「…カオルさんって、弱点がなさそうですよね」
「ん? いきなりどうしたの?」
休日、やることもなくてシアタールームに向かい、どことなくプロパガンダの匂いがする映画──8人の魔法少女が多数の敵を駆逐して日本に平和を取り戻すという内容だ──を見た帰りのことだった。
どうやらカオルさんとムツさんも同じ映画を見ていたらしく、私を見つけたかと思ったらにこやかにお茶へと誘われて、この人たちにはお世話になっていることもあってあっさりと応じた。
ちなみにカナデは一人で外出をしており、用事については聞いていない。家族思いのあの子のことだから、弟や妹に会いに行っているんだろう。
そして茶飲み話を始めて早々に私から出すべき話題が尽きそうになったので、なんとなく思いついた言葉を口にしてみた。カナデ以外の相手になにも考えず話題を振るなんて、私はなんだかんだで改革派の人たちには油断しているのかもしれない。
「いや、カオルさんって強いですし、頭の回転も早いですし、いつでも落ち着いていて公平ですし…なんて言うか、こんなに欠点がない人はこれまで見たことなかったなって」
「…もしかして私、口説かれているの? そうでないなら過剰評価にしか思えないけど」
「妥当な人物評だと思うのですが…」
この日は任務などに関係ない雑談をするため、人払いなどはしていない。カフェテリアは休日を満喫する魔法少女たちが集まり、誰もがリラックスした表情でお茶を楽しんでいた。
そんな中、私のぼんやりとしつつも妥当な評価をカオルさんは苦笑しながら受け取って、ムツさんは相方が褒められて嬉しいのか、私とカオルさんを交互に見ながらニコニコしていた。
それはそれとして…カオルさんは、ちょっとできすぎなくらい完璧な人だと思う。
改革派の重鎮になっているくらいには強いのだろうし、まるで先読みしたかのように困っている人たちを手助けするし、少なくとも私が見てきた限りだと感情を荒げることもない。
そしてこの人の目的は『すべての魔法少女が尊重される世界を作る』とのことで、誰よりも公平であろうとしている…うん、少女漫画に出てくるイケメンも真っ青の完璧ぶりだった。
「うーん、褒めてもらえるのは嬉しいんだけどね…私、なんでもできるってわけじゃないよ。苦手なこともそれなりにあるし」
「そうなんですか? たとえば?」
「そうだね…料理はそんなに得意じゃないよ。和食とかほとんど作れないし」
「そうね~、洋食なら大抵のものは作れるけど」
「…やっぱり欠点とかないんですね…」
「いや、洋食はレシピがあればそんなに難しくないっていうか…ムツ、茶化さないでよ」
なるほど、料理か。たしかにカオルさんがノリノリで料理をしている姿は思い浮かばなくて、むしろ使用人とかが代わりに調理をしていてもおかしくない…と一瞬だけ思ったけど。
笑顔のムツさんがさらっと補足して、カオルさんは頬をわずかに赤くして言い訳をするという、珍しい光景を見せてくれた。
…何にせよ、料理も問題なくこなせる程度の実力はあるらしい。カナデと一緒に料理をしている姿とか、ちょっと興味あるな…。
「こほん…とにかく、私は完璧な人間なんかじゃないよ。勉強でも現代文とかそういう系統はそこまで成績よくないし」
「え、そうなんですか…全教科100点とかありそうに見えました」
「そうね~、現代文はいつも80点台だってぼやいてたもの。でも、それ以外はほとんど90点台をキープしてるわよ? 100点もいくつかあるわねぇ」
「…カオルさんの中の優等生の基準って厳しそうですね…」
「いや、現代文は勉強しなくてもそこそこ取れるから、ついものぐさになってて自慢できることじゃ…ムツ、今日はいじわるだね…」
私たちセンチネルは基礎教養も学んでいて、当然ながらテストもある。さすがに魔法少女としての実力が最優先だけど、文武両道は学園の基本方針である以上、この何でもこなせる人は勉強も得意だろう…そう思っていたら。
うん、わかってた。成績がいまいちの教科でも80点台をキープとか、この人はいつ眠っているんだろう…。
ムツさんはそんな相方に適切なツッコミを入れて、もちろんカオルさんは恨めしそうに視線を送っていた。雰囲気から察するに、全然怒ってないなこれ…。
