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17-サクラメント・パラディン

「やばいよやばいよ、こんなにたくさん出てくるなんて聞いてないし! バックアップはまだ来てくれないの!?」

「さっき連絡したばかりじゃん! そんなすぐには来られないって!」

 夜、人が寄りつかない入り江では魔法少女と影奴によるこの世ならざる争いが繰り広げられていた。木々に囲まれた砂浜の上では二人の魔法少女が大量の影奴を捌いているものの、その撃破スピードは出現スピードを下回っている。

 現に魔法少女たちはジリジリと後退して、このままでは背中が無骨な絶壁に接しそうなほど追い詰められていた。

「マジでやばいって、魔力尽きそう! 影奴に負けた魔法少女ってどうなるのさ!?」

「知らないよ! 影奴は触れた相手の生命力と魔力を奪っていくらしいから、死んじゃうんじゃないの!?」

 片や軽機関銃を模した専用マジェットで、片や魔力で作られた炎を吐き出す火炎放射器のような汎用マジェットで、海を覆い尽くさんばかりの数の影奴を撃破していく。しかしその向こう側には魔法少女たちをあざ笑うようなペースで雑魚を生み出す大型の影奴──ワームを思わせるシルエットで先端部分から低級の影奴を吐き出している──がいて、そこまで攻撃を届けないことには全滅をさせられない。

 そしてこの二人の魔法少女はさほど経験が豊富ではないことから、雑魚を蹴散らして大本を叩くほどの余裕はなかった。

「…やだー! 彼氏を一度も作らずに死ぬとか無理! 魔法少女になってからは男の子とも触れ合えないし! 学園のバカー!」

「その発言のほうがやばいって! とくに現体制派に聞かれでもしたらしょっ引かれて、そのまま矯正施設にぶち込まれる!」

 魔法の弾丸と炎は容易に低級の影奴を吹き飛ばすものの、やはり本体までは届かない。そして攻撃の勢いは魔力の消費に伴って徐々に弱まっていき、どこか余裕を感じられそうな軽口のたたき合いをしつつも、二人は波の音に混ざる死の足音を間近に感じていた。


「ごめんなさい、遅れて! もう大丈夫よ!」


 まもなく影奴が二人を飲み込もうとしたとき、優しげでありながらも良く通る声が入り江に響き渡る。その声の主は二人の魔法少女をかばうように前へと割り込み、手に持っていた武器──ロングソードを思わせる片手剣だ──を横薙ぎに一閃すると押し寄せる影奴の波に一瞬空白ができた。

「あ、あなたは!? バックアップ担当の方ですよね!?」

「その通り! 私の名前は『サクラ』、魔法少女を守るために戦う魔法少女よ!」

 ちらっと後ろを振り返り、戦闘中であるにもかかわらずにこりと微笑む三期生の魔法少女…サクラは二人に声をかけつつも左手に装備したティアドロップ型の盾で敵の攻撃をいなし、ワルツを踊るように剣を振り回して次々に影奴を霧散させていく。

 味方を守るように敵中に飛び込む彼女は当然ながら影奴たちに集中攻撃を浴びせられているが、そのすべてを捌きながら自分の攻撃を命中させていた。飛びついてきた敵を盾で弾き飛ばし、白光に輝く剣は一閃するたびに夜の入り江へ光芒を生み出す。

 それは桜の花びらが風に舞うように自然な動きで、二人の魔法少女は攻撃を忘れて見とれていた。

「さて、おいたが過ぎる影奴には…とっておきでお仕置きします!」

 サクラの舞はやがて大型の影奴の手前まで到達し、低級の影奴を生み出しても無意味だと理解したのか、敵も巨大な尻尾を叩きつけるように振り下ろす。サクラはそれを防御せずにすいっと躱して空中に飛び上がり、くるんと一回転してから剣を天空へと掲げた。

「チェンジ、『バスタード・モード』!」

 サクラのかけ声と同時に盾は二つに分割されて刀身に引き寄せられるように合体、さながら大剣のような形状に生まれ変わる。同時に先ほどから放たれていた白光の輝きはさらに強まって、昼間の太陽の如くあたりを照らした。

