カナデ。もっと早く伝えたかった、気づきたかった、そう不毛なことを思うくらい…大好き。

 そんな気持ちをたくさんたくさん伝えるため、私たちは何度もキスを繰り返した。

「…カナデ…」

「…あっ、ひ、ヒナ…?」

 キスは私たちを際限なく幸せにしてくれて、これだけあれば何もいらないような気分にしていたはずなのに。

 でも、私は。『女性同士』なんてものを意識するくらいにはむっつりだったようで。

 絡まる指をほどき、カナデの左胸に手を当てる。

 カナデがいつも『貧相』と自虐していたそこは柔らかくほどよい大きさで、そして命の早鐘がなっていた。

「…ヒナ、それは…」

「カナデ、私のも触って…」

「あっ…ヒナ、すごく、ドキドキしてる…私、なんかに?」

「…カナデじゃないと、こんなにならないよ」

 もしも私が学園へ盲目的に忠誠を誓っていたら、今頃はこの部分もゲスな権力者に触れられていたかもしれない。それを想像すると、全身に毛虫が這いずり回るような不快感が浮かびそうだったけど。

 カナデの手首を握り、私も自分の左胸にいざなう。するとカナデは決して離れる様子はなくて、ほんのわずかに力を入れてそれを掴み、私が鳴らしている音を感じ取ってくれた。

 私も、同じだった。好きな人に触れられること、その先を想像することで…『向こう側』に行きたいと願うように、ドキドキしていたのだ。

 そうして私たちはお互いの鼓動を感じ取りながら見つめ合い、目を閉じてもう一度重なろうとする。

 次は多分、もっと『深く』重なるだろう。それはふしだらな行為であるように思われていそうだけど、私とカナデはそれを求め合えるくらいには心の最深部でつながっているのだから、きっと素敵な結果に恵まれる。


「抜き打ちの風紀チェックよ! 改革派でも屈指の有能さを持つ私が公平万全に見てあげ…て……」


 …なんて未来を想起しつつ唇が触れる直前、セミロングでもみ上げ部分だけが少し長い、ダークグリーンの髪をした少女──腕章には風紀担当と書かれている──がノックもなしに入ってきて。

 お互いが胸に触れている状態の私たちを見た途端、ピキッと固まってしまい。


「……ふ、不純よーーーーー!? 風紀担当として査問を要求するからそこに直りなさい!!」


「誤解だよ!?」

「誤解よ!?」

 それはまるで武闘派にいた頃、アヤカにあらぬ誤解をされたときの言い訳みたいで。

 …でも今回は誤解じゃなくて概ね真実になりそうだったから、言い訳はどうしようか。

 顔を真っ赤にして詰め寄ってくる風紀担当の魔法少女に正座させられた私たちは、ふと『こういうのは卒業まで難しいかもしれない』なんて思い、それでもこれからもずっと一緒にいられると思ったら、案外悔しいと言うほどでもない気がした。

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