「んんっ…あと、たまに『相手の気持ちを考えていない』って怒られることもある。ちゃんと直さないとダメなんだろうけど、私は気遣いが下手みたいでね…」
「…そうは見えませんけど」
「そうね~、カオルは誰でも分け隔てなく扱うから、つい『勘違い』しちゃった子が特別扱いして欲しくて、そんなふうに文句を言ってくるのよぉ」
「…カオルさんは悪くないじゃないですか…」
「いや、私としては反省しなきゃって思ってて…ムツ、今日は機嫌悪いの? なんだか遠回しに責められている気がする…」
カオルさんが、気遣い下手。
たしかに強引に感じるようなことはあるけど、それは大抵が誰かのことを考えての行動であって、そうした一面はむしろこまめな気遣いの結果だと思うんだけど…。
なんて思っていたら、案の定ムツさんにツッコミを入れられて。その背景には納得しかできず、改めてカオルさんが完璧な人間としか思えなかった。
「…ほら、今みたいにいろいろとツッコミを入れられるくらいには私も隙だらけだし。こんな未熟者が完璧だなんて、どう考えたっておかしいでしょ?」
「…むしろ親しみやすさにつながってると思います…」
「あら、ヒナちゃんもわかってきたわね~? カオルって固有魔法も含めてガードが堅いんだけど、適度に相手が話しやすくなる一面も残しているから、結果的に攻防一体のおひい様になってるのよぉ」
「ええ…二人とも、本当にやめてよ…そんなふうに思われるの、逆にプレッシャーになってなにを話せばいいのかわからなくなる…」
もしもハルカさんみたいに徹底して弱みを見せようとしない人であれば、ここまでたくさんの人に慕われることはないだろう。完璧というのは行き過ぎると完全に隙がなくなってしまって、結果として誰にも踏み込ませなくなる…つまりは孤独な道を歩むことになるだろう。
一方、カオルさんはそうしたすべてを拒絶するほど穴がないわけでもなく、その一方で交渉のときは隙を見せないから、公私双方で人を集めてしまうのだと思う。
ついにはカオルさんも返答に窮してしまい、眉尻を下げて困ったようにお茶を飲み続けるようになってしまった。そういういじけ方は可愛らしさもあって、年齢相応の子供っぽさも捨ててはいないのかもしれない。
…うん、それも含めて完璧なのがこの人らしい。
「…でも、ムツだって人のこと言えないでしょ?」
「…あらぁ?」
お茶を飲み続けるだけだったカオルさんは空になったティーカップを置き、まだ頬は桜色でありながらも相方をじいっと見つめて…反撃に転じた。
「ムツ、どんな料理でも得意だし」
「そんなことないわよぉ? 私、和食以外はそんなに作らないし…」
「基礎教養の成績は私よりもいいし」
「…理系はあなたのほうがちょっと上でしょ?」
「誰にだって優しいから、この前も後輩の子がデートに誘ってきたよね?」
「な、なんで知ってるのぉ? ちゃんと断りました!」
なんだこれ、私はそう思いながらお茶を飲み、そしてお菓子をかじりつつ二人のやりとり…いや、世界一穏やかな夫婦喧嘩を見守る。
…これ、多分。『私のパートナーは完璧な人』ってお互いに自慢しているだけでは。
「それにムツはものすごい美人だし、完璧なのは君のほうでしょ? それなのに私を完璧だなんてからかって…まったくもう、自分のことを棚に上げるのは感心しないな」
「いいえ、カオルのほうが完璧ですっ! 格好いいのに可愛いところもあるなんて、王子様なのにお姫様でもあるなんて、そんな相手に完璧だなんて言われると…こっちだっていろいろ大変なんだから!」
(…私、そろそろ帰ったほうがいいかな?)
お互いに抗議しているカオルさんとムツさんの顔は春の陽気みたいな色に染まっていて、どちらにも不愉快さはまったく浮かんでいない。
そして会話はさらにヒートアップして『自分たちしか知らないパートナーの魅力的なエピソード』が語られ始め、私はそれを聞き流しながらお茶とお菓子だけを楽しんでいた。
やがてお茶もお菓子も片付いたので失礼しようとした瞬間、二人から「ヒナさん(ちゃん)はどう思う!?」なんて聞かれ、私はややげんなりしつつ「どっちも完璧でお似合いですよ…」としか言えなかった。