 空中でそれを掲げるサクラの髪は光に照らされ、その名前に相応しい桃色の輝きを魔法少女たちに焼き付ける。

「…あれ、まるで…桜が咲いたような…」

「…うん。優しいのに、力強い光…」

 まだ戦闘は終わっていないというのに、二人の魔法少女は花見のようにサクラの髪に咲いた『桜』に見とれていた。それは小さな頃に見た桜並木よりも強く脳裏に焼き付いて、これから先、彼女たちは桜を見るたびに彼女を思い出すだろう。

 サクラは人の身でありながら、二人の少女の『桜の概念』を塗り潰してしまった。


「フルゴーレ・スラッシュ! 魔法少女たちは…私が守る!」


 盾と合体した大剣へさらに魔力を纏わせ、さながら巨大な光となった刃を上段から振り下ろす。

 すると大型の影奴は一撃にて霧散し、先ほどまで敵にて埋め尽くされていた入り江は本来の姿を取り戻して、その真ん中へ上品に着地したサクラは咲く場所を間違えた花のように美しかった。


 *


「…はっ。す、すみません、助かりました! 私たち二人だと、どうなっていたか…っ」

「…! ごめんなさい、力不足で! そ、それと、さっきのことは冗談ですから…!」

 自分たちの元へ歩いてくるサクラに対し、ようやく二人は戦闘が終わったことを理解してお礼を伝える。しかしその顔はサクラの腕に巻かれた腕章…現体制派の証を見たことで凍り付き、感謝はすぐさま謝罪へと変化した。

 現体制派は学園の意向を重んじる学内最大の派閥であり、問題のある魔法少女を拘束する権限を持つ。よって現体制派の手によって未熟な魔法少女が『矯正』されたという噂は学園中に広まっており、二人は自分たちの力不足を呪った。

 さらには…やけっぱちだったとはいえ、学園に対して『バカ』という暴言を吐いてしまったのだ。それを聞かれていた場合はさらなる罪が上乗せされ、実質的な刑務所とまで言われている矯正施設に放り込まれるのではないか…そう思ったら、彼女たちは『助かったのではなく別のつらい目に遭わされる』としか思えなかったのだ。

「あなたたち…」

「ひっ! ごめんなさいごめんなさい、今回の大型はそんなに強くないって言われてたんです! だから私たちみたいな未熟者があてがわれて!」

「おバカ、学園は悪くないでしょ! わ、私たちの努力不足です! これからは死に物狂いで特訓するので、どうか許し」


「…無事でよかった!」


 必死に言い訳を重ねる魔法少女たちの目前まで迫ったサクラは、剣と盾を砂浜に突き立て…二人へ飛び込むように抱きつき、腕に力を込めて無事を喜んでいた。

 そこに誰かを責めるような鋭さはなく、むしろ声だけでなく体の感触までもが柔らかで、二人はぽかんとしながら立ち尽くすことしかできなかった。

 抱きついてきたサクラの体から香る匂いは、桜と言うよりも桃のように甘かった。

「ごめんなさい、本当ならすぐに駆けつけたかったのだけど…あなたたちの言うとおり、この辺はそんなに強いのが出ないと予測していたみたいで…だから少し離れた場所で待機していた私があてがわれていたの。二人からの救援要請を聞いたとき、本当に心配してて…でもよかったぁ…」

「え、あ、あの…怒って、ないんですか?」

「怒るわけないでしょ? あなたたちは強敵相手に必死に戦ってくれていたんだから、誰にだってバカにはさせない。私はね、いつも頑張っている魔法少女のみんなを誇りに思っているわ」

 おびえていた二人を安心させるように、サクラは心からの賛辞を送る。その顔は安堵によって緩み、けれどもコーラルレッドの瞳は仲間の無事を喜ぶように潤んでいて、彼女の言葉が嘘偽りでないことを確実に物語っていた。

(…そう、魔法少女たちは素晴らしい存在。人知れず我が身を犠牲にしてこの世界を守る、あまりにも尊く美しい人たち…私は自分が魔法少女であること、そして同じ魔法少女たちを守れることが…何よりも誇らしい)

