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03-魔法少女たちの見る夢は

 魔法少女の仕事はいつ入るかわからないため、平日に外出することはほとんどない。というより、許可が下りるケースのほうが少ないだろう。

 一方で休日であればそうした仕事で急に呼び出される可能性は低く、よって外出についても申請すれば概ね許可されていた。完全に自由というわけではなく、大まかな行き先を伝えるのはもちろんのこと、チョーカーには逃亡防止用の仕組みもあるけれど。

 それでも休日は私たちにとって貴重な時間であり、普段できないことをする絶好の機会だった。

「アンタ、本当にパンが好きよね」

「うん」

 そして今日は支給品だけではまかなえない生活物資の買い出しに加え、ちょっとした外食も済ませることにしていたのだ…カナデと二人で。

 私とカナデは別行動する機会もそれなりにあるけれど、休日は意外と一緒にいることも多くて、そんな現状に対してなんとなく不思議には思っていた。

 出会ったばかりの頃のカナデは必要最低限以外は一緒にいたがらないように見えたのに、私が休日の予定を話すと「ついでだし一緒に済ませる」なんて言ってくることが多く、もしかしたら存外寂しがり屋なのかもしれない…なんて考える。

 もちろんそんな指摘をすれば拳が飛んでくるのは予想できたので、決して口にはしないけど。

「もうちょっと高いお店で食べることもできるでしょう? なんでパンばかり選ぶの?」

「なんでって、好きっていうのが一番だけど」

 外食の際、レストランやファストフード店を使う人は多い。今私たちが歩いている市街地も飲食店のバリエーションについては豊富で、さらには魔法少女ではない学生の姿もちらほらと見られることから、ぱっと見は普通の制服姿の私たちも見事街の風景に馴染んでいた。

 そんな中、私が選んだのはそこそこ規模の大きなチェーン店のパン屋で、そこではテイクアウトだけでなくイートインスペースもあったことからその場で購入したパンを食べられる。飲み物も売っているし、私たち以外にも食事をしている人は多いけど…魔法少女と思わしき人はいなかった。

 その理由は、なんとなくわかる。魔法少女学園の食事でもパンは食べられる機会がそこそこあるから、せっかく外に出られるのならもう少し凝ったものを食べたいんだろう。なんとなくだけど、カオルさんやムツさんはコース料理が出てくるお店とか使ってそうだ。

 でも私は外出の際には高確率でパン屋を選び、都度種類の異なるものを食べ比べていた。ちなみにカナデが同伴するときは彼女に合わせてもよかったけど、大抵は「私はどこでもいいわよ」なんて言ってくるのでパン屋を選んでいる。

 なので文句はなさそうだけど、それでもパン屋ばかり選ぶ私が不思議なのだろう。

「あとは、まあ…将来のため、かな?」

「将来? まさか、パン屋でも始めたいの?」

「…うーん、どうだろう。妹とは『一緒にお店を始めたい』って約束はしているんだけど、別にパン屋でなくともいい気はする。カフェとか、雑貨屋とか」

「…こんなところでもはっきりしないやつね…」

 そう、私は元々パンを食べるのも作るのも好きで、実家にいた頃はホームベーカリーを使っていろんなパンを作っていた。その延長線上で本格的なパン作りに興味を持っていて、どうせならパン屋らしいパンを作り、妹と一緒にお店を始めるのも悪くない…と思っていたのだ。

 だからいろんなパンを食べることは勉強にもなって、もちろん気分転換もできる。今もガラス張りのフードコートからは街を歩く人たちの姿が見えて、それをぼんやり眺めながら食べるパンは特別な味がした。

 ちなみに今口に含んでいるのはソーセージドッグで、パリッとしたソーセージとふわっとしたパンの相性が抜群だ。主な味付けはケチャップだろうけど、そこに平和な街の光景が加わることで『自分が守っている世界を眺めながらの昼食』という満足感が加わっているような、そうでもないような。

 いや、むしろ…隣に座っている人がカナデであることのほうが、一層の特別感があるような気がした。だってこの子、出会った頃はこんなふうに過ごすようには見えなかったし。

 ちなみにカナデはチョココロネを尻尾側から食べていた。ちょっと可愛い。

「そういうカナデは将来の夢とかあるの?」

「…言われてみると、とくにないわね。これじゃあアンタのこと、バカにはできないかしら」

 お互いが一つ目のパンを食べきり、一緒に購入した飲み物で一息つく。私はカフェラテ、カナデはミルクティーだ。

 お茶を飲むカナデの目はどこか遠くを見つめていて、街ではなくそのさらに先、もしかしたら実家にいる家族たちを思っているのかもしれない。

 それはつまり寂しいと感じている可能性があって、だからこそ休日でも私と行動を共にしている…なんてね。

「ふーん、そっか…あ、そうだ。看護師とかどう?」

「は? なんで?」

「だってカナデ、私が怪我をしたらすぐに治療してくれるし…それに面倒見もいいから、結構向いてそうだなって」

 カナデにバレたら怒られそうな思い上がりをしつつ、私はふと思いついたカナデの未来を口にする。

 魔法少女学園には医務室があって、そこでは魔法を使った人知を超える治療が受けられた。だからちょっとした怪我であれば跡が残らないくらいきれいに治してくれて、影奴との戦いに励む私たちには重要な設備だった。

 なのに、カナデはいつも自分の力を使って私を治してくれていた。カナデのブーストは人間の自然治癒力を強化して傷を治すこともできるのだけど、当然ながら自分の魔力を使うわけで、それは相応に疲れることでもある。

 それでもカナデは医務室に行こうとする私を引っ張り、毎回治療してくれるのだ。学園を信用していない彼女らしいと言えばらしいけど、それ以上にカナデは『誰かを治すこと』が好きなのかもしれない。

 本当のこの子は家族思いで優しい、そう信じている私だからこそそんな未来が浮かんだのだろうか?

「……そうね。まあ、なにも思いつかなかったら…考慮してあげてもいいかしらね」

 まあカナデが私の言うことを素直に受け入れるとは思えないけど…なんて考えていたら。

 ほんの一瞬、目の錯覚かもしれないけれど。

 カナデの目はすぐ近くの未来を見るように緩み、口元はわずかに微笑んだ。その表情は優しげと表現するのにぴったりで、もしかしたら初めてそんな顔を見たかもしれない。

 でも私がじっと見ていると目が合い、慌ててぷいっと顔を背けて二つ目のパンを食べ始めた。その頬は、今食べているイチゴジャムパンほどじゃないけれど、赤い。

「もしもカナデが看護師さんになったら、お昼ご飯はうちのパン屋で買っていってよ。忙しいカナデのために、全粒粉を使った健康的なパンを焼くから」

「……ま、それも考えておいてあげるわ。手抜きしてホームベーカリーを使ってたら許さないんだから」

 本当に私はパン屋になるのかどうか、まだそれはわからないけれど。というか、カナデが看護師になるのかどうか、そしてうちのお店が彼女の通える範囲にできるのどうか、わからないことだらけだけど。

 もしかしたらカナデとは、思いのほか長い付き合いになるのかもしれない。もしもそうであったのなら、カナデのためにパンを焼くのも悪くないだろう。

 私は手抜きしないように釘を刺してくるカナデに曖昧に笑い返し、同じように二つ目のパンを食べ始めた。

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