前方で一斉にタクティカルライトが点灯し、〝俺〟をシルエットにした。
直後マズルフラッシュが瞬いた。
音が届くより先に弾丸が、さっきまで〝俺〟が座っていた岩で跳ねた。
「待ってくれ! 話を聞いてくれ!」
俺の叫びは遅れて襲ってきた銃声にかき消された。
岩陰に隠れて前方からの攻撃を凌いだ。
すると今度は後方左からの銃弾が、顔の傍を掠めた。
——囲まれてる。
当然そうなる。
俺でもそうする。
前方に歩兵展開、後方左側からも、そうなれば
そうなると次は——。
照明弾が頭上で弾けた。
その灯りに照らされ、俺と、俺を包囲する隊員たちが映し出された。
見覚えのある顔が、いくつもあった。
田中、鈴木、高橋……南波チトセまでが俺に銃口を向けている。
——南波チトセ、俺、俺、俺だよ、ヤマモトだよ! きみの婚約者の山本アキヲだ! 今はこんなんだけど、きみならわかってくれるだろ、俺はわるいドラゴンじゃないよ!
心の中で叫びながら、右後方の樹海に向かって全力疾走した。
「って嘘だろおいっ!」
いきなりエンジンの音が聞こえたと思ったら、装甲車が樹海と俺の間を遮るように飛び出してきた。
12mmの機関銃をぶっ放されたらひとたまりもない、ってかコイツは40mm
俺は咄嗟に逆サイド、左後方の、かつての部下たちに向かって突進した。
装甲車の射線上に歩兵部隊が展開していれば発砲できない。
「きぃええええええええええ!!!!」
叫びながら隊員たちに突撃した。
鳴き声に動揺してくれれば儲けもの、その隙をついて隊員の間を走り抜け、樹海に飛び込むという目論み——。
「たなかぁぁぁぁ!!!! たかはしぃぃぃぃ!!!!」
眼に入った隊員の名前も叫んでやった。
効果アリだった。
名前を呼ばれた隊員が一瞬射撃を躊躇したのだ。
——いける。
彼らの背後の樹海に飛び込み、闇に紛れることができれば逃げ切れるかもしれない。
翼を広げ、彼らの頭上を飛び越えようと、ジャンプした。
単発の銃声が其処此処で鳴り響いた。
20式ライフルから発射された弾が翼に5.56mmの穴を開けた。
右脚の太腿にも中り、左手のひらのど真ん中を貫通した。
銃撃を受けてもなおジャンプを繰り返し、今にも樹海に飛び込もうというとき、至近距離で40mm擲弾が数発、炸裂した。
——マジかよ……。
直撃はなかったが爆圧に吹っ飛ばされ、身体が宙に浮く。
そのまま砂地に突っ込み、仰向けに倒れた。
——この短時間で部隊が装備を整えて、夜陰に紛れて目標を包囲するとか、〝俺〟もなかなかやりやがるな……くそっ。
〝俺〟は、俺と接触してからの会話の何処かのタイミングで、おそらくスマホで命令を出したに違いない。
だとすると、これは事前に想定されていたのだ。
訓練もしていただろう。
間違いない。
これは、俺を殺すための作戦なのだ。
◇
〝俺〟すなわち山本アキヲが
厚生省から国防省経由で上からいきなり来た。
不意に現れた部隊長が、
「山本くん、これ。お土産。オリーブオイル。小豆島の」
と小瓶を渡してきた。
「ありがとうございます」
「山本くん、厚生省に知り合いいる?」
急に聞かれた。
「え、なんでですか?」
俺には全く心当たりがなかったので素で聞き返した。
「きみ、本省に呼び出し食らってるよ?」
「市ヶ谷にですか?」
「うん」
「なんででしょう?」
「さあ、わからんねぇ」
「師団長もご存じないんでしょうか?」
「うん。心当たりないって言ってた」
「厚生省ってのは? なにかの任務に関係が?」
「わかんないけど、厚生省の人がきみに会いたいんだって」
「私にですか?」
「名指しみたいだよ」
「誰が名前を出したんです?」
「そりゃあ厚生省の人がでしょう。なんつったかな。感染症対策局だか、対策課だか、そんなとこの人らしいんだけど」
「まったく身に覚えがないですが」
「まあ、そうだろうね。ていうかね、本省の人間もよくわかんないみたいで、結構上の方からのアレらしいから」
「マジですか」
「気をつけてね」
「なにをです?」
「なにってこともないけど……いつどこで誰に目をつけられてるかわかんないってことだよ。怖いよね」
「もちろん命令とあれば出向きますけど、でもこの場合先方が
「なんかあるんだろういろいろと。役所同士。事情が」
「にしたってですね……」
「場所はどっちでもいいってさ。
俺は不服を言う代わりに、大きめのため息を一つ吐いた。
部隊長は俺の肩をぽん、と叩いた。
「ま、とりあえず市ヶ谷に用事作っといたから、任務だと思って行ってきて」
このときはなにか不穏な空気を感じるより先に、ただただ面倒くさいとしか思っていなかった。
なにか感染症に関連する特殊任務かな? くらいに考えていた。