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第43話

 モエミが高一のとき母のミサに、


「若月カナに会ってくる」


 そう伝えた。

 彼女はとくに反対しなかった。


「わかるよ、あたしも会いたいって思ったことあるから」


 ミサは言った。

 知っている。

 モエミもかつてミサだったときそう思ったから。

 でも行かなかった。


「会って、どうするの?」


 母は知っているはずなのに、あえて尋ねている。


「もし赤竜が……そうはならないけど、そうはならないでほしいけど……もしあたしたちがマミイを殺せなかったとき、東京で最初の犠牲者にカナの名前を見たくないから。だから全力で。全力で説得してみる」

「そうだね。あのときあの場にいなければ、少なくともあと少しは生きられるし、その間に赤竜を倒せれば、誰も死ななくて済むもんね」


 母は賛成してくれた。

 モエミには、母がなにを考えているかわかっている。

 分岐しているとはいえ以前に通った人生だ。

 父の祐輔とはめぐり合わせとかデキ婚だとか言っているが、絶対に違う。

 母が製薬会社に勤めていたことも、父が厚生省に感染症技官として働いているのも偶然じゃない。

 モエミがミサだったときになんとなく頭の中で思い描いた計画プランを、ミサは現実にしようとしている。

 そのために父に近づき、結婚した。

 全て母の計画通りに。

 モエミはそれについて、母に聞いたことはない。

 怖くて聞けない。

 母の考えている赤竜を倒す方法は、とても人道的とは言えないからだ。

 故にモエミは、レッドトラゴンの幼生である〝マミイ〟を確実に殺すためになりふり構っていられない。

 モエミが〝マミイ〟殺しに失敗したら、ミサは計画を実行に移す——。



 ——リノンを死なせてしまった……!


 くそっ……!

 くそっくそっくそっ……!!

 やっちまった!

 やっちまったッ……っ!!

 俺は藪を掻き分け、ひたすら走っていた。

 頭の中は後悔、そしてリノンに対する罪悪感。


 ——くそッ……!!


 助けられなかった……。

 しかも食べてしまった……。

 制御できなかった。

 この竜の本能を、コントロールできなかったのだ。

 それは不可抗力、トカゲとしての身体が自動的に反応したものであり、そこに一切の意志が介在しているものではない——本当に?

 本当に制御コントロール不可能だったか?

 人間を食うこともトカゲと交尾することも、〝竜の本能〟で簡単に片付けていいのか。

 俺が望んだことではないのか。

 俺自身が、リノンを食べたかったんじゃないのか。

 これは、俺が望んだことなのではないか。

 俺の人間である部分が、それを認めるわけにはいかなかった。

 キイラとのセックスが最高に気持ちよかったなんて。

 リノンの内臓が、最高に美味しかったなんて……。

 俺はそんな考えを振り払うように、キイラを追って無我夢中で駆けた。

 キイラの匂いを辿って走ったのだが、痕跡は突然消えた。

 眼の前には川が流れていた。

 キイラたちはここから向こう岸に渡ったのだろうか。

 だいぶ下流に降りたので川幅は広く、水深は浅い。

 俺は両岸を行ったり来たり、河原や土手、崖にも登ってキイラの臭いを探したが見つからなかった。

 嗅覚を頼りに追うことはもうできない、となれば——。

 じきに日が暮れる。

 これ以上視覚で追うのも難しい。



 翌日も、その翌日も、そのまた翌日も——毎日毎日、俺はキイラを探して歩いた。

 しかし、あれからキイラどころかトカゲの一匹たりとも見かけることはなかった。

 トカゲたちはその存在の手掛かり一切を消し去ったかのようだ。

 毎日、日の出から日没まで、ムラサキのための食べ物を採集しながら、ひたすら歩く。

 夕焼けの空は美しいが、それを見るたびに焦燥感が増していく。


 ——今日のところはここまで……。


 いや、〝今日のところ〟では最早ないのだ。

 もう明日なんて言っていられない。

 一刻も早く見つけられなければ、島の何処かにいるであろうキイラは卵を生んでしまう。

 ここまで探して見つからない、となればさらに探す領域エリアを広げなければならない。

 何の手がかりもなしに見つけることなど……。


 ——無理だ。そんなことは。


 不可能?

 ではあきらめるか?

 あきらめるしかないのか?


 ——無理だ。俺一匹の力では到底……。


 一匹の力では?


 そう。一匹では。


 ——ここは、奴に助けを頼むしかあるまい。


 俺が協力を頼むことのできる唯一の——。


「人間……!」


 俺は川に飛び込み、下流へと泳いでいった。

 川の幅は広がり、視界が開ける。

 この先へ進むと、海だ。

 両岸は海へ向かってゆるやかに隆起していた。

 左岸の丘を越えると調査隊のキャンプが、右岸の丘を2つ3つ越えたところに軍の野営地がある。

 丘の上には指揮所、その傍に部隊長の天幕テント

 俺は高台に登った。

 遠くに夕暮れの海が見える。

 白い波を立てて浜に近づいてくる揚陸挺。

 あれは俺の部隊だ。

 宿営地の天幕の数が、俺のときより圧倒的に多い。

 車輌の数もだ。

 揚陸艇から、テントや資材を載せたトラックが続々と降りてくるのが見える。

 隊員たちが、上陸した車輌を誘導している。

 その中に南波チトセの姿があった。

 俺と結婚するはずだった女だ。

 会いに行ったら俺だとわかってくれるだろうか。

 爬虫類になった俺は、人間の彼女に性欲を感じることはできるのだろうか。

 そんなことを考えていると、探していた人間を見つけた。

 山本アキヲ隊長。

 ……すなわち〝俺〟だ。

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