「やっぱりさ、一人なのに二人部屋っていうのはちょっと持て余すよね」
『…』
「うん、寂しいってわけじゃないんだけど…二人で暮らすための部屋だから一人だと広くて、掃除とかもちょっと面倒だし…でも、寮の部屋は基本二人部屋って聞いているしなぁ」
『…』
「いや、本当に寂しくはないんだよ? 私、うるさいのとか嫌いだし。でもね、二人部屋を一人で掃除するのって、なんかこう…負担が多くて無駄があるというか。ほら、私って無駄が好きじゃないし」
『…』
「…うん、だよね。こういう会話もある意味…無駄だよね…」
テーブルの上に載るつぶらな瞳に耐えかねて、私はため息をつきながらラグの上に寝転がった。仰向け状態から見える天井はいつも通りの清潔さで、一見すると掃除は不要そうだけど…床についてはそれなりに必要だし、お風呂やトイレに関しても同様だ。
なのでそんな苦労を分かち合うべく、唯一の同居人である『ウサちゃん』…ホーランドロップのぬいぐるみに話しかけていた。
…私はウサギもぬいぐるみも好きなのだけど、どうしてこんなにもむなしい気持ちになるのだろうか…。
「ここって一応は魔法少女が暮らす夢の国みたいなものだよね? それならさぁ、ぬいぐるみがしゃべり出したりしてもいいじゃん…」
天井鑑賞という高尚な趣味に早々に飽きた私はまた起き上がり、再びローテーブル上のウサちゃんと対面する。セピアブラウンの毛色はいつ見ても心穏やかにしてくれて、くりくりの瞳は今にも吸い込まれそうなほど愛くるしい。
妹にすら「姉さんってそこら辺の男の人よりも格好いいよね」なんて言われてしまった私だけど、こういうマスコットを可愛いと感じて愛でるくらいの女らしさはある。というか、女じゃなければ魔法少女になれないし。
だからぬいぐるみに話しかけるという乙女チックな行動だってしてしまうし、マスコットらしい『ヒナちゃんの気持ち、わかるぴょん!』とか『そんなことより契約しようよ!』みたいな返事も期待してしまうわけで…。
「…あー、ダメだ。今の私、そこそこ参ってる…」
ぬいぐるみに話しかけている時点でアレなのかもだけど、まさか自分がこんなにも孤独耐性がないとは…いいや、うるさいのよりかは全然いいという自覚はある。
ただ…暇なのだ。この娯楽に乏しい学園に押し込められたことで、多趣味でない私の休日は暇を持て余すだけの日々になりつつある。
一応はシアタールームで映画を見られるらしいけど、今日の放送作品は『魔法少女システムを作り上げるきっかけとなった少女の英雄譚』ということで、どちらかといえば歴史の授業の延長線上のような内容だろうと思う。無論私は、休日であっても授業を受けたいと思うほど勉強熱心ではない。
そして私のマジェットを調整してくれるという縁があって、そこそこ話せるようになったクラスメイト…リイナは平日も休日も関係なく技術室にこもっているとのことで、私の暇つぶしに付き合わせるのは心苦しい。
「…じゃあ訓練でもする? いやいや、体を休めるために休日があるわけで、普段は頑張っている私にはお休みが必要だと思うよね?…うんうん、君ならわかってくれると思っていたよ…」
魔法少女学園には当然ながら訓練のための施設もたくさんあって、休日に利用することもできる。ちなみに、成績がいまいちな少女であればほぼ強制的に休日も訓練させられると聞いていた。
ちなみに私はそこまで問題があるわけじゃないから、少なくとも休日の自由は保障されている。それなのに訓練に勤しむというのは…うん、訓練したら負けだと思っている。
「…はぁ、なにをやってるんだろうね、私は…」
ぬいぐるみの顔を両手でそっと掴み、ふにふにとほっぺたを押し込んでみる。柔らかな綿のおかげで私の手の動きに合わせて簡単に形は変わり、どこか気の抜けた表情になってしまう。かわいい。
次にホーランドロップらしい垂れた耳をつまんで指先でもてあそんでみたら、まるで握手するかのように小さな体が揺れていた。かわいい。
