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12-トミコのカップリング語り

「カオムツ…あ、これはカオルさんとムツさんのカップリング名称ね! もちろん私が考えたんだよっ!」


 夜の帳が下りた学生寮の一室で、トミコはクッションに腰を下ろしつつローテーブルに両手をついて、ずいっと顔をせり出しながら熱っぽく語る。


「カオムツはね、『どっちもいろんなことをそつなくこなせる組み合わせ』なんだよね…こういうカップリングはさ、『どっちかがちょっと抜けていないとバランスが悪い』って思われそうだけど、それは早計だと思うんだよねっ!」


 ふんすふんす、若干荒くなっていた鼻息を意識すらせず、トミコはただ語る。

 任務中の彼女はむしろ口数は少なめで、無線などへの応答もそつがなく、それは見方によってはクールとも表現できる雰囲気を纏っていた。

 そして任務が終われば引っ込み思案な雰囲気に戻り、多少の言いにくいことがあれば口を閉ざしてしまう。しかし、この場に限って言えば第三の人格が出てきたかのようにいきいきとして、周囲の存在…とくに『カップリングとして魅力的な組み合わせ』について解説していた。


「カオムツはどっちも大抵のことはこなせるし、お互い優秀だから隙がなくて、それで『きっとパートナーは私に完璧を求めている』なんて考えちゃって、私情を上手く出せないんだよねっ。だからどんどん自分の中で重たい感情が募っていって、でも相手にそれを押しつけると負担になるから、どっちも涼しい顔でパートナーを支え続けちゃうんだ…」


 ふすー、ひときわ長い鼻息が静かな部屋にこだまする。これで今も語り続けるのが愛らしい文学少女でなければ、不気味さすら放っていた光景だろう。

 トミコはこういう自分の一面を『キモい』と感じていたが、それは『自重できるかどうかは別』でもあり、むしろ…聞いてくれる相手が理解のある人であれば、聞いてもらいたいというのが本音だろう。


「でもね、ムツさんとかは結構グイグイいってる感じがあるでしょ? カオルさんのこと『おひい様』なんて呼んじゃってるし、特別扱いしているのをむしろ周囲に見せつけちゃってて…でもカオルさんが少しでもそれに応えようとすると、途端に茶化しちゃうんだ…ムツさんはね、押せ押せに見えて実際は乙女で、いざカオルさんが迫ってくると怖くなっちゃうんだよ…たまんないよね…」


 はふぅ、今度はやや上を見ながらため息をつく。それは『恋する乙女』のような物憂げな雰囲気があったものの、会話内容に意識を戻せばあっという間に現実を直視させる。

 いや、実際に恋をしているのかもしれない。『お気に入りのカップリングの恋愛模様に恋をしている』という、実に特殊な恋だが。


「それでね、カオルさんも味わい深い感情を持ってるんだよね…カオルさん、ほかの人にならなにを言われても余裕を持って流したり受け答えしたりするのに、ムツさんになにか言われると結構素直に感情を出しちゃうんだ…照れたり、ふてくされたり、完璧美人の見せるこういう一面って…もうあざといを通り越して、処世術並みの完成度になっちゃってない?」


 うんうん、トミコは腕を組んで頷く。それはもはや自分の中で完結した自問自答であり、こうして話すことは問題集とその答えをセットで見つめているようなものだった。

 つまり、彼女の独走である。


「でね、カオルさん、ムツさんに迫られても涼しげにしていることが多いんだけど…そのときってさ、大抵顔が緩んでいたり、ほっぺたを赤くしていたりするんだよっ。でねでね、ムツさんが茶化して切り上げるとたまに残念そうにしてて…本当はさ、もっともっと踏み込んでもらいたいんだよねっ」


 ぱむっ、自分の頬を両手で軽く触れて、顔をぶんぶんと振る。頬を赤くしているのはむしろ彼女のほうであり、この場にカオルがいた場合は苦笑しつつ指摘してきたことであろう。

 しかし…カップリングについて語る彼女を止められるかどうかは未知数であり、それはつまり『この学園で加速するトミコのカップリング談義を止められる人間はいない』とも表現できる。

 カオルほどの人心掌握術と話術を持っていても止められない、それはある意味では『この学園で最強』とすら言えるかもしれない。


「はぁ、カオムツいいなぁ…あっ、もちろん私は『ヒナカナ』も大好きだよっ!」


 ヒナカナ、それはヒナとカナデのカップリングである。トミコはヒナと組む前からこの二人の『可能性』について見いだしており、そんな片割れと一緒に戦うことになったとき、彼女はこの因果を祝うべきか呪うべきか、本気で悩んでしまったのだ。


「…ううっ、私、ヒナカナだけじゃなくて、お気に入りカプには干渉せずに眺めていたかったの…私みたいなのがお邪魔虫になるなんて思えないんだけど、万が一…億が一ってこともあるでしょ? ただでさえ私だよ? この野暮ったいイモメガネだよ? そんなのがカップリング空間に入っちゃうなんて…許されないよっ!」


 ぽむっ、握りこぶしを自分の太ももに振り下ろし、トミコは今日一番の強さで力説する。


「…だから、ヒナちゃんと組むことになったとき、私がヒナカナを壊したのかなって不安になっちゃって…でも、組んだ直後のヒナちゃん、すぐに泣き出しそうなほどつらそうで…だ、だから私、必要最低限の声かけしかできなくて…あっ、それで十分って言われたらそれまでなんだけど、本当はこんなふうに仲良くお話もしてみたくて…あっ、仲良くって言ってもそういうんじゃないからね!? 私、ヒナカナが別の人とくっつくなんて絶対認めないよっ! カップリング過激派なんて言われちゃいそうだけど、別の人とくっつけようとする人がいたら…断固戦うからっ」


