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18-私とカナデの『秘密』

『あなた方が装備しているチョーカー、これは必要に応じて魔法少女たちの行動を追跡できるようになっています。普段はあなた方の尊厳のために監視は最小限にしておりましたが、あなたが真の力に目覚めてからは周辺の会話などもある程度記録させていただきました』


「…!?」

 魔法少女学園の支配者たちが集まる場所、エクスカテドラ。

 そこにいる『箱』に謁見中の私は魔法少女の未来についてあれこれ言われていたわけだけど…まあ、それはいい。いや、どうでもいいとかそういう意味じゃなくて。

(私たちの会話…私とカナデの会話も聞かれていた、だと…?)

 幸いなことに私たちの『反逆行為』についてはすぐに取り締まられなかったように、この場で始末されるとかそういう雰囲気じゃない。

 だけど…比較的口数の多い、まとめ役っぽい箱の言葉は私に冷や汗の分泌を促す。

(え、やばい…もしも『あれ』が聞かれていたとしたら、私たち…うわ…)

 念のために言っておくと、私とカナデにやましいことなんてない。魔法少女学園はそういう規律に厳しいし、『女性しかいない』というのも、まあ、最悪の事態に至る可能性を軽減させていた。

 さらには『魔法少女のうちはいかなる事由があっても男性との接触を禁ず』とされているように、男性関係に関するトラブルもない。というかカナデにそういうのがあった場合、私は相手の男を…うん…これについて深く考えるのはよそう…。

 しかし、それは『いつ何時でも会話を盗み聞きされてもかまわない』という意味じゃない。というか二人きりの会話を人に聞かせたいという趣味なんてあるはずもなくて、私がカナデにだけ贈った言葉は彼女以外に聞かせたくもない。

 そして最近の私とカナデは前よりも『ちょっと』親密になってしまったわけで、それ相応に会話の密度や内容も濃くなっていた。

(…どこまで聞かれていたのかわからないけど、『あれ』だけは…聞かれてませんように…)

 魔法少女の祈りは時に奇跡も起こすと言われているように、私は願う。

 それはカナデと再会して仲良くなり、そして学園に戻ってきてからの、ちょっとした秘め事…もとい、一幕だった──。


 *


「…カナデはさぁ…うん…」

「ご、ごめんなさい…」

 学生寮、私とカナデの部屋。

 カナデは現在床に正座していて、私も同じような姿勢でじとりと視線を向ける。そしてカナデのすぐ横には『私が脱いだ学生服』があって、それはまだ洗濯前のものだった。

 魔法少女学園の学生服は戦闘服とも呼べるもので、防御力はもちろんのこと、全気候に対応していて快適性についても申し分ない。夏は涼しく冬は暖かい、魔力と技術が融合した理想的な衣類とも言えた。ちなみに、そのデザインはファッションに敏感なお年頃が多い魔法少女たちからも好評だ。

 とはいえ、私たち魔法少女はときにダイナミックに動くこともあるし、普段から授業の実技や自主訓練でしっかりと体を動かす。それはつまり発汗を促すことにつながり、制服は汗やらなんやらを受け止めることになり、いわゆる『汚れた』状態になるだろう。

 無論抗菌や消臭といった機能性も備えてはいるものの、一切洗わずとも汚れないわけではない。だから私たちには替えの制服が支給されているし、こまめに洗濯もしていた。日本は昔からこうした衛生観念が強かったけれど、この学園でもそういう傾向は変わらなかった。

「その、私の…匂いが好きっていうのは知ってたし、今はその…嬉しいって気持ちも多少はあるよ? でもさぁ…脱いだ服の匂いを嗅がれるのは…ね?」

「うっ…その、本当に悪かったとは思っているのよ…」

 カナデは元々家事全般が好きなように、そうした衛生面については人一倍気を使っていた。こまめに掃除をするし、洗濯だって欠かさないし、お風呂だって毎日入っている。

 …だというのに。カナデは私が洗濯かごに入れておいた制服を取り出して…ぎゅっと抱きしめながら、恍惚とした表情でそれの匂いを嗅いでいた。

 実を言うと、カナデが私の匂いに執着していたのは知っている。カナデにブーストしてもらうときは密着してもらうと効率がよくなるのだけど、その練習をしているときは必死に私の──それも汗ばんだ──匂いを嗅いでいて、一時は「もしかして私は臭いのだろうか」と不安になったのだけど、それは杞憂だった…新しい悩みも浮上したけど。

