俺の脳は目下大混乱中で、まだ全容を把握できずにいる。
「その、俺が転生してドラゴンになって、その
「桜田リノン」
「ああ、そのリノンちゃんと島で会うと」
「ちゃんづけやめてキモ」
「……で、なんで俺はまだ死んでないのに、これから転生する俺が? 転生前のきみと? 来年? 会うって?」
モエミの話は辻褄も合わないし支離滅裂に聞こえた。
とくに時間が前後するくだりはわけがわからない。
「そこはもう考えなくていいわ。転生は時間も場所も超えるの。そういうもんって。無条件に受け入れてくれる?」
モエミはめんどくさそうに言った。
「……まあとにかく俺が、ていうかドラゴンが、未来に現れる、と」
「たぶん1年後くらい。来年。島ができるの。できるっていうか急に出てくる」
「海底が隆起するっていうこと?」
「そういうんじゃなくて。急に、いきなり来んの。その島に赤竜の幼生が生まれる、つまり転生したあんたが」
要はその赤竜が幼生のうちに殺せ、ということなのだ。
「あんたにとっては転生した自分だから、自分を殺すことになる。気分悪いだろうけど、でも、やってもらいたいの」
「やってもらいたいって、断ったら?」
「断らないでしょ」
「どうしてそんなことがわかる?」
「だって軍人でしょ? 国民を守る義務があるんじゃないの」
「それはそうだけど、俺たちは命令がないと動けない。それに軍隊ってのは起こったことに対処するのが仕事だから。まだ起こらないことについて約束なんかできないよ」
「めんどくせえな」
「口悪いな」
俺が言ったところでモエミは一歩も引かなかったが、隣りにいた御田寺祐輔は恐縮しきってすみませんすみませんと何度も頭を下げた。
「あたしは命をかけてきた。あたしの前世のリノンは、命をかけて赤竜の巣の場所を突き止めて、突き止めたけど、死んじゃった。あたしはリノンの意志を継いで、今度こそ赤竜を殺さなきゃいけないの」
「どうしてリノンは死んだ?」
「島に棲んでるトカゲに殺された」
「トカゲ……?」
「島には赤竜だけじゃなくて、でかい魔物がめっちゃいんの。やばい場所だから軍が出動すんの。その隊長が、山本アキヲ、あんただったってこと」
「俺……?」
「だから、あんたにやってもらうしかないの」
理解は、した。
人を殺すような危険なトカゲがいるようなところで、さらに危険なドラゴンという生物がいるから、そいつを殺す。
たしかに、部隊を率いる俺がドラゴンの存在を前提に動けば、殺せる可能性が格段に上がるだろう。
「ちょっと考えさせてくれ」
「考えるなんて無駄。いま決めてよ」
「時間がいるだろこういうことは」
「時間なんて思ってるほど残って無いんだよ?」
モエミは悟りきったような、諦めきったような、悲しげな眼をしていた。
9回転生したと言った。
9回死んだということだ。
転生するのがわかっていたとしても、死ぬのはきつい経験だ。
「……俺にできることはやろう。ただし、確約はできない。島に派遣される部隊を率いるのが俺であったとして、可能な範囲での編成になる、それは了承してくれ」
モエミは仕方ない、といった感じの溜息を軽く吐いて頷いた。
そのとき会議室の扉が勢いよく開いた。
「遅くなって! もうしわけない!」
長い髪を振り乱し、メガネの地味な女が息を切らして駆け込んできた。
「桜田リノンですっ……!」
扉の傍で頭を下げた。
俺はたった今その桜田リノンが殺された話を聞いたばかりだったので思わず、
「え、きみが、リノンちゃん?」
「ちゃんづけやめてキモ」
リノンは顔だけを上げてそう言うと、俺を睨みつけた。
◇
リノンは子供の頃から、どうすれば島の調査隊に入れるか、それだけを考えて進路を決めてきた。
国立xx大学に通う現在21歳、三上教授のゼミに所属していてこのまま院進の予定だという。
当然モエミはリノンが調査隊に選ばれて島に行くことを知っているわけで、そのことはすでに本人に話していた。
それどころかリノンはどのようにして自分が死んだのかまで知っていた——にもかかわらず調査隊員として島に行くつもりだ、と言った。
モエミはリノンを島に行かせたくない。
「大丈夫だって。今度は死なないようにうまくやるから」
リノンは楽観的だがモエミは慎重だった。
確かに未来は変わる。
未来も過去も転生のたびに微妙に変わっていて、たとえば歴史的な事件が起こったり起こらなかったり、あるいは有名な人間がいたりいなかったり、重要な
なにが原因でそうなるのかは、
そんなブレの中で、転生者の行動だけは、
「試行回数が少ないからなんとも言えないんだけどね……なんか振れ幅が小さい気がする」
モエミは懸念を隠さなかった。
たとえば若月カナは、どの時間軸でも最初の赤竜襲来で命を落とす。
「だから今回も、リノンが島に行ったら別の、なんらかの原因で死ぬかも」
リノンはそれでも構わない、と言った。
「覚悟はしてるから」
けなげに笑顔を見せた。
しかし、これからのモエミたち(その中には俺も含まれている)の行動によって、リノンが死なない未来が作れるかもしれない——。
「簡単にいくかどうかはわからない。もしかするとあたしたち〝転生者〟の死のタイミングは、そう大きく変えられないのかもしれない。……でも、レッドドラゴンっていう要因が消えてくれれば、未来の変わり方も大きくなるだろうから、みんなが生き残る未来があるとしたら、そのあたりに期待したいって感じかな」
この会合は、モエミのその言葉が結論みたいになって終わった。
◇
リノンは大学へ戻っていった。
モエミはせっかく来たんだからお土産を買っていきたい、と言った。
俺は売店に案内した。
モエミはミサの手を引っ張ってショーケースを覗いた。
そんな二人を俺と御田寺祐輔は少し離れて見守った。
さっきまでの悲壮感はどこかへ消えてしまったかのように、キャッキャしてる母娘(同一人物)を見ていると、会議室の話がまるで冗談に思えてくる。
御田寺は眼鏡の奥の眼を細め、二人を愛おしそうに眺めていた。
「馬鹿だと思うでしょう? 妻と娘の妄想に、山本さんまで巻き込んで」
「さあ。どうなんでしょうねそれは」
「私がやるべきなのは、二人を病院につれていくことかもしれない。あるいは何かをしでかす前に、二人とも殺して私も死ぬべきなのかも」
「あんまり思い詰めないほうがいいですよ」
「山本さんは、さっきの話を信じるんですか?」
「御田寺さんは信じてないんですか?」
御田寺は答えに詰まった。
「……まあ。家族ですからね」
そういうものなのだろうか。
家族。
俺にはないものだ。
ほしいとも、思わない。