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13-ヒナさんはモテる?

 放課後、それは私たち魔法少女にとっても貴重なリラックスできる瞬間だった。

 魔法少女である以上は放課後にもいろんな用事があるけれど、戦いに関連した任務がなければそれなりには穏やかに過ごせていて、私…カナデも今日はそういう任務がないことから、自分には似合わないリラックスをするため、軽く背伸びをしてふとヒナの席に視線を送った。

 そこには、誰もいない。

(…今日は別の用事がある、か)

 私とヒナは相棒で同じ部屋で暮らしているから、一緒に行動することが多い。そして最近はそういう二人の時間というのも…まあ嫌いじゃなくなっていたから、こうして別行動をする放課後というのは多少の…空白というのを感じる。

 そしてヒナ以外に話せる相手がほとんどいない私にとって、放課後の教室に居続ける理由なんてなかった。

 …あいつが戻ってくるまで待ってやってもいいけれど、変なところで気を使うだろうから、やっぱり先に戻って家事でもしておいてやるのがベストだろう。

 そう思って席を立とうとしたら。


「…やっぱりさ、ヒナさんって格好いいよね」

「うん、わかるー。ヒナさん、口数は少ないけど冷たい感じがしないし、クールって表現が似合うかも」


 ヒナ、という名前を私は知っている。いや、知らないはずはないんだけど。

 仮に同名の魔法少女がいたらそいつのことかもしれないと思ってスルーするのだけど、このクラスにヒナという名前の少女は一人しかいなくて、しかもクールで冷たくはないとあれば、私の脳内に浮かぶ姿は彼女だけだった。


「そういえばさ、私…前にヒナさんに荷物を持ってもらったことがあるよ。先生に頼まれて結構重いのを持ってたら、ヒナさんが『大丈夫? 私も手伝うよ』って言ってくれて」

「へー。その光景、なんか想像できるかも。ヒナさんって周りへの関心が薄そうに見えて、困っている人をちゃんと見つけられる感じ」


 思わず頷きそうになった私は慌てて首を振り、わざとらしく聞き耳を立てないよう、教科書を取り出して自習をする。本当に勉強に集中するのなら自室に戻るべきなのだけど、今は…いや、別に名残惜しいとかはない。

 ただ、ヒナが悪く言われていたら代わりに怒ってやってもいいだなどと自分に言い聞かせ、偶然噂話が聞こえてくる場所で勉強をしていた。

 もちろん、勉強の内容は頭に入ってこない。


「あ、私もヒナさんに助けてもらったことあるよー。体育で足をくじいたとき、肩を貸して保健室まで連れて行ってくれた。そのときなんだけど…ヒナさん、汗をかいてたのにいい匂いがしたー」

「えー、汗の匂いが好きとか変態っぽくない? でもたしかに、ヒナさんってすれ違うといい匂いがするかも」


 …あいつら、なかなかわかっているわね。

 そんな絶対に口にできないことを考えながら、私は頷きそうになる自分の首に力を込めて、必死に教科書の方角へと固定していた。

 そうだ、ヒナは優しい…いや、これは褒めているわけじゃないけど。とにかくあの子は『特別じゃない優しさ』を当たり前のように振る舞って、そして周囲の好感度を稼いでしまうのだと思う。これは私の好感度が高いというわけじゃない。

 そして、何より…ヒナはいい匂いがする。ヒナと同じ部屋で暮らすようになってからは自室にヒナの匂いが染みつくようになったわけだけど、それは毎日嗅いでいても飽きない…じゃなくて、部屋に戻ってくると妙に安心するというか、包まれているような気分になれた。

 …そして、これまた絶対に言えないけど。

(…ヒナの脱いだ服、すごくいい匂いがしたのよね…)

 念のために言っておくと、私は変態じゃない。なのになぜヒナの服の匂いなんて知っているのかというと、それはあれだ…私が洗濯をするとき、脱衣かごを持った際にヒナの服が落ちてしまって、それを拾い上げたときにちょっと嗅覚が反応しただけだ。

 私は元々鼻が効くから、顔を引っ付けたりしなくても匂いがわかってしまうのだ。そう、だから偶然にも『ヒナの脱いだ服はいい匂い』というのがわかってしまっただけで、私は絶対に変態じゃなかった。


「…はぁ。なんかさぁ、こういう話をしてると…恋、したくなるよね」

「なるなるー。男の人との接触は厳しく禁じられているけど、女の子が相手だととくに怒られないらしいから…魔法少女同士で『そうなる』人たちも多いみたいだし」


 女同士の雑談というのはどうしても恋バナというやつが多いらしいけど、この女しかいない閉鎖空間にもいてもそれは変わらない。

 ただ、魔法少女のうちは異性との接触を極めて厳しく禁じられていて、それを破った場合は矯正施設行きもあり得るのだから、ここにいるあいだは男性との恋物語なんて夢のまた夢だろう。

 一方…恋に恋する連中が多い年代が集まれば、必然的に同性…それも『女から見ても魅力的な女』がすぐそばにいた場合、どうしても盲目的な恋が始まってしまうものだ。

 私はこういう噂話にさほどの興味はないけれど、どうしても『とある魔法少女同士のよからぬ関係』というのは耳に入ってくることがあった。


「…私さ、ヒナさんなら…付き合ってみてもいいかも」

「ええー、大胆! でもヒナさんってモテるから、ライバル多いかもよー? 上級生に話しかけられている姿もよく見かけるし」


 ピクリ、私の耳は反応する。

 ヒナと? 付き合う?

