俺がリノンを食うなんて、絶対にあってはならない。
——大丈夫だリノン、俺が、助ける。
俺の言葉は、声には出さなかったが伝わったと思う。
リノンが微かに頷いて、「うん」と答えた。
「その人間を助けてくれるなら、交尾でもなんでもする」
キイラは俺の言葉を鼻で笑った。
「アキヲ。あんた交尾したことあるの?」
「は? それいま関係ある?」
「あるの? って聞いてるの。あるの?」
「な、ないよ……」
「じゃなんにもわかんないじゃない」
「そうだけど……」
「交尾はね、あんたがどう思おうと関係ないの。身体が勝手にやるもんなの。抗えるわけないのよ。あんたはこの人間の内臓を眼の前に出されたら食い付くし、あたしが抱きついたら自動的に交尾を始めることになんのよ」
「そんなわけねえだろ……」
とは言ったものの、経験がないのでなんの根拠もなかった。
「人間はあたしたちの敵なのよ。そうでしょ? どうしてそんなにまで助けようとするの……?」
キイラは子どもを諭すように言った。
そして少し俺と距離を取り、片手に掴んだリノンの首筋に、もう一方の手の爪を突きつける。
「この人間だっていずれあんたを殺しにくるよ、アキヲ」
そんなことは言われるまでもない。
リノンは俺を殺すために人生を賭けてる。
自分を殺そうとしている相手を助けようなんて馬鹿げてるといえば馬鹿げてるが……。
——そうだ、馬鹿げている。
このまま俺が何もしなければ、キイラが彼女を殺すだろう。
俺はなにもしない。ただ、勝手にリノンが眼の前で殺されるだけだ。
俺には関係ない。
関係ない?
……いやちがう。
それは違う。
あの子は、ムラサキだ。
何度も死んで、転生して、そのたびに俺が殺した。
たとえ俺ではない別の個体が殺したのだとしたって、元を辿れば俺なんだ。
リノンにも家族がいて、その転生前の子にも、その前の子にも、そのさらに前の子にも家族や友人……それぞれの人生があって、そのどれもを他でもない俺がぶち壊してきた、またはこれからもさらにぶち壊すことになる。
——リノンは、俺が助ける。
しかし、この状況でいったいどうすれば……?
「……ん?」
それは暗闇の中の一筋の光明か、罠か。
「ええ……!?」
俺の左手の、ちょっと伸ばせば手が届く、すぐそこに……。
——猟銃が落ちてるぞ……!?
踏みつけられて泥に半分埋まってはいるのだが、猟銃が落ちている。
セゲアをはじめキイラも、トカゲたちの中に一匹としてそれに注目する者はない。
確かにストックは木製で茶色いし、銃身も泥の中だから見えにくいといえば見えにくい。
——でも……え? 誰もここに銃が落ちてるのに放置? いいの? 俺、入手して、装備してしまうぞ? みんなもしかして気づいてないのかこれが人間の武器だっていうことに……。
そうか。セゲアもキイラも、人間に遭遇するのは初めてか。
だから猟銃を見ても飛び道具と認識していない、なんかでかい音を出すなにか、なのだ。
さっき発砲していたのを見てるはず。でもそれが武器だと彼らの中でリンクしてない。
これは、ワンチャンあるんじゃないのか……!
「……俺は、人間と共存したいだけなんだ。あるはずだ、なにか方法が」
言いながら、腕を立てて半身を起こした。
すかさずセゲアが背中を踏みつける。
その踏まれた勢いでやや前に出て左腕を伸ばし、そっとグリップの上に手を置いた。
ベレッタの上下二連、リノンの銃。
「なに勘違いしてんの。あんたは人間でもなければ、あたしたちとも違う、誇り高いドラゴンの一族でしょ。その本能に抗うことはできないはずよ。弱肉強食、弱いものは喰われるのがルール。この人間の雌は食われる運命なの」
キイラの言葉を聞きながらも、俺はどうしたら猟銃を射つことができるかに脳のリソースの殆どを奪われている。
とはいえ会話は続けなければならない。
俺の口はオートモードで喋り続けた。
「……俺は、ガワはトカゲだか
リノンが実包を装弾したところは見た。
この中には二つの実包が装弾されているはず。
だが俺に射てるか?
わかる。使い方そりゃわかる軍にいたんだから。扱い方、構造もだいたい。実戦で発砲したことはないが、定期的に訓練は受けてたから大丈夫だ。
上下二連の猟銃は扱ったことがない。でもたぶんオートのショットガンと変わらないだろう。
問題はそこじゃない。
俺の〝身体〟だ。
いまやトカゲになってしまった俺が、トカゲの肉体を使って人間の銃を射てるのか、ということだ。
「アキヲ、あんたまさか……人間側に付くつもりじゃないだろうね?」
キイラの声が、震えていた。
「どうしてよ? なんでこんな人間の味方をする? それでもドラゴンの一族か? ドラゴンは人間を喰べて、この森を人間から守るんじゃないの?」
「俺は人間は殺さないし、食べない。キイラ、俺はお前らの思い通りにはならないぞ。トカゲと交尾なんかしない。殺すんなら俺を殺せ。その子を放して、俺を殺せ」
指はトリガーガードに入るし、
グリップを握って銃床を頬に付け——るのは身体の構造的に無理そうだがまあいい。
もしこのまま前方に向けて発射した場合、どんなに正確に狙ってもキイラだけに中てるのは難しい。
射撃位置から標的までの距離が、キイラが少し離れたので約5m〜6m (目測)だとして、銃身の長さが約70cm。
たしか散弾銃にはチョークというものがあって、セッティングによって弾丸の拡散面積が変わった気がする。
この距離だと……直径15〜25センチ前後くらいには散弾が広がると思ったほうがいいだろう。
とても、リノンに弾丸を中てない自信がない。
「アキヲ……あんたさァ……」
キイラの目元が怒りでぴくぴくと痙攣していた。
「あ、え?」
「この人間の女に
「はあ?」
「ゲェアアアアッ!!」
キイラは奇声を発しながら、リノンの首を掴んでいた手をぐっと締め、高く持ち上げた。
——やべえ。雑に話し過ぎたか……。
時間稼ぎにしてももう少し柔らかく、話が長引く方向に持っていくべきだったか……!