本来であれば休暇だった日だ。
10時に市ヶ谷の国防省で、厚生省の技官と会う約束だった。
木更津から市ヶ谷まで車を走らせた。
別に霞が関でも良かったが、呼びつけに対するせめてもの抵抗として市ヶ谷にセッティングしてもらったのだ。
俺を呼び出したのは厚生省感染症対策課の医療技官で、名前を
彼は国防省一号館二階の会議室で、定刻十五分前に到着した俺を待っていた。
入るなり、スーツ姿の彼が気をつけの姿勢から90°に腰を曲げて礼をした。
「この度はお呼び立てするような形になって大変恐縮です」
リムレスのメガネに七三分けの、実直そうな男だ。
丁寧に頭を下げた彼の後ろに、二人の女性が控えるように立っていた。
彼女たちも御田寺に合わせるように頭を下げた。
「実は山本さんにお話があるのは、私ではなくて——」
御田寺は二人を俺に紹介した。
「妻と娘です」
バツ悪そうに言った。
御田寺ミサと御田寺モエミ、と自己紹介した。
実際に話を主導したのは娘のモエミだった。
たぶん高校生だろう、ブレザーの制服を着て長い髪をバレッタで留めている。
聡明で意思の強そうな、悪く言えば生意気そうな小娘といった印象だ。
「最初に言っておくけど。あたしはあんたを信用してない」
これが、モエミの俺に対する最初の一言だった。
普通に失礼なヤツだ。
御田寺祐輔は彼女の初手に〝大変恐縮〟していたが、止めようとはしなかった。
「あたしはあたししか信じない」
敢えてそう言ったのは、俺が視線を御田寺祐輔の方へやったからだろう。
親も信じてないってことか。
「あたしの話は誰も真顔で聞いてくれないし、何かが起こってからじゃないと誰も動かないし、動いてくれる人は母と、父と……あとはもうあんたしかいないから」
高校生とは思えない上から目線の話し方。
一見落ち着いて見えるが、どこか焦燥感のようなものを感じるときがある。
「では、信用してもらえるように努めましょう」
ゆったりと答えながら内心「このクソガキ」と思っていたのだが、顔には出ていないと思う。
「今から話すことはこの部屋にいる人間だけに留めて。誰にも言わないって約束して。言ってもいいけど、頭がどうかしたってあんたが思われるからね」
「いいでしょう。ここでの話は、この部屋の中だけってことで」
「山本アキヲ。あんたは死ぬと転生する」
モエミはまっすぐに俺の顔を見て、言った。
俺は普通に面食らった。
「きみいま転生って言った?」
「うん、転生でいいんだよね。転生。生まれ変わること」
「それは知ってるけど」
「一回経験してるでしょ?」
「なんだって?」
この世界でこれまで過ごしてきた俺の、ごくごく普通の日常にヒビが入っていく感じだった。
まさか国防省の会議室で転生の話を出されるなんて……それどころかこの子は俺が転生者だと知っている? なんで?
「違うの? そう聞いたんだけど」
「誰から?」
「あんたから」
「俺がいつどこでどういう
動揺は隠せなかった。
「転生前のあたしが転生後のあんたに会ったの。一年後に。これは話すと長い」
「それより時系列がめちゃくちゃなんだがそれは」
俺が聞いてもモエミはくどくどと話すのがいやなのか、結論をぶち込んできた。
「あんたの次の転生は人間じゃない、赤龍、レッドドラゴンになる」
「なにそのせき……せき」
「赤龍。赤い龍。レッドドラゴン」
「レッド……」
ドラゴンと口に出したらその存在が現実になってしまうようで、思わず口ごもってしまった。
ドラゴンは、俺が転生する前の世界には存在した。
存在したと言い切ってしまうと語弊がある、正しくは、存在を信じられていた。
赤いドラゴン、黒いドラゴン、三つ首のドラゴン、バリエーションは豊富だがそれらはみんな伝承や物語の中の話で。
本物のドラゴンは赤一色のみで、火を吐き、空を飛ぶというのが事実らしい——しかしそれさえも紙に描かれた記録でしか残ってなかった。
異世界で俺が生きていた時代にドラゴンを見た人間はいない。
その昔、勇者という称号を持つ人間たちが狩り尽くし、絶滅したという。
「赤龍は人間を食べる、てか人間しか食べない。で、ものすごい数——何十万とか何百万とか? 繁殖して、日本だけじゃなくて、世界中の人間を食べちゃう。あんたがその、最初の一匹になるってこと」
日常が木っ端微塵にぶっ壊れる音がした。
モエミは自身のこと、俺についてのこと、これから起こることについて、滔々と説明した。
「……つまりようするに……? 俺がこのあと死んでドラゴンに転生すると、今度はきみの前世の? 最初の前世? のムラサキっていう鳥かなんかの、え、マミイ? なんでマミイなん? まあいいか、とにかくマミイになって、えーと——」
俺は混乱して、前世の自分と今の自分が区別できなくなっていった。
軍人である山本アキヲの皮が、どんどん剥がれていく。