 トミコは人一倍、推しカプにうるさい少女だった。魔法少女学園に来る前、苦しい生活を送っていた頃、そんな彼女の唯一の楽しみは『百合小説を読むこと』であった。

 父親に裏切られる前からトミコは男性に対して苦手意識があり、そして父親がいなくなってからは男性不信に近い感情が芽生え、そんな中、女性同士で完結する愛の形はトミコにとって救いですらあったのだ。

 だからこそ、トミコは自分が認めた組み合わせに異物が挟まることを許せなかった。男が挟まるなんて論外、女性であっても許すことはできない。

 トミコは、カップリング過激派でもあった…。


「た、たまにさ、二次創作とかで『原作にはいない男性キャラを出して、原作サイドの女性キャラと恋愛をさせる』っていうの、あるよね? これさ…私、めっっっっっちゃいやなんだ!! とくにさ、原作側にメインの男性キャラが一人もいない作品にそういうのを足すの、絶っっっっっ対認められない!! 『これは二次創作だから…』っていうけどさ、二次創作って『原作の世界の尊重』から生まれるものであって、男が出ていないってことは『男が不要』ってことだから、不要なものを足すのってあり得ないよね? 許せないよね? 少なくとも私は!! ヒナカナに男が挟まるのは!! 断固拒否するよっ!! 仮に公式が何らかの形で認めたとしても!! 私は!! ヒナちゃんはカナデちゃんだけが好きで、カナデちゃんはヒナちゃんだけが好きなのっ!!」


 トミコは物静かな少女だった…カップリングが絡まない限り。

 だからこの瞬間は叫ぶように、そして吠えるように、ただ激情のまま自分のカップリング論を口にした。

 魔法少女の力の源泉はいくつもあり、『感情』もその一つとされている。

 そう、引っ込み思案なトミコをここまで優秀な魔法少女たらしめているのは…この『カップリングへの譲れない情熱』があってこそかもしれなかった──。


 *


(…うん、私には理解できない世界だ…)

 トミコとの会話──ただしほとんどトミコが一方的に話していただけだ──を終えて、私は軽い疲労感に包まれながらベッドに横になっていた。

 すでに消灯時間を迎えたものの、トミコは学習机に向かってひたすらなにかを書き殴っており、時折「うへへ…やっぱりヒナ×カナデだよ…」という声が聞こえてくる…。

(…なにがトミコをそうさせるんだろう…)

 トミコの趣味、それは決して非難されるべきものじゃない。むしろ無害であるとすら言えて、私もそれでトミコが楽しいと感じるならいいことだと思う。

 …私とカナデで妄想されているのは、まあ。

(…カナデに男、か…あっ、やばい)

 トミコは私やカナデが男とくっつくのが大層いやなようで、それは『恋愛をするなら女性相手──しかも相棒相手とのみ──じゃないと認めない』というわけでもあって。

 でもバイアスやらなんやらを端において考えてみると、むしろ私もカナデも男性との恋愛をするほうがある意味では自然というか、多数派的な意味でも普通の結末っぽい気がした。

 …なんだけど、万が一カナデが男性との恋愛を始めた場合を想像してみたら、一瞬で私の心は真っ黒に染まった。

 それはヘドロみたいにどろりとして、熱湯よりもさらに熱く、私の中でマグマのように燃え広がり続ける。広がるほど不快感は強くなっていって、疲れているはずの体は睡眠を拒否し、カナデの隣にいる男──ただし実在はしない──への攻撃を促す。

 まずは時間を停止してそいつを拘束、カナデのいない場所まで連れて行ったら四肢を潰して逃げられないようにして、カナデを汚した理由について問い詰めよう。

 もしもゲスな欲望でもって私のカナデを汚したのであれば、苦しめてから息の根を止めてやる。

 もしもまだ私のカナデを汚していなかったのであれば、苦しまないように一撃で楽にしてやる。

(……え。私、なにを考えた……?)

 私の中で『私とカナデに挟まった男』が断末魔をあげた瞬間、やっと我に返る。

 もしも本当にそんなことのために魔法を使った場合、私は有無を言わさず矯正施設行きだろう。というよりもそもそも存在しない相手にそんなことを考えること事態が恐ろしくて、私は深呼吸を繰り返して布団に潜った。

(…大丈夫、少なくとも魔法少女のうちは男性との接触が禁じられている。それに…私に口出しや手出しができる権利なんて…)

 魔法少女学園の厳しいルールが、今だけは非常に心強い。

 だって私はカナデの恋愛に対して干渉できる権利はなく、個人的な感傷のために魔法を使うことも許されないのだから。

(…でも、もしも。トミコの言う『ヒナカナ』が今も有効であったなら)

 カップリングのことはよくわからないけど、それでもトミコの情熱に当てられたのか、私はか細い希望へと祈ってしまった。

(…カナデが、ほんの少しでも私のことを『好き』でいてくれますように。私は…カナデのこと、ちゃんと『好き』だから)

 この『好き』がどんな形をしていて、そしてカップリングの形成に役立つのか、それはわからないけれど。

 今はただトミコの言葉が正しいことだけを願って、せめて夢の中では彼女と仲直りできるようにと目を閉じた。

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