「…そういえばさ、夢の中だと一人じゃなかったんだよね」
魔法少女になってしまったからなのか、それとも魔法少女だらけの環境に放り投げられたからなのか、最近の私はそこそこ夢を見ている気がする。
それも、以前は見ることがなかったような…リアルだけど、見覚えのない光景。そういえば魔法少女の中には『予知夢』を見られる子もいると聞いたけど、私もそれなのだろうか? いや、多分ないな。
「夢の中だとね、仲間と一緒に戦っていた気がするんだ。なんかこう、壁紙も貼られていない無機質な部屋の中で、そこに入ってくる敵をひたすら撃退していたような感じ」
そう、ある日見ていた夢の中の私は一人じゃなかった。ここではない住居の中にいて、部屋の入り口から入ってくる敵──でも影奴ではなかった気がする──をひたすら倒し続けて、その隣には一緒に戦ってくれる相棒がいたのだ。
でも、夢らしくあらゆる景色が曖昧だった。影奴ではない敵はどんなやつだったか思い出せないし、部屋は無機質であることしかわからないし、肝心の仲間についても…どんな顔をしていたのかが思い出せない。
まあ、よくある夢だ。そういう夢を見ていたという記憶はあるのに、肝心の中身は目が覚めると同時に霧に包まれて、どんなに手を伸ばしても二度と見ることはできない。
「…あの夢の私と今の私、どっちが幸せなんだろうね?」
ダメ元でぬいぐるみに尋ねる。
なんとなくだけど、あの夢の中では最後に負けていたような気がする。だってどれだけ戦い続けていても敵が押し寄せてきて、私も仲間も徐々に傷ついていて、私は…。
「…そうだ、あの夢だと。私、先に倒れていたような気がする」
夢から覚める前、私は先に膝をついて倒れそうになり…顔もわからない仲間が手を伸ばしてくれた気がする。でも体は上手く動かなくなっていて、それでも立ち上がろうとして手を伸ばし、あらゆる景色が遠のく感覚があって目を覚ましたんだった。
「…どうせ仲間ができるなら、ああいう子がいいかもね」
顔も思い出せないくせにそう話すのは、いささかいい加減かもしれない。
だけど最後まで一緒に戦ってくれて、命が燃え尽きようとしている私に手を差し伸べてくれていたのだから、きっと優しい子だと思う。多分、きっと、メイビー。
そしてそんな子と一緒に戦えるようになったのなら…うん、今日よりも充実した休日を過ごせると思う。あんな状況であっても私を助けようとしてくれたのだ、休日は楽しく笑い合って家事をして、ときにはお出かけもして…そして、お互いの背中を守るような関係になれる気がする。
「…などと、期待してしまうのでした。ウサちゃん、今なら君が私と一緒に戦う相棒になれるよ? ほらほら、いつまでもぬいぐるみのふりをしていないで、『ヒナちゃん、今日から僕が君を守るよ!』って言ってごらん?」
『…』
「…つれないなぁ。でもまあ、魔法少女のマスコットって大抵は一緒に戦わないし…うん、君にはこれまで通り私の心を癒やす重大な任務を遂行してもらおう」
まだ見ぬ仲間に思いを馳せ、私はマスコットになってくれた──あるいはすでになっていた──ウサちゃんを持ち上げ、そっと二段ベッドの上に置く。うん、ここからなら部屋を見渡せるし、いつでも私を見守ってくれそうだ。
「…図書室で本でも借りるか」
いつか仲間と出会えた日に備えてもっと強くなろう…と思ったけど、そういうのは実際に出会えてからでも遅くないよね、うん。
なので「明日から頑張ろう」という鋼のように固い決心をした私は立ち上がり、今日は読書に勤しむことにした。ミステリー小説でも読めば推理能力が向上して、影奴との戦いで役立つかもしれない。ついでに楽しく暇つぶしができて一石二鳥だ。
うんうんと一人頷いた私は立ち上がり、部屋を出る前にもう一度ぬいぐるみを見る。
ホーランドロップは変わらず静かに私を見守ってくれていて、その視線になんとなく『きっと素敵な仲間が見つかるよ』なんて励まされた気がした。