飯島は、迂闊な男だった。
状況もよく把握せず、
中てるつもりがなかったのだろう、ただ音で脅かすという意図だ。
そんなものが相手に効くのかどうかもわからないのに。
とはいえ数メートルの至近距離で鳴った発砲音は俺の耳にはそこそこ効いた。
「待て! まだ射つな!」
リノンが止めるのも最もだった。
「えっ?」
なんで? という顔を、飯島はリノンに向けた。
リノンは転がってる俺に狙いをつけたまま周囲を警戒していた。
そして飯島が射った散弾は、狙ったのは俺ではなくて、しかも明後日の方向に外していた。
飯島、ここは絶対に中てなければいけない局面だった。
猛烈な速さで近づいてきた体長三メートルはあろうかというトカゲが飯島に食らいつき、真上に放り投げた。
「ひゃあああああああああ!!」
濱口が情けない悲鳴を上げて地べたに尻餅をついた。
彼の視線は空を飛んでいる。
リノンの銃口がまるでクレー射撃のように、濱口の視線の先を追った。
飯島は、放物線を描いて空中高く浮いていた。
そして落ちてきたところを、トカゲが見事に口でキャッチした。
トカゲは二本脚で立ち、獲物を見せびらかすかのように、飯島を高く掲げた。
「うげああああっ!」
飯島がカエルのような声を出して胃の内容物と血を吐き出した。
トカゲに胴体をガッツリ咥えられているがまだ活きている。
「銃! 濱口銃拾え!」
飯島が落とした猟銃を、リノンがつま先で濱口の方へ蹴った。
「俺射てないんっすけど!」
「いいから拾え——ッ!」
濱口が地面に落ちた猟銃を取り上げようとしたところに、突然横から出てきた別のトカゲが、彼の脇腹にタックルした。
「ぐがっ!!」
濱口は数メートル吹っ飛ばされた樹の幹に身体を打ち付け、ぐったりと根元に沈んだ。
リノンは、飯島を咥えたトカゲに銃の狙いを定めたが、
距離が近すぎて、飯島が楯になってしまっているからだ。
左右から、二体のトカゲがじりじりと接近してくるのが見えた。
飯島に注意を引いているうちにリノンを挟み撃ちにするつもりだ……。
「ムラサキ……ッ!」
俺は全身に力を入れ、鱗を立てた。
身体の中から発するエネルギーを体表から放出させる。
筋肉にパワーが漲り、四肢が一気に膨張し、バチンバチンと網の目が弾けるように切れ飛んでいく。
——しめた! 動ける!
「キェェェェェェェェェェェェェ!!」
怪獣の鳴き声を狙ってみたが、出てきたのはニワトリの喉をひねり潰したような甲高い声だった。
俺は腹に力を入れて叫びながら、リノンに向かって突進した。
「キェェェェェェェェェェェェェ!!」
雄叫びはトカゲたちの注意を一瞬引けたと思ったが、普通に一瞥されただけで、彼らは俄然三人の人間を狩ることに夢中になっていた。
なんで? トカゲだから? 仲間認定されてる?
まあいい、それならそれで好都合、俺は両腕をめいっぱい前方に伸ばして疾走した。
そしてリノンの身体を両腕で受け止め、彼女を抱えたまま走って逃げようと思ったのだが、身体の自由度がまだ半分くらい網によって制限されていて、思ったようにスピードが出ない。
動きの早いトカゲがあっという間に前方に回り込み、立ちはだかった。
左右からもトカゲが追ってくる。
三方を塞がれ、逃げる隙は後ろしかない。
俺は正面のトカゲを睨みつけながら、二三歩あとずさった。
切れ残った網が変な絡み方をして首を締め付け、体液が流れ出る。
リノンは俺の体液が口に入ってしまったらしく、ゲェゲェ吐いている。
どのタイミングかわからないが猟銃もいつのまにか手から放れていた。
とりあえず銃はいい、それより逃げることが最優先だ。
踵を返して走り出そうとしたとき……。
「なんだお前、その人間独り占めする気か?」
後から声がしたかと思うと、俺の首を締めつけている網を掴まれ、放り投げられた。
リノンを抱いたまま身体を丸め、彼女にダメージが行かないよう身体を捻って背中から地面に落ちた。
投げられて宙に浮いた一瞬、隻眼のトカゲが眼に映った。
彼は、堂々たる体躯を誇るように二本脚で立ち、無様に転がる俺を片眼で見下ろしていた。
「セゲア……!」
俺は思わず彼の名前を口に出したのだが、なぜかセゲアは首を傾げている。