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05-お姫様と王子様の舞踏会

「舞踏会への招待状が届いたわよ、おひい様? もちろん出席よね?」

「だから、その呼び方はやめてよ…まあ出るけどさ」

 休日、カオルとムツは自室にいた。二人にとって休日というのは改革派の雑務をこなすための日でもあり、それゆえに決して暇ということはない。

 一方、二人の連絡端末に届いた知らせは無視するわけにもいかず、カオルはやや呆れながら、ムツはいつも通りのにこやかさで出席する旨を返信した。

「あらあら、またそんな顔して。せっかくの美人が台無しよぉ?」

「ムツこそ、笑っているけれど本当はいやなくせに。不満があるときにお団子触る癖、変わらないね」

「…あらまあ」

 カオルの指摘にムツはこれまでの余裕たっぷりな笑みを若干緩め、返事に困ってお団子をいじっていた手を下ろす。カオルはそんな相方の様子を見たことでまた顔に笑顔が戻り、同時に決意を新たにする。

(大丈夫だよ、ムツ。君に汚らしい目は向けさせないから)

 カオルは『舞踏会』の目的を思い出し、心の中に青い炎を灯す。参加自体はする一方、そこに向かうということはどういうことなのかを今一度自分の中で確かめて、ただ自分はこのパートナーを守るためにいくのだと何度目かわからない確認を終えた。


 *


 舞踏会と呼ばれるその催しは、屋外訓練場で行われる。センチネルたちが過ごす学園の敷地は原則として部外者が入ることは許されず、この日も敷地内には魔法少女しかいない。

 一方、訓練場に設置されたカメラは彼女たちの舞い踊る様子を撮影しており、それはリアルタイムで離れた場所…官僚や企業の重役などが集まっている劇場にて上映されていたのだ。

 魔法少女学園の運営に尽力した特権階級にはこうして『美しく神秘的に舞う魔法少女たち』を見る権利が与えられており、ただ単に干渉して楽しむだけでなく、自身の子息にあてがうパートナーの見定め、あるいは…インフラほど容易に入手はできなくとも、未来の妾を選ぶ人間もいた。

 そうした事情を知る人間は、センチネルと呼ばれる上級クラスであっても知るものは少ない。

「さて、私たちの番だね…ムツ、打ち合わせ通りに」

「ええ、もちろん。お姫様、私と踊っていただけますか?」

「喜んで…と言いたいところだけど」

 控え室ではケープを装着したカオルとムツがいて、二人は自身の番が回ってきたと同時に立ち上がる。ムツはいつもの調子で恭しく跪き、手を差し出してカオルを誘っていた。

 カオルはその手を取って立ち上がらせたらにっこりと笑いかけ、今度は彼女が跪いて手を差し出した。

「今日ばかりは、私にナイト役をさせて欲しい。私の理想をいつも支えてくれる君を、こんなくだらない催しで奪われたくはないから」

「…もうっ。あなたにそんなふうに言われて断れる女の子、いると思う?」

 ムツは感受性が豊かな少女であり、そうした一面を普段は隠すようにしているものの、大切な人の前では弱かった。

 カオルの言葉は笑顔のヴェールをあっさりと突破して、ムツの視界をあたたかくぼやけさせる。だからカオルには見られまいとその手を取る前に涙を拭い、パートナーと同じくらい無邪気に笑ってその手を引いた。

 二人は笑っていた。それでも自分たちが舞う番が訪れたと同時に笑顔の性質は変わり、見栄えだけを考慮した薄ら笑いを浮かべていた。


 *


 夜の帳が下りた屋外訓練場はイルミネーションを纏った白銀のネットで囲まれており、カオルとムツは芝生を踏みしめてその中心に移動していた。


『それではこれより、三期生のカオルおよびムツによる舞踏を開始いたします』


 よく通る少女の声がアナウンスをしたと同時に、前後左右からクレー射撃の的を思わせる白く発光する的が射出された。

「近くは任せるわね!」

「OK。大丈夫、狙いは外さない」

 背中合わせに立つムツとカオルはそれぞれのマジェットを使って的を破壊する。そして砕けた的は陽光を浴びた初雪のようにキラキラとした粒子を降り注がせ、それがイルミネーションを反射して訓練場には気の早いクリスマスが訪れていた。

 ムツはクロスボウを使って的を撃ち抜く。魔力により装填の手間が不要であるものの、それでも次弾を撃つまでには若干のラグもあり、無駄撃ちはできない。だからこそムツは一射でまとめて的を撃ち抜けるよう、冷静にタイミングを計り続けていた。

 カオルは的が向かう先を先読みして小規模な結界を張り、そのどれもがムツが狙いにくいものを破壊している。いっそのこと訓練場を覆うほどの大規模結界を張ることもできるが、それでは『観客』を楽しませることは難しく、そんな茶番に付き合ってられないと思いつつも表情を変えず、見栄えのいい立ち回りを演じた。

「次の的、二連ね」

「了解。私が『ラケット』をするからムツはそれを撃ち抜いて」

 一通り白い的を破壊したところで、次に打ち出されたのは青色の的だった。そしてこちらはムツが『二連』と呼んだように、攻撃を二回当てないと破壊できないタイプとなっている。

 また、同じ魔法少女が二回当てるよりも『二人の魔法少女がそれぞれ一回ずつ当てて壊すほうが好ましい』というしきたりがあるため、二人は慣れた様子で指示を出し合う。

 まずカオルが結界を使って的を弾き、なるべくムツが撃ちやすい方向へと誘導する。一度攻撃を受けた的は色が赤に変わり、ムツはその色だけを狙ってクロスボウで撃ち抜いた。

 カオルは両手の五指につけられた指輪を輝かせ、的が地面に落ちないように次々と打ち上げる。その様子はまさにラケットを使ったラリーであり、二人は一切のミスなく二連の的をすべて破壊した。

「フィナーレ、どうする?」

「どれ、見栄えのいい技で締めようか。ムツ、『的の中』まで移動できる?」

「お安いご用よ」

 そして最後の的…雲のように真っ白で大きな、訓練場の三分の二を覆うようなサイズの的が二人の真上から降ってくる。これは破壊するのに相応の魔力が必要なもので、つまりは大技によって舞踏の幕引きを行う意図があった。

 これが破壊できないということは魔法少女としては力不足で、次からは舞踏会には呼ばれないだろう。

 それならそれでいい。カオルもムツもそう思う。

(でも、ここで活躍しておかないと…発言権もなくなるしね)

 カオルは自身の中に根付くやるせなさを目的意識でねじ伏せ、ムツの手を握る。ムツはいつものカオルの感触に舞踏中であるにもかかわらず笑みがこぼれて、それでも指定された場所まで一瞬で移動する。

「これが的の中か」

「ふふっ、初めてじゃないくせに」

「そうだね…ここなら誰にも見えないし、ちょっと失礼」

「きゃっ」

 的の中は外側と同じく白一色で、カメラ越しはもちろんのこと、魔法少女の視力でも外からは見えない。

 それは、世界から隔絶された瞬間でもあった。あらゆる魔法少女が管理されている世界の中に生まれた、とても狭い…二人だけの世界。

 そんな世界に浮かれたように、カオルは浮遊魔法を展開しながらムツの首と膝裏に腕を回し、お姫様のように抱き上げた。

「私のお姫様、ムツ。どうかこれからもよろしくね。私以外のところには行かず、ずっとここにいて欲しい…君の夢もきっと叶えてみせるから」

「…もうっ、もうっ! お姫様と王子様の役割を一人でこなすなんて、ずるいわよ…」

 ムツの目に映るカオルの表情、それはどこまでも…どこまでも、輝いていた。

 何もなかった未来に突如として現れた、永遠に消えない一等星。ムツはその星に手を伸ばそうとしたのに、星のほうから振ってきてくれるなんて。

 そんなの、答えは一つしかない。

「…もちろんです、私のおひい様。私も、ずっとあなたを支え続ける…あなたの夢が実現するまで、実現してからも、ずっと」

 ムツの返答にカオルはあどけないほどの笑顔を見せて、そして全方位に結界を展開して的を内側から破壊した。


 *


「ふう、これでお務め終了。じゃあ部屋に戻ろうか?」

「ええ。ふふっ、私たちの舞踏だけ解像度が低くなってるだなんて、向こうはまたクレームをつけてくるかしら?」

 カオルの結界は、汎用魔法の結界とは次元が異なっていた。

 攻撃に使えるのはもちろんのこと、サイズ、性質、範囲と変幻自在だ。そして二人が訓練場に入った瞬間にはカメラの前に『解像しにくくなる結界』を展開しておいたので、劇場で眺めていたお偉いさんたちはさぞ困惑したであろう。

「仕方ないよ、私たちは理外の存在なのだから。ほかの人の目には見えにくい魔法少女がいたって不思議じゃないでしょ?」

「ええ、その通り。本来、私たちは見世物じゃないものね」

 カオルの顔には一切の罪悪感がなく、それを見ていたムツはまた喜びに顔が緩む。

 そう、初めての舞踏会に呼ばれたときから…カオルはそうだった。


『私のパートナー…ムツは見世物じゃないよ』


(…ほんと、お姫様と王子様を兼ねるなんて…とんでもない人)

 たぐいまれな力を持ちつつも、そのすべてを自分以外のために振るおうとする。ムツはそんなパートナーの徹底した公平さに心酔し、彼女と出会った時点で自分の人生は決まったと再確認していた。

「せっかくだし、部屋に戻ったら…今後は私たちだけの舞踏会をする? 今度は私がエスコートするわよぉ?」

「嬉しいお誘い…だけど、今日は書類のチェックが残っているからね。お互いそれを終わらせて、早めに寝よう…明日も仕事があるし」

「…もう! やっぱりあなたは『わがままおひい様』なんだから! 最後まで付き合います!」

 ムツはもう一度跪いて誘い、カオルに手を差し出す。そして彼女はその手を取りつつもあっさりと仕事を持ち出し、ムツはわざとらしく憤慨してみた。

 カオルはそんなムツに対して苦笑し、手を握りながら「今度の休みに付き合うから」と本気とも冗談ともつかない軽さで請け負っていた。

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