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14-アヤカの好きなもの、持っているもの

「今日こそお前をボコボコにする…覚悟しろ…!」

「わ、わかった…えっと、手合わせ、お願いします…?」

 武闘派の拠点、屋外訓練場でのこと。身体をなまらせないためにほぼ毎日誰かと──といっても大抵はルミかアヤカが相手だ──手合わせをしていたけれど、アヤカは練習用のガントレットを装備し、ファイティングポーズを取ったかと思ったら両手をしゅっしゅと突き出してくる。そのじとりとしたまなざしには隠しきれないほどの敵意…あるいは怒りが感じられて、今さらながらお互いのマジェットが訓練用でよかったと思う。

 もしも戦闘用のマジェットであれば、専用品がない私が一方的に蹂躙されていた可能性が高かった。汎用品でも時間停止はできるのだけれど、効果や効率が格段に落ちてしまい、なにより訓練場では特別な理由がない限りは固有魔法の使用が禁止されていて、もしも使ったことが発覚したら先生による砕拳でお仕置きされるらしい…怖すぎる。

 ちなみにアヤカは「…これが本物の戦闘ならとっくに爆撃をしてた…」と何度もつぶやいていて、この子の私に対する敵意はどこから湧いているのか、不思議で仕方なかった…いや、一応思い当たる節もあるんだけど。

「…あの、アヤカ? えっと、なんで私のこと、そんなに敵視してるの?」

「…は? お前、以前私にビームを撃ち込んだの、忘れたの…? 信じられない、戦闘狂のルミですらぶっ飛ばされたのを覚えているのに…」

「あー、いやー…あはは、それは覚えてるし、えっと、うん…当たり前だよね、ごめん…」

 ほかにないか、なんて聞いてみてから愛想笑いをするしかなくて、アヤカはシャドーボクシングを一時的に中止し、同時に信じられないとばかりに呆れた目線を向けていた。

 そう、当時は敵同士だったとはいえ、私はマナミさんを守るために無我夢中になってしまい、全力のビーム砲をぶっ放したわけで。しかも時間を停止しての攻撃だったから、クリーンヒットしたアヤカはそのまま漫画のような勢いで吹き飛ばされたのだ。

 無論魔法少女でポンチョも装備していたからあれで済んだわけで、普通の人間相手だったり装備がなかったりした場合、もっとひどいことになっていただろう。魔法少女って頑丈だなぁ…。

「…ちなみに、お前に撃たれた直後はほとんど動けなくて、ルミに抱えられてなんとか逃げられた…で、完治までに三日かかった…だから、同じくらい痛めつけないと気が済まない…ボコボコにされる覚悟、終わった…?」

「…うん、本当にごめんなさい。でも、その…私もボコボコにはされたくないかな…ごめんね?」

 全治三日くらいのダメージとなると、今のアヤカの装備だったら文字通り『ボコボコ』にしないと難しいだろう。それはつまり一方的に殴られ続けないと実現はできないわけで、私がそれを甘んじて受けようとすれば、すぐそばのベンチで私たちを見守っているカナデはすっ飛んでくるだろう。

 となるとシャドーボクシングを再開したアヤカに対して私ができるのは言葉での謝罪だけで、それで彼女の溜飲が下がるわけもなく、すぐに「…謝らなくていい…だからボコらせろ…」と一蹴された。アヤカ、物静かに見えるのに口を開くと物騒なことしか言わないな…。

「…それじゃあ、始めようか。これは手合わせだから、命の奪い合いは勘弁してね?」

「…わかってる…命を奪ったら、ボコボコにできない…だから、ボコボコにし続けるためにも…半殺しで勘弁してやる…!」

 私が念押しをするとアヤカはにやぁと口元を歪め、シャドーボクシングの速度を最高潮まで加速させ、優しいのかそうでないのか…いや、少なくとも優しくはないであろう理解を示してくれた。これ、本番と同じくらい気を張らないとやばそうだな…。

