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第45話

 ドラゴンの前世が山本アキヲであることを、今眼の前にいる人間〝山本アキヲ〟に伝えることができるのは、リノンだけのはずだ。

 つまりリノンが転生して、その転生した何者か御田寺が〝俺〟と接触済みなのだ。

 俺は前世でそんな人間と会ったことはなかった。

 ましてやこの島のことなど任務の打診があるまで知らなかった。

 リノンが転生して、過去を変えたのだ。


 ——未来が変われば過去も変わる、そういうことか……。


「その御田寺さんによるとな——」


 人間の〝俺〟は話を続けた。


「——俺はここでの任務中に殉職して、なんとレッドドラゴンに転生して、そいつは人類を滅ぼすんだそうだ」

「待ってくれ。それはちょっと話が違うんだ、だいぶ大げさになってるしな」

「俺はいつ死ぬ? 聞いておきたいな」

「すぐには死なない、てか言いたくない」

「じゃあどう死ぬ? 死んだからお前になるんだろ?」

「待ってくれって」

「俺が死ななければお前は生まれないよな? あ、でも時間遡って生まれるってことは俺がいつ死んでも転生してお前になる時期には関係ないのか?」

「お前がいつ死ぬかはとりま置いとけ。人類は滅びない、お前も死なない、俺が殺させない俺がそうさせない俺が防ぐ。だから。俺とお前っていうか、二人で最善を尽くしたいから会いに来たんだ。……ていうかなんなんだよこの会話ややこしすぎるな」

「お前がわざわざこんなとこまで来て勝手に始めた話じゃないか」


 そうだった。

 俺は〝俺〟にキイラたちを探すのに協力してもらおうとしたんだった……。


「頼みたいことがあるんだよ。 力を借りたい。急ぐんだ。早くしないと」

「まあいったん落ち着こうか、俺」


 〝俺〟はタバコを一本取り出して咥えると、箱を俺の方に向けてきた。


「禁煙中だよ」


 俺の答えに苦笑いして、〝俺〟はタバコに火を点けた。

 夜空に向かって吐き出した煙が流れてきた。

 懐かしい臭いだ。


「なんかシュールだよなぁ……」


 〝俺〟は呟いた。

 たしかにこれが現実とは思えなかった。

 かたや人間かたや爬虫類で、どっちも俺なんて。


「喫煙は自分の金と健康を灰にする行為だぞ。タバコとは一生かかわらないほうがいい」

「爬虫類が人間に説教ねぇ」

「お前体力落ちてるだろ。タバコのせいだぞ」

「歳のせいだよ」

「ラーメン控えて筋トレをしろ」

「勘弁してくれ休暇にラーメン屋廻るのが楽しみなんだ」

「もうちょっと食い物に気ぃ使え」

「自分ができなかったことを俺に託すなよ」

「それはそうだ、正論だ」

「お前はなにを食ってるんだ?」

「ああ?」

「餌だよ」

「餌。別に、なんだって食うよ」

「虫とか魚とか?」

「草でも木の実でも」

「人間も食うんだろ?」

「え……?」


 〝俺〟は会話の流れで軽く言っていたが、眼が真剣だった。


「御田寺さんからね、赤竜が人類を滅ぼすって話を聞いた。この島で発生した赤竜が群れになって、日本に飛来するんだそうだ」

「それは俺も聞いた話だ」

「赤竜は人間を食べて、巣を作って繁殖して、人間を食い尽くす……そういう未来が待ってるって」

「信じたのか」

「最初は信じてなかったんだ。でもな、転生したっていう女があまりにもグイグイ来るから、俺の権限で、もしそういう対象が現れたら可能な限り対応できるような体勢で臨んだんだ。流石に10式戦車は持ってこれなかったけどな……今は信じるよ。何せ人より大きい爬虫類が、こうやって日本語を喋ってるんだからな。それも、転生した未来の俺だっていうんだから、信じるしかない」

「信じてくれるなら、俺の話を聞いてほしい」

「なんだ?」

爬虫類トカゲがこの近くに潜伏してる。そのトカゲはこれから赤竜の卵を生むんだ。何としても止めないと」

「赤竜の母親が判明してるのか」

「おそらく。だから力を貸してくれ。地上と空から捜索して、探し出して……」

「探し出して……?」

「殺してほしい」

「なるほどいい情報だ」

「俺も協力する」

「そうか……。要するにお前は、そのためにここに来たということか?」


 俺は頷いた。


「仲間を裏切るってことになるんじゃないのか?」

「もし赤竜が人間を滅ぼすっていうんなら、そういう未来にしないために、俺は、転生して赤竜になったんだと思ってる」

「それはどういう意味なんだ?」

「もしこの島から赤竜が生まれることがあったら、俺は人間と一緒に戦う、っていうことだよ」

「人間側につくってのか?」

「俺の中身はお前だ。人間なんだ。人間に危害を加えるものは、敵だと思ってる」


 〝俺〟はうんうん、と頷き、タバコを携帯灰皿に突っ込んで消した。


「赤竜も生き物だ。当然親がいれば子もいるだろう。俺はそう思った。が、そうではないらしい。赤竜は島の固有種の突然変異で、この島で発生が確認されたのは一匹だけ。その一匹はここにいる我々と調査隊の人間を食い尽くしてから、それから小笠原に渡って島民を餌にして単性生殖で増えて……東京に群れで飛んでった……という話なんだ」

「だから、その一匹がいま——」


 俺は言いかけて、ここでやっと〝俺〟が隠し持っていた敵意に気づいた。

 馬鹿だった。

 〝俺〟は俺の味方だと、どうして勝手に思い込んでいたのだろう。


「その一匹が、そっちから来てくれるなんてな。ラッキーだった。手間が省けたっていうか。こんなちっちゃい島でもトカゲ一匹探すなんて無理ゲーだって覚悟してたから——」

「ちがう。俺はその一匹じゃないんだ」

「恐竜の生き残りみたいな、ファンタジー映画のドラゴンみたいな、お前は、そんな貴重な生き物だ。普通だったら捕まえようって話になるじゃないか。でも、だめなんだってさ。結構粘ったんだけど。どうしても、だめだっていうんだ」

「なにが……だめだって?」


 〝俺〟は二本目のタバコに火を点け、立ち上がった。


「お前を生かすことだよ。希少種として保護するべきじゃないかって、そういう話もしたんだけどね……お前は絶対殺さなくちゃいけないんだそうだ」


 ——俺ってこんな嫌なヤツだったっけ……?


 暗闇の中で蠢くものがあった。

 それは樹海の中から、岩陰から、じわじわと締め付けてくるように近づいてきた。


「惜しいよ。実に惜しいんだよ。こんな貴重な生物を、まして俺の生まれ変わりだってのにな……」

「だったら助けてくれよ!」

「もうしわけない、俺は彼女の……彼女たちの、執念に負けた」


 彼女たちとは——ムラサキが転生した人間たちのことか。


「そっか……ムラサキと俺が、俺を殺すというわけか……」

「じゃあな、俺」


 〝俺〟は後ずさりで離れながら、タバコを持った右手を高く上げ、俺に向けて下ろした。

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