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第49話

 俺は、地面にめり込んでいた。

 なんとか擲弾を食らわずに済んだらしい。

 炸裂した40mmの煙を吸い込んで咳き込みながら、なんとか上体を肘で支えた。

 硝煙スモークのせいでサーチライトの光、タクティカルライトの光がまるで何かのライブステージのように煌めいて見える。

 左手のひらは穴があいて血まみれだった。

 右大腿にも弾丸を受けたが角度が浅く鱗が弾いたようで、傷は受けていなかった……とはいえ痛みは強く残っている。

 右手で身体を支え立ち上がろうとしたとき、煙の中から一人の隊員が現れた。

 俺は驚いて身構えたが向こうも驚いて銃を構えた。


「チトセ……」

「は?」


 俺の部下だった、そして婚約者だった南波チトセ。

 君ならわかってくれるはずだ。


「チトセ、俺だ、山本、山本アキヲ。わかるか、俺だ」


 俺は山本アキヲであることを必死に訴えた。

 訴えたつもりだったが、


「ひっ!」


 チトセは短い悲鳴を上げてから「目標発見! 目標――」と無線で伝えながら、二三歩下がって俺の胸のあたりに狙いをつけ、20式ライフルの引き金を引いた。

 チトセの手が震えていた。

 3発のバースト射撃は銃口が跳ね上がって俺にはギリ中らなかった。

 彼女がもう一度引き金を引いたのと、ほぼ同時だっただろう――黒い影が目視困難な速さで南波チトセに覆いかぶさるように襲いかかった。

 ライフルの弾丸は明後日に飛び、倒れた南波チトセに、影は今にも食いつこうと口を開いた。


「やめろォっ!」


 俺はその影に向かって突進し、頭突きを食らわせた。

 影……てかトカゲは「グゲゲゲッ!」とカエルを潰したような声を上げて吹っ飛んだ。


「大丈夫かチトセ!」


 助けたつもりだったのだが、彼女は速攻拳銃を抜いて射ってきた。

 9mm弾は俺の左肘と首と額のつのに、いずれも弾かれてどこかへ飛んでいった。

 チトセが俺の鱗の硬さに怯んだ隙を見て、すかさず彼女の手首を掴んで銃を取り上げた。

 マガジンを落としてスライドを引き薬室を開放した。

 チトセはぽかんと口を開けている。

 俺はスライドを外して銃を投げ捨てた。

 彼女に言葉をかけようとしたが、煙が晴れてくると存外近くに隊員が迫っていた。


「ボス!」


 俺が頭突きをしたトカゲが立ち上がり、近くに寄った。


 ――俺がボスだって?


「助けに来ました! キイラ姐さんのところへ案内します」


 それを合図にしたかのように、樹海からいくつものトカゲたちが硝煙の中に飛び込んできた。

 散発的に銃声が鳴り響く。


「急いでくださいッ!」


 トカゲが行く先を示した。


「キイラの指示なのか?」


 俺は樹海に向けて賭けだそうとして立ち止まり、振り返った。

 チトセが俺を呆然と見つめている。



 入り組んだ獣道みたいな藪の中、先導するトカゲの後を追った。

 俺の後ろから何匹かのトカゲが付いてきていた。

 銃声はいったん止んでいる。

 しかし〝俺〟のことだ、ぬかりなく追跡部隊を展開しているはず。

 頭上から光が差してきた。

 ヘリが追ってきている。

 ガツンガツンッ、と周囲の地面が捲れて飛び散った。

 獣道に葉や茎が粉々になって舞った。

 ヘリ搭載の20mm機関砲。

 ここまでやるのかよ、〝俺〟……。

 先導しているトカゲの頭が血煙を立てて弾けた。

 薬莢がバラバラと降ってきた。

 後続のトカゲが一匹、俺の前に出て案内を引き継いだ。


「どこまで行くんだ?」

「姐さんのところへ」

「だからそれはどこなんだ」

「もうすぐです」


 もうすぐっていってもこのままじゃ着く前に全員死ぬ。

 ヘリには対戦車ミサイルだって積んでいる。

 その気になれば一気に……。

 トカゲたちが樹の根元を掘り始めた。


「悠長に掘ってる場合か?」

「トンネルがあるんです」


 トンネル……?

 この下に穴があるのか。

 掘っていくうちに、急に土がボコッと陥没した。


「どうぞ中へ!」


 促されるまま穴に首を突っ込んだ。

 潜ってみるとかなり狭い、俺がギリギリ通れるくらいの穴。

 真っ暗でどのくらい続いてるのかわからないが、奥からの空気の流れで相当穴は深いと思われた。

 と、突然穴が終わり、


「うわっ」


 まあまあの高さを落ち、地面に身体を打った。

 そこへ続々とトカゲたちが落ちてきて、


「ぐえっ」


 俺の背中に積み上がった。


「すいませんボス!」

「大丈夫ですかボス!」


 ――ボスボスうるせえな。


 俺は山になったトカゲの底から這い出して、立ち上がった。


 ――ここは、なんなんだ?


 ただの穴じゃない。

 ひんやりとした空気、明かり一つ無い、真っ暗な地中の空間。

 足元は平らで硬く、俺が立っても頭をぶつけないくらいの高さ。

 手探りで壁に手をつくと、これもまた平らで表面はすべすべしている。

 これは壁も床もおそらくは天井も、まぎれもなく石造りのトンネルだ。


 ――これは……人間が作ったもの……。


「こっちです」


 一匹のトカゲが先を行った。

 残りのトカゲはここで、入口を土で埋めるらしい。

 奴らは夜目が効くのかあるいはなにか目印でもあるのか、さながら日中の樹海を往くかのように、迷わず歩いた。

 俺はトカゲたちの足音を頼りにトンネルを進んでいく。

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