 サクラは優しく、そして誰かを守ろうとする意思が人一倍強い女性だった。有り余る母性を身に宿す彼女は魔法少女に選ばれたときから使命に燃え、元々の素質に加えてたゆまぬ努力を重ねた結果、優秀な魔法少女しか入れないとされる現体制派にもスカウトされた。

 以降はさらに忙しい日々が待ち受けていたのだが、サクラは後悔するどころかより一層使命感を強め、たとえ休日であっても喜んで出動に応じていた。そんな彼女からすれば、新米魔法少女たちのバックアップは…自分の命に代えても達成すべき、最上級の任務に他ならなかったのだ。

 いつしかそんな彼女は『サクラメント・パラディン』と呼ばれるようになり、多くの魔法少女から慕われるようになった。

 そして、今日も。

「…あ、あの、サクラさん、ですよね? 私、このことは絶対に忘れません! いつか私もサクラさんみたいに強くなって、同じように後輩を助けられるようになります!」

「わ、私も! 本当のことを言うと、今日まではそこそこにしか頑張ってなかったんですけど…でも、サクラさんみたいになりたいから、これからは心を入れ替えて訓練します! だから、いつかは…また一緒に戦ってくれますか?」

「…もちろんよ! うふふ、今日もすごく立派な子たちと出会えて…嬉しいっ!」

 二人の少女はサクラの炎が燃え移ったかのように、彼女を見つめながらその身に使命感を宿した。もちろんサクラも彼女たちの決意により誇らしさに満たされて、今一度自分の戦う理由を見つめ直す。

(…そう、私はこういう子たちを助けるために魔法少女になったんだ。もしかしたら引退も近いのかもしれないけれど、そうなったとしても…魔法少女のため、できることは何でも続けていきたい)

 サクラは希望に満ちていた。自分の戦いが、使命が、こうやって誰かに受け継がれていくことに…どうしようもないほどの充実感を覚えていた。

 魔法少女、それは運命によって半ば強引に戦うことを求められる存在。しかしそんな状況にあっても使命を果たそうとする彼女たちの輝きは、決して踏みにじられてはいけない。

 だから、守ろう。自分の命をかけて、一人でも多くの魔法少女を。これは自己満足であるとサクラは理解しつつも、自分と同じように仲間を慈しみ、そして支え合える人が少しでも増えてくれたら…そんな願いを胸に秘めて、今日もサクラメント・パラディンは魔法少女を守り抜いた。


 *


「…そうねぇ、そんなこともあったなぁ」

 サクラは久しぶりに端末を操作し、自分の中にあった過去…思い出を振り返る。画像でも映像でもなく、自分の中にあった『光景』を鮮明に表示するこの端末は…サクラにとって楽しいことばかりではなく、つらいこともたくさん思い出させた。

「…でも、私のしてきたことは無駄じゃない。魔法少女たちはいつの時代も仲間と支え合っていて、大切な人を守ろうとしてきた…」

 つい最近来てくれた魔法少女たち…ヒナとカナデを思い出し、サクラはつらい思い出がすぐさま希望に満ちたあの頃によって塗り替えられたのを自覚する。

 ヒナもカナデも、自分とは異なる目的のために戦っている。それがわからないほどサクラは鈍感ではなかったが、そうであっても彼女たちのまっすぐさ、そして奥底に眠る輝きは揺るぎないものだと信じていた。

 その輝きが失われない限り、魔法少女たちはくじけない。何度でも立ち上がって、大切な人と手を取り合って、よりよい未来を目指して駆け抜けていく…魔法少女でいられる期間は短くとも、その積み重なってきた思いは連綿と受け継がれていくのだ。

「店長、配達、来タ」

「あっ、ありがとウミちゃん…さて、今日も『お仕事』頑張りましょうか!」

 片言で報告してきた店員に笑い返し、サクラは端末をシャットダウンさせて立ち上がる。その顔は過去を懐かしむ以上に、未来への希望に満ちていた。

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