「前にも言ったけど…私、あなたの匂い、すごく…すごく、すごく、好きなの…その、嗅いでたらいやなことを全部忘れてしまうくらい…」

「…ほへっ…んんっ。うんまあ、それは聞いたことあるけどさ…それならせめてお風呂上がりにハグして、その匂いを嗅ぐとかならいいんだよ? でも、汗を吸った衣類の匂いを嗅がれるのはね…私も人並みに女をしてるつもりだし…」

 …匂いの話なんだけど。カナデに『すごく好き』といわれてしまうと私の胸中はくすぐられて、どうしても生ぬるいと息が口からはみ出てしまう。その際は先ほどみたいに『ほへっ』とした音を伴うことが多くて、今回も恥じらいつつも好き──しつこいようだけど匂いの話だ──なんて言われてしまったことで、人並みにはカナデを大切に思っている私は耐えきれなかった。

 そんなわけで、今の関係であればお風呂上がりにハグをするくらい別にいいし、なんならきれいにした後の匂いなら好きに嗅いでもらっても…微妙に恥ずかしいけど、許容できる。カナデは普段はしっかりしているから、私相手くらい甘えて欲しいって気持ちもある。

 というか私という実物がここにあるというのに、服の匂いのほうを優先されたような格好となるのは…面白くないっていうか。

「…でも、ヒナが着ていた服って本当にいい匂いがするのよ…汗をかいていたとしても…いや、うぅ…あ、汗をかいた後のほうが…癖になる、っていうか」

「…念のために聞くけど、下着までは嗅いでないよね…?」

「そ、そこまではしてないわ! その、さすがの私でもそれをしたら…なにかが終わっちゃう気がするのよ…興味はあるけど」

 おお、もう…そんな嘆きを隠すように、私は手の甲で目元を覆って天井を見上げた。

 魔法少女に支給される下着も無論テクノロジーの塊で、『万が一着替えられない期間が長くなってしまった場合』や『女性特有のトラブルが急に発生した場合』の備えも仕込まれている。

 とはいえ…下着はより一層肌に近い位置に装着されていて、そうなると匂いとか……とか、どうしても付着する。魔法少女だって人間でしかないのだ。

 だからもしもカナデがそういう場所の匂いまで堪能していた場合、彼女を大切に思う渡しても『すんっ』となるところだったけど…よかった、さすがにそれは控えてくれていたらしい。

 …興味を持っているという点については、今後の警戒につながるかもだけど。もちろん『カナデが嘘をついている』という可能性は最初から排除されていた。

「…カナデってさ、犬みたいだよね…」

「い、犬…? 犬は好きだけど…」

「うん。大切…あ、いや…私に限った話じゃなくてね? そういう相手に対して一生懸命尽くすし、今みたいに匂いを必死に嗅ぐ姿とか犬っぽいなって…」

 ともかく説教を開始したのはいいけれど、この空気はどうにかならないものか…なんて思って、語気を緩めてから軽い雑談にシフトしようとしてみた。

 そうだ、カナデって…犬っぽいんだよな。それも頭のいい大型犬で、ちゃんと飼い主の言うことを聞いて、なんとかして力になろうとする姿が。

 …一番は匂いを嗅いでいるときだけど。

 そんな私の意図を図りかねたのか、あるいは図りすぎてしまったのか、カナデは目を伏せて口元に手を当て、ふぅんふぅんとごくごくわずかに頷いたかと思ったら。


「…わん?」

「…んん?」


 小首をかしげ、両腕をお座りみたいに床に付け、ぺたんと女の子座りをしながら…鳴いた。

 …えっ。どういうことなの…。

「…わんわんっ」

「…あの、カナデさん。もしかして私、怒りすぎてましたか? それでしたら、あの…もう本当に怒ってはないので、安心していただけると」

「け、敬語はやめて…だって、そのぉー…」

 そのポーズのまま犬っぽく鳴く姿を見つめ、私も首をかしげつつ『もう怒ってないよ』アピールをした。けれどもカナデはついっとわずかに身を乗り出してきて、甘える犬のような柔らかく困惑した表情を向けてきた。

 改めて、近くで見てみると…カナデって美人だな。

「…さっきのヒナ、『犬っぽい』って言ったとき…優しげだったから。いつも優しかったけれど、あのときの声、好きだなって…だ、だからっ」

 ついっ、また一歩よってくる。お預けをされすぎた犬よろしく、我慢できずに飼い主の顔を舐めてしまうような距離…いやこれ、近すぎる…。

 近いのがいやじゃないんだけど、心音がやばい。最近の私はカナデとのスキンシップも増えてきたけれど、顔という大事な部位を突き合わせると、影奴相手とは比較にならないほどのスピードで高鳴ってしまった。