(…残念だけど、ヒナはそういうのに興味がないわ。やめておきなさい)

 どの立場から言っているのかわからない言葉が、春の桜が散る瞬間のように音もなく自分の中で消えた。

 そう、ヒナは…恋愛感情というものが欠落しているようにすら見えた。めちゃくちゃな美人のくせに。

 周囲に対してそういう視線を向けることもなければ、自分に向けられた視線の意味を考えることもない。ただすべてを流れのままに受け止めて、そして深く考えずに流してしまう。

 思えばそんなヒナだからこそ私みたいなのと成り行きで組んでくれて、そしてそのまま受け入れてくれたのだろう。

 そんな彼女に対して、私は…残念とかはなくて、安心しているような、けれど寂しいような、よくわからない──あるいはわかりたくない──感情が夢幻のようにうごめいている。

 だから…やめておきなさい。あいつの相棒が務まるのは、私だけなんだから…?

 …私、なんで、そんなことを。


「今度、ヒナさんに告ってみようかな…ヒナさんなら断るにしてもバカにはしてこないだろうし」

「わーお、青春! でもエミちゃん可愛いし、ヒナさんも案外」


 !!

 そんなこと、あるか! あるわけがない!

 思わず立ち上がり、叫びそうになる。けれどもその叫びは生まれてこなくて、でも勢いよく立ってしまったのは事実で、その二人も会話を途切れさせて私を見ていて。

 目が合うと片方は驚いたように私を見ていて、もう片方はなにかを察したように「へぇ…」なんて言ってて、今になって私はどうしようかと思っていたら。


「あれ…カナデ、まだいたの? もしかして勉強でもしてた?」


 なにも知らないヒナが教室に戻ってきたら、きょとんとしつつ私を見てきた。

 もちろんクラスメイトたちもヒナをみて、ヒナに告ろうとしていた子は顔を赤くしてはにかみ、もう片方は私とヒナを交互に見てニヤニヤしていて、多分私だけが居心地の悪さを感じていた。


「あ、あの、ヒナさん」

「ヒナっ! 用事が終わったんなら帰るわよ!」


 やめておきなさいって言ってるでしょ!

 今日の私は思うばかりで全然口にはできなくて、その言葉もやっぱり教室へと吐き出せなくて。

 だけど告白──多分しようとしていたはず──を制するように私はつかつかとヒナの隣まで歩いて行って、有無を言わせずにその手を握り、彼女の「ちょ、いきなりどうしたの」という言葉も無視して教室を飛び出した。

 その刹那、小さな声で「やっぱりヒナカナかぁ…」なんて声が教室から聞こえた気がしたけど、それも無視しておいた。


 *


 部屋に戻るまで私はヒナの質問をすべて無視して、そして戻ってきたらまずは部屋の匂い──ヒナの匂いではない。本当だ──を肺一杯に吸い込み、そして彼女と向かい合う。

 今日も腹立たしいまでに整っている顔立ちは、やっぱり私を不思議そうに見つめていた。

 …この顔で、今まで何人の女の子を狂わせてきたのだろうか。

「…あんた、もしもよ。もしも今、誰かから告白されたら…どうするの?」

「…はい?」

 この質問には、どんな意味があるのだろうか?

 多分私とヒナは、同じことをそのまま考えていただろう。

「もしも告白されたらどうするのか、受け入れるのか、断るのか、聞いているのよ」

「…ええー? 今? でも私魔法少女だし、男の人に告白されても受け入れられないし」

「知ってるわよ! この学校内にいるやつから告白されたらどうするかって聞いてるのよ!」

 こういうとき、ヒナは『わけがわからないけど可能な限り答える』というスタンスが多い。それは彼女が誠実…いや、馬鹿正直な証拠だろう。

 私は、そんなところが。

「…つまり、女の子から告白されたらどうするか、って意味? えっ、なんで?」

「…ベ、別に。答えたくないならいいけど? でもまあ、気持ち悪いとか、絶対にいやだとか、そういうふうに思うかどうかは…聞いてあげてもいいけど?」

 それを知ったところで、私にどんな影響があるというのだろう?

 わからない…いや、やっぱり、わかりたくない。目を背けたい。

 もしも彼女が「気持ち悪い」と言ってしまうとしたら、私は。どうすればいいんだろう。

「うーん、そんなことがあるとは思えないけど…まあ、気持ち悪いとかは感じないと思うよ。恋愛経験がないからなんとも言えないけど、『好き』って気持ちを誰かに抱くのって悪いことじゃないだろうし」

「……そ、そう。あんたらしいっちゃあらしいわね」

 ヒナはクールだけど、冷たくない。周囲への関心は薄いけど、優しい。

 そんな彼女はぬるま湯で作られたかき氷のような、ふわふわして捉えどころのない、けれど誰もを傷つけない言葉を意識せずに口にしていた。

 それは私のようなねじくれた、出口のない迷路を心に作っている人間すらも…安心させた。彼女の差し出したかき氷は、冬でも食べられそうなくらい温かった。

「私も妹のこと、大好きだしね。そういう気持ちを誰かに向けられるのだとしたら、それが恋…なのかなあ…」

「そういう意味で聞いたわけじゃ…いや、私もわからないからおあいこかしらね…ふふっ」

 最後まで真面目に考えるヒナの様子がおかしくて、私は珍しく声を出して笑ってしまった。ヒナは「…今日のカナデ、よくわかんないなぁ…」と首をかしげつつも、やがて彼女も微笑んでくれて。

 ヒナの匂いに包まれた部屋は今日も優しく私たちを抱きしめ、そして安心させてくれた。

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