 私は片手メイスをぎゅっと握りしめ、慣れない武器を構えつつ防御重視の立ち回りを意識し、開始早々に懐に飛び込んできたアヤカをいなしていた。


 *


「…くそっ…ムカつく…ボコボコにできたわけでも、ボコボコにされたわけでもない…中途半端な結果でルミに笑われた…」

「ボコボコにならなかったことは喜びなよ…」

 今回の手合わせ、それは…まあ、概ね引き分けだろう。

 私は時間いっぱいまで両拳で猛ラッシュをしてくるアヤカに防戦一方で、たまに打撃を放ってもギリギリのところで回避されたり、ガントレットを駆使した防御姿勢によって有効打は与えられなかった。

 一方、アヤカもそれは同じだった。アヤカの体術は素早く手数が多いものの、直情的な動きが大部分を占めており、しっかりと観察しながら立ち回れば強烈な一撃を食らうことはない。最初に防御重視を決意した私の判断は間違っていなかったようで、結局は彼女も有効打を出せなかったのだ。

 結果、アヤカとしては大変不服な決着となってしまい、身体を動かして私への憤りを昇華できたわけでもなく、完膚なきまでに負けたわけでもなく、ベンチに座りながら足をダムダムと踏みしめていた。

 ちなみに今はルミとカナデが手合わせをしていて、パワーではルミが、スピードではカナデが有利といった感じだった。

「…アヤカはさ、その…好きなこととか、ある?」

「…なんでそんなことを聞く…教える義理、ないし…」

「いや、そうなんだけど…いつも怒っているような感じがして、それを戦いにぶつけているような雰囲気があるから…それは、その。苦しいんじゃないかなって」

「…知ったようなこと、言わないで…」

「気に障ったならごめん。でも、私も知っているから…行き場のない怒りを戦いにぶつけることのつらさとか、いろいろ」

 カナデの手合わせを見守りながら、私は限界まで距離を空けて隣に座るアヤカに質問を投げかける。もちろん素直に教えてもらえるとは思っていなかったけれど、当然のように無愛想な言葉で切り返されて、苦笑することも怒ることもできなかった。

 ただ、虚しい。これはアヤカとの会話が不毛という意味じゃなくて、彼女の姿勢…少なくとも私が感じている彼女の戦いの意味について思案すると、どうしても心に隙間風が吹きすさんだ。

 そう、私は知っている。自分の中に常に怒りが渦巻いている状態、そしてそのぶつける先が戦いにしかないこと…そのつらさには常に虚しさが隣り合っていて、心はいつまでも満たされない。

 もしも今もカナデがそばにいなかったのなら、私は現在も怒りに囚われたまま敵を滅ぼし続けていただろうから。

 アヤカにはそうなってほしくはない…のかもしれない。

「…もう、慣れた。私には、何もない。自分を守ってくれる家族も、帰れる家も、将来の夢も。だから、それを奪った奴ら…魔法少女とかいうシステム、それに復讐するしかない…つらいとか、どうでもいい」

 それは多分、まともに回答してくれた初めての言葉かもしれない。

 アヤカもまたルミの戦いを眺めつつ、遠くを見るように目を細め、それでもその先に何もないと諦めきった…少し前の私みたいな、空っぽの瞳がそこにあった。

 でも…この子は多分、強いのだろう。つらくないと強がるのではなく、自分の心がつらいと悲鳴を上げていてもそれを無理矢理押さえつけ、胸の奥を復讐という炎ですべて埋め尽くす。そしてその先に何もないとわかっていても止まる気がない、それを見た私は…とてもじゃないけれど『復讐に意味なんてない』なんてきれい事は言えなかった。