「…ヒナに優しくしてもらえるなら…あ、あなたのなら、『犬になってもいい』…な、なんて…」

「…カナデ」

 それは文字にするとなんともひどい、あらぬ関係を疑われそうな内容だった。

 私は『そっち方面』について積極的に勉強してこなかったけれど、人並みには知識もあって、同時に『それ』はどこかアブノーマルだと感じる倫理観もある。

 でも…カナデが私の犬、『私だけの愛犬』になると思ったら、どうだろうか。

 それならもう、カナデとは離れなくていい。それ以外にもいろんな事実が付随するというのに、それらがどうでもよくなって。

「…よしよし…?」

「あっ…きゅうん…」

 今も近いままの顔に微笑みかけて、こうすべきかどうかの迷いを取り除けず、それでも頭を撫でることができた。

 するとカナデは瞳をうるうるとさせて、犬と言うにはあまりにも複雑な色彩を持つ輝きを見つめた私は、お腹のあたりにぞくりとした感覚を覚えていた。

「ふふ、よーしよしよし…カナデ、お腹を見せるように寝転んで」

「…わ、わん…」

 そのまま何度か頭を撫でて、私はこの賢い大型犬に密やかで柔らかく命令する。そのなんの強制力もないお願いを、カナデは素直に受け入れた。

 ごろん。仰向けに寝転んで、無防備にお腹を晒す。これでもしも私が男だったらゲスな欲望の一つでもぶつけていたかもだけど…いや、こんな命令をしている時点で私も同類かもだけど。

 それでも私は優しく、そのお腹をさすりさすりとした。

「んあっ、ヒナ…?」

「ほらほら、今のカナデはワンちゃんでしょ? それならさ、嬉しそうにしなよ…まさか、ワンちゃんなのに恥ずかしいとかないよね…?」

「…きゅ、きゅーん…!」

 私は服の匂いを嗅がれて恥ずかしかったのだから、カナデにだってちょっとくらいはお仕置きしたい。

 そんな気持ちを込めての命令だったけど、カナデはどこまでも素直で、お腹を撫でられたらくすぐったそうに、だけど瞳は気持ちよさそうに細めて、私の名前を呼んでくる。

 …いけないなぁ、ワンちゃんが人の言葉をしゃべっては。

 そんな気持ちを込めてこちょこちょしたら、カナデはよだれを堪えるように一度だけ口元を結び、だけど甘やかな吐息を鳴き声と一緒に漏らした。

「…ひっ、ひあっ…ひ、ヒナ、だめっ…な、なにか、『き』ちゃう…!」

「ふふ、いいんだよ…今のカナデは『私の』ワンちゃんなんだから、どんな姿を見せてもいいからね…素直に見せてくれたら、ご褒美に『直接』嗅がせてあげるよ…?」

「…あっあっ、きゃうっ──」


 …

 ……

 ………


 そのとき、カナデがどんな『粗相』をしたのかは、きっと私たちしか知らない。

 私たち以外が知るべきでない、墓まで持っていくべき事柄だった──。


 *


『ヒナ? 話を聞いていますか?』


「あっはい。ええと、始まりの魔法少女には失礼がないよう、誠心誠意務めます…」

 …今思い出すと…私は、何をしていたんだ…?

 それこそ自分の固有魔法である『洗脳』の影響ではないかと思うほど、あのときの私はどうかしていた…。

 けれども幸いなことには子は私の恥部にはとくに触れなくて、それならと何食わぬ顔で始まりの魔法少女に会いに行けると思ったけれど。


『…これは私個人の忠告です。あなたたちの年齢であれば、【そういうこと】に興味を持つのも、同じ運命を背負う相手に親愛を抱くのも当然だと思います。ですが…魔法少女であるうちは、もっと【健全】にパートナーと向き合うのをおすすめします』


「」

 これまで感情を感じさせなかった箱の声音は幾分か戸惑いを帯びて、ようやく人間らしい雰囲気を感じ取れたけれど。

 その遠回しでありながら、けれども妙に理解のある忠告を聞いた私は…こんな顔で会いに行けというのかと、言葉を失いつつ心の中で抗議する羽目になった…。


[…やはり魔法少女への監視は強めるべきではないのか…?]


 機智派のぼそりとした困惑から逃げるように私はエピックリライターに入り、せめて始まりの魔法少女には見られていないことを願いつつ、私は自分の意識を暗闇に放りだした。


 …

 ……

 ………


『あ、私のパートナーはね、【首輪とリードを付けられたまま可愛がられる】のが好きだったよ』


「」

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