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第46話

 前方で一斉にタクティカルライトが点灯し、〝俺〟をシルエットにした。

 直後マズルフラッシュが瞬いた。

 音が届くより先に弾丸が、さっきまで〝俺〟が座っていた岩で跳ねた。


「待ってくれ! 話を聞いてくれ!」


 俺の叫びは遅れて襲ってきた銃声にかき消された。

 岩陰に隠れて前方からの攻撃を凌いだ。

 すると今度は後方左からの銃弾が、顔の傍を掠めた。


 ——囲まれてる。


 当然そうなる。

 俺でもそうする。

 前方に歩兵展開、後方左側からも、そうなれば目標は右に逃げざるを得なくなる。

 そうなると次は——。

 照明弾が頭上で弾けた。

 その灯りに照らされ、俺と、俺を包囲する隊員たちが映し出された。

 見覚えのある顔が、いくつもあった。

 田中、鈴木、高橋……南波チトセまでが俺に銃口を向けている。


 ——南波チトセ、俺、俺、俺だよ、ヤマモトだよ! きみの婚約者の山本アキヲだ! 今はこんなんだけど、きみならわかってくれるだろ、俺はわるいドラゴンじゃないよ!


 心の中で叫びながら、右後方の樹海に向かって全力疾走した。


「って嘘だろおいっ!」


 いきなりエンジンの音が聞こえたと思ったら、装甲車が樹海と俺の間を遮るように飛び出してきた。

 12mmの機関銃をぶっ放されたらひとたまりもない、ってかコイツは40mm擲弾グレネードまで積んでるじゃないか。

 俺は咄嗟に逆サイド、左後方の、かつての部下たちに向かって突進した。

 装甲車の射線上に歩兵部隊が展開していれば発砲できない。

 20式小銃ニーマルの銃撃を受けることになるが、12mmや擲弾を食らうよりマシだ。


「きぃええええええええええ!!!!」


 叫びながら隊員たちに突撃した。

 鳴き声に動揺してくれれば儲けもの、その隙をついて隊員の間を走り抜け、樹海に飛び込むという目論み——。


「たなかぁぁぁぁ!!!! たかはしぃぃぃぃ!!!!」


 眼に入った隊員の名前も叫んでやった。

 効果アリだった。

 名前を呼ばれた隊員が一瞬射撃を躊躇したのだ。


 ——いける。


 彼らの背後の樹海に飛び込み、闇に紛れることができれば逃げ切れるかもしれない。

 翼を広げ、彼らの頭上を飛び越えようと、ジャンプした。

 単発の銃声が其処此処で鳴り響いた。

 20式ライフルから発射された弾が翼に5.56mmの穴を開けた。

 右脚の太腿にも中り、左手のひらのど真ん中を貫通した。

 銃撃を受けてもなおジャンプを繰り返し、今にも樹海に飛び込もうというとき、至近距離で40mm擲弾が数発、炸裂した。


 ——マジかよ……。


 直撃はなかったが爆圧に吹っ飛ばされ、身体が宙に浮く。

 そのまま砂地に突っ込み、仰向けに倒れた。


 ——この短時間で部隊が装備を整えて、夜陰に紛れて目標を包囲するとか、〝俺〟もなかなかやりやがるな……くそっ。


 〝俺〟は、俺と接触してからの会話の何処かのタイミングで、おそらくスマホで命令を出したに違いない。

 だとすると、これは事前に想定されていたのだ。

 訓練もしていただろう。

 間違いない。

 これは、俺を殺すための作戦なのだ。


 ◇


 〝俺〟すなわち山本アキヲがレッドドラゴンの話を聞いたのは、この任務に着く一年以上も前の話だった。

 厚生省から国防省経由で上からいきなり来た。

 不意に現れた部隊長が、


「山本くん、これ。お土産。オリーブオイル。小豆島の」


 と小瓶を渡してきた。


「ありがとうございます」

「山本くん、厚生省に知り合いいる?」


 急に聞かれた。


「え、なんでですか?」


 俺には全く心当たりがなかったので素で聞き返した。


「きみ、本省に呼び出し食らってるよ?」

「市ヶ谷にですか?」

「うん」

「なんででしょう?」

「さあ、わからんねぇ」

「師団長もご存じないんでしょうか?」

「うん。心当たりないって言ってた」

「厚生省ってのは? なにかの任務に関係が?」

「わかんないけど、厚生省の人がきみに会いたいんだって」

「私にですか?」

「名指しみたいだよ」

「誰が名前を出したんです?」

「そりゃあ厚生省の人がでしょう。なんつったかな。感染症対策局だか、対策課だか、そんなとこの人らしいんだけど」

「まったく身に覚えがないですが」

「まあ、そうだろうね。ていうかね、本省の人間もよくわかんないみたいで、結構上の方からのアレらしいから」

「マジですか」

「気をつけてね」

「なにをです?」

「なにってこともないけど……いつどこで誰に目をつけられてるかわかんないってことだよ。怖いよね」

「もちろん命令とあれば出向きますけど、でもこの場合先方が木更津駐屯地に来るのが筋では」

「なんかあるんだろういろいろと。役所同士。事情が」

「にしたってですね……」

「場所はどっちでもいいってさ。市ヶ谷国防省でも霞が関厚生省でも」


 俺は不服を言う代わりに、大きめのため息を一つ吐いた。

 部隊長は俺の肩をぽん、と叩いた。


「ま、とりあえず市ヶ谷に用事作っといたから、任務だと思って行ってきて」


 このときはなにか不穏な空気を感じるより先に、ただただ面倒くさいとしか思っていなかった。

 なにか感染症に関連する特殊任務かな? くらいに考えていた。

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