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第31話

 キイラがリノンの首を掴み、締め上げている。

 人間が苦しむのを楽しんでいるみたいだ。

 俺は思わず四つん這いで駆け出そうとしたが、上からセゲアの脚が重くのしかかって動けない。

 周りのトカゲたちは囃し立てるかのようにグゲグゲと喉を鳴らしていた。


「キイラ!! やめろっ!! くそっ!!」


 俺の声なんか届いていない。


「ぐぅっ……!!」


 喘ぐリノンに、キイラが顔を寄せた。


「あんたさあ、人間のくせにドラゴンを誘惑しようなんて、分をわきまえな? 人間にはドラゴンの子ども作れないだろ? それともやってみる? ドラゴンと交尾」


 キイラはその鋭い爪でリノンの服を縦に裂いた。

 彼女の白い肢体が晒された。

 人間の匂いが咽せそうなほどに鼻腔を突き、猛烈な食欲が込み上げてくる。


「ドラゴンと交尾できるのはトカゲの一族だけなのよ。あんたは人間! 飯! 食い物! 交尾前にせいぜい精力をつけさせてもらうわ」


 キイラが爪をリノンの腹に突き刺し、ゆっくりと下へ動かしていった。


「ああああがっ!!!!」


 リノンの悲鳴。

 白い腹に滲んだ三本の血の筋を、キイラが舐めた。


「やめろキイラァァァ————————ッ!!!!!!!!」


 俺は叫んだ。


「いいの、マミイ……」

「よかないだろ……」

「いいの……あたしは死んだって、また転生するんだから」


 リノンは微笑んでいた。


「やめてくれキイラ! セゲア! 止めてくれ!」

「……転生して、あたしは必ず、マミイを、殺すから……!」

「リノン……」

「あたしは死んで、転生して、転生したあたしは、もうこの世界のどこかにいるの。そのあたしが死んでもまた転生して、そのあたしはもうどこかにいる。過去に転生したあたしも、これから転生するあたしも、みんないる。わかる? ぜんぶのあたしが、マミイを殺しにくる。何度でも殺す。だから、待っててね、マミイ……」


 最早猶予はない。

 キイラに中てられないなら、確実に中てられる対象をターゲットにする。

 俺は銃を構えた。

 覚悟が決まれば早い。躊躇はなかった。

 俺は左手でグリップを握り右手で先台を持ち、ストックの末尾を地面につけて銃を垂直に立てた。

 左肩に背負うようにして銃口を真上へ向け、さらに少し角度をつけて倒す。

 射線は、俺の背中を踏んでるセゲアに一直線——。


 『ドン!!!!!!』


 これで俺の左の鼓膜は死んだ。

 イヤーマフもなく発砲したものだから射った瞬間からキィ————————ンと以降それしか聞こえなくなった。

 引鉄は軽く、反動は地面が引き受けた。

 俺の射った散弾はセゲアの顔を掠め、いくつかの鉛粒が彼の顎を砕いた。


「げええええああああっ!!!!」


 セゲアは血を吹き出しながら後ろにのけぞり、倒れた。

 銃声に驚いたトカゲたちは狼狽え、樹の影に隠れようとしたり、地面に這いつくばったり。

 キイラも轟音に驚き、反射的に姿勢を低くした。

 俺は今! とばかりに身体を起こし、猟銃を右手に持ち替えて、


「リノン!」


 と叫んで猟銃を、投げた。

 リノンは銃をキャッチすると、構えもそこそこにキイラに向けて一発ぶっ放した。

 至近距離で発射された散弾はひと粒も中ることはなかったものの、キイラは火薬の爆発音と圧力をもろに受け、リノンの首に駆けていた手を放してひっくり返った。

 リノンは間を置かずに銃を折り、飛び出した空薬莢には構わず、既にポーチから取り出して左手に掴んでいた実包を二個、薬室に叩き込む。

 俺はその隙に彼女の元へ駆けつけ、


「背中に乗れ!」


 と、頭を下げて、両手でリノンを放り投げるようにして背中へ載せた。

 リノンは、俺の首に巻き付いたままの網を掴んだ。


「走るぞ!」


 リノンの返事は待たず、俺は全力で走り出した。

 キイラの号令が後ろから飛んでくる。


「人間の雌は殺せ! アキヲは殺すな! アキヲを生け捕りにしたヤツには交尾を許す!」


 なるほどそうやってトカゲどもをコントロールするわけか。

 今や群れは実質キイラのものだった。

 リノンは左手で俺にしがみついたまま、右手で猟銃をガンガン射った。

 キイラたちは猟銃が飛び道具であることに気づき、銃口を向けると樹の陰や藪の中に隠れるようになった。

 彼らなりに戦い方を工夫している。侮れない。

 リノンは二発射つごとに太腿の間に銃身を挟み、片手で器用に弾丸を込めた。

 その隙を狙ってトカゲが近づこうとするが、銃口を向けると素早く藪の中に潜り込む。


「逃がすな! お前ら! ついてこい!」


 容易に近づけないとわかると、キイラは樹を駆け上がった。

 それを真似て他のトカゲたちも樹に登り、枝伝いに俺たちを追う。

 リノンは樹上のトカゲには構わず、樹を狙った。

 散弾はキイラのいる樹に中って、枝がバッキリと折れた。

 折れた枝がメキメキと音を立てながら倒れ、キイラを藪の中に落とした。

 ナイス判断。キイラの動きを封じれば、他のトカゲは行動に迷いが出るのをリノンは理解していた。


「まだ追ってくるか?」

「たぶん。でも距離は取れてると思う」


 俺の身体にはまだ捕獲網の残りが巻き付いていて、糸の絡まった操り人形みたいになっていた。

 かなりれだが、依然として四肢の動きに影響がある。

 左だけ網の外に飛び出した翼は、走ると反射で上下に羽ばたいた。

 右の翼は捕獲用ネットの下で折り重なってて使い物にならない。

 俺は不自由な脱皮が続くまま、傾斜の緩やかなルートを選んでただ何も考えずに駆け登っていった。

 とにかく今は、キイラたちから離れることだ。

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