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04-朝日と美しさに目が眩み

 朝、鳴らなかった目覚ましを見つめながら目を開く。天井に設置されたデジタルクロックはいつもの起床時間の30分前を指し示していて、身についた習慣の正確さにわずかな達成感を覚えながら上半身を起こした。

(…今日は、休日。それでも起きないと)

 魔法少女なんていうものになってからは毎日のルーティンはほぼ同じになっていて、それについては楽だとは思う。けれども家族はいないにしても家事については多少は必要であり、時折寮長による見回りもあるため、休日は普段手が届かない掃除を済ませるのにちょうどよかった。

 ましてや、今は同居人もいる。別にこいつのために家事をするってわけじゃないけれど、それでも一緒に暮らす以上は不潔に思われるのも癪だし…何より、こいつは家事をすると「カナデ、いつもありがとう」なんてお礼を言ってくるお人好しなのだから、その期待に応えてやるのも悪くない気がしたのだ。

(…別に、ヒナのためじゃない。お礼を言って欲しいわけでもない…悪い気はしないけど)

 ここに来てヒナと組むまではお礼なんて言われることがなくて、別にそれを残念に思ったことは一度もない。ただ、それは『お礼を言われるのが嫌い』という事実にはつながっていなくて、むしろお礼を言われて悪い気分になる人間を探すほうが難しいだろう…そう、今の私の気持ちは普通だ。

 ヒナはきっと、誰が相手でもあのように伝えられる。私が特別な存在というわけではなくて、それに対し残念とは思っておらず、彼女のその人間性が好ましいと感じているだけだ。

(…ち、違う! 好ましいというのは、そういう意味じゃない)

 日本語は面倒くさい、そう思いつつも私はベッドの上で首をぶんぶんと振る。『好ましい』という表現には『好』という言葉が使われていて、それに気づくと私は自分の中に生まれた真実を受け入れるわけにもいかなかった。

 誰にも見えない、自分の中にだけ生まれたビジョン。それをいちいち否定しないと顔の温度が下げられない私は、少しだけ面倒なやつかもしれなかった。

「…起きましょう」

 さすがにこれ以上首の運動をしても不毛でしかないため、私はベッドのカーテンを開いて朝日に目を細める。部屋の壁も真っ白であることからより一層まぶしく見えて、この光景だけはそこそこ爽やかな気分になれた。

 でも自分のいる場所がクソッタレな人間どもが管轄する場所だと認識すると、そうした気持ちも軽々と吹っ飛ぶ。そんなのは当たり前のことだったのに、私は『この学園でも唯一クソッタレではない存在』が少しだけ…ほんっとうに少しだけだけど早く見たくなってしまい、同時に「どうせもう少ししたら起きるし一足早く挨拶をするだけ」なんて言い訳をして、二段ベッドの上から降りて下のカーテンを開き…ヒナの寝床にアクセスした。

「ヒナ、もう朝よ。そろそろ起きなさい?」

 本当なら目覚ましが鳴るまで待ってもいい…というかいつもそうしているけれど、今日だけは特別──別に普通の休日だけど──だ。だから私は「もうちょっと寝たかったのに…」という抗議の声が飛んでくることを予測して、小さめの声で目覚めを告げた。

「…」

 けれども昨日は影奴との戦いがあったこともあり、ヒナも多少は疲れているのかもしれない。負傷はなかったけれど魔力と体力を消費すれば疲労感も大きくなるのは自然で、ましてや武器も固有魔法も消耗が激しいこの子はとくに疲れやすいのだろう。

 それは知っているし、だからこそ普段はなるべく長く寝させたいとも思っている。別にヒナを大切にしたいとかじゃなくて、パートナーのパフォーマンスが下がると迷惑なだけだ。

 そんなよくわからない衝動に従って行動していたせいか、声かけで目を覚まさなくとも次の言葉は紡がれない。起きないことで少しでも休めるという安心感と、起きることでその声が聞ける期待…じゃないけど、よくわからないもののあいだで私の気持ちはせめぎ合っていた。

「……」

 彼女を見つめる私の影がちょうどその顔に重なっているせいか、朝日が差し込む室内であってもまぶしそうにはしていない。

 そして、そんな顔を意味もなく観察し続けていると…気づくこともある。

(……やっぱり、こいつの顔って……相当整っているわね)

 それこそ、ムカつくほどに。さすがの私でも理不尽な感じ方だとは思うけど、それを抑えきれないほどにヒナの顔立ちは…整っていた。

 今は閉じられている目元はくりくりと愛らしく、鼻と口はオーダーメイドされた後付けパーツのようにちょうどいいサイズになっている。こういうのを黄金比…というのだろうか?

 チャコールブラウンの長い髪は落ち着いた光沢があって、全体的な幼い印象とは裏腹に耳元はどこか艶っぽい。まつげも長く、改めて見ると『美しくないパーツが一つもない』としか言えなかった。

 呼吸に合わせて上下する胸元は下品じゃない程度に大きく、私の貧相…控えめなサイズのそれと異なって女性らしい。これまでは普通の共学に通っていたらしいけれど、本人曰く『恋愛とか興味ないし、声をかけてくる人もいなかったよ』とのことで、こいつの周囲の人間はみんな節穴だったのかと失礼な疑いを持ちそうになった。

(…でも、こいつは自分の容姿に無頓着なのよね…)

 ここまで美しいと自分の価値を知っていたり、日々きれいになるための努力を重ねていたりするものだろう。女とは──私も女だが──そういう生き物なのだ。

 なのに、こいつは自分の容姿をどうでもいいものだと考えているのか、身だしなみは本当に最低限。なんなら私よりも時間をかけていなくて、少し前に「カナデはちゃんと女の子してるんだね」なんて自分の性別を忘れたかのような、褒め言葉として考えるべきかどうか微妙なことを言ってきた。

(…これだけきれいなら、多分)

 魔法少女学園のことに興味はない。知りたいとも思わないし、これ以上余計な情報を入れて気苦労を増やしたくないとも感じている。

 けれども人の声というのはどうしても耳に入ってきて、そしてこの女しかいない閉鎖空間では『女性同士の特別な関係』に陥ってしまったペアもいるなんて聞こえてくることがあった。

 そこまではいかずとも『同性からも人気のある女子』についてはそこかしこで話されていて、私はそういう話題が馬鹿みたいだと感じている。

 ただ…ヒナはまだ一期生だから周囲に見つかっていないだけで、これから手柄を立ててもっと目立つようになれば、多分そういう関係を希望してくる人間も増えるだろう。

 それくらい、彼女は…美しい。

(……べ、別に、私には関係ない。こいつが誰かとどうにかなったりしたとしても、私は)

 多分今日の私は、少しおかしくなっていたのだろう。

 すっかり見慣れたはずのこいつの顔に見入っていたり、こんなにも美しく感じてしまったり。

 そして…ベッドサイドに腰を下ろして、ゆっくりと自分の顔をヒナの寝顔に近づけて、もっと近くでその美しさを噛み締めようとしていたのだから。

「……うぅ〜ん……? カナ、デ……?」

「うびゃあぁぁぁ!?」

「うわっ!? なになに!?」

 私の視界すべてがヒナの顔で埋まりそうになった刹那、ヒナはムニャムニャと眠そうに私の名前を呼んで…その声に私は奇声を発し、上半身をバネのように逆方向へと跳びはねさせた。

 その勢いは魔法を使っていないとは思えないほどのスピードで、私はベッドから落ちてそのまま床を三回転ほど転がる。ヒナは一瞬で意識を覚醒へと導いたのか、上半身を起こして私の奇行をベッドから見つめていた。

 こいつに見つめられるといつも耐えがたい気持ちになってしまうけど、今日はとくに…つらい。否、死にたい。

 だから私はもう一度体を回転させてうつ伏せになり、せめて先ほどまでの自分の行動を記憶から抹殺できるよう、呼吸を止めて弱々しい自害を図ってみた。

「か、カナデ? あの、どうしたの? もしかして私、寝坊した?」

「……シテ」

「へ?」

「……コロシテ……」

「…ええー…」

 ヒナは私の顔がどれほど踏み込んでいたのかまでは把握していないようで、『最悪の勘違い』はされていなさそうなことにひとまず呼吸を再開する。

 だけど、それでも私の記憶に残るもの…ヒナの美しさに酔っていた自分の行動は消えなくて、私には似合わない他人任せの断罪を望んでしまった。

 もちろんヒナは「よくわからないけど…とりあえず死んじゃダメだよ?」と相変わらずお人好しで、そんな手探りの気遣いにまた『好ましい』という気持ちが大きくなった気がした。

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