 というよりも、共感すらあったかもしれない。だって私も「もしもカナデがまた奪われたら、奪っていった奴らを根絶やしにするまで復讐し続ける」と考えているのだから。

「…アヤカは強いね。でも、何もないとか…それは少し違うんじゃないかな」

「…なにが言いたい」

「アヤカにはあるでしょ、帰れる場所が。ここはあなたの家じゃないの? 先生やルミ、武闘派のみんなは『おかえり』って言ってくれないの?」

「…私は、偶然ここに連れてこられて、死ねなかっただけ…それと、あいつら…武闘派のみんなは、お人好しだから。誰にだって、お前らにだって、おかえりって…言ってくれる…」

 同じことを考えている人間だからこそ、同じくらい物騒だからこそ、わかることもある。共感なんてしたらアヤカは激怒するだろうから、「わかるよ、同じ気持ちだから」とは言わない。

 だから、事実だけ口にすればいい。物騒なくせに理屈っぽい、頭がいいのに復讐以外考えようとしない、この小さな狂犬に。

 今そこにあるものを、勝手に突きつけてみよう。

「そうだね、武闘派のみんなはいい人たちだから。でも、誰だって守るわけじゃない…もしも私たちが学園に従って武闘派を攻撃すれば、みんなは全力で反撃してくる。そしてアヤカを攻撃しようとすれば、間違いなくアヤカを守ってくれるよ。さっきの手合わせだってそう」

 素早く動き回ってヒットアンドウェイを狙うカナデに対し、ルミは常に距離を詰めて押し切ろうとする。異なるバトルスタイルの近距離戦は学べることも多くて、言葉は交わしつつもやっぱり見ているのはお互い戦いだけだった。

「…もしも私がアヤカを一方的にボコボコにしていたら、ルミだって怒って私を叩きのめそうとする。先生だって私にきついお仕置きをする。アヤカの家族がどんな人なのか私は知らないし、もしも本当に守ってくれないのだとしても…あなたの仲間は、きっとあなたを守ろうとする。だから、何もないなんて言わなくていいと思うよ」

「…うざ…」

 そこそこいいことを押しつけたつもりなのに、返事がそれかぁ…と思ったら、ようやく口元は苦笑を作れた。

 アヤカはやっぱり最後まで私のほうは一切見てなくて、吐き捨てる言葉も誰に言っているのかわからないような場所へと消えていった。

 けれど。次に飛び出してきた言葉は、確実に私へと向いていた。

「…私は、読書が好き…本なら基本、何でも読む…でも、小説がとくに好き…」

「…へ?」

「…好きなこと、聞いてきたでしょ…だから答えた、それだけ…」

 言葉の方角に目を向けると、アヤカは横目で私を見ていて、その耳と頬はルミの髪みたいな色に染まっていた。

 それは多分、すごく都合がいい解釈をすれば、アヤカなりのポジティブな返答なのだろう。

 うざい奴の質問に答える、それは彼女なりのお礼…あるいは肯定の返事なのかもしれなかった。

 なら、私の返すものも決まっていた。

「…ええと、私の好きなものは…パンを食べること、作ること…かな。あ、作ると言ってもホームベーカリーしか使ったことはないけれど、魔法少女を卒業したらオーブンとかも買って本格的に作ってみるつもり」

「…あっそ…一応、集落に魔法少女たちが運営するパン屋があるから…帰る前に、食べてみれば…」

「…ふふ、そうする。そのときは一緒に行こうか、助けてくれたお礼に奢るよ」

「…お前の財布が空っぽになるまで食べてやる…覚悟しろ…」

 多分私は、これからも顔を合わせるたびに「ボコボコにしてやる」と言われて、そして手合わせを半ば強制されるのだろう。そして私はボコボコにされない程度に相手をして、毎回引き分けに持ち込んでアヤカに文句を言われるんだろうな。

 それは友達とも宿敵とも言えない、物騒で、面倒で、危険な状態かもしれないけれど。

 だけど私はそんな関係を悲観することはできなくて、素っ気ないアヤカの返事に愛想を含まない笑みを漏らす。そして気になる情報を教えてもらった私はお礼を伝えると、彼女はようやく私に対して邪悪さを軽減した笑顔で、それでも財布をボコボコにしようと宣戦布告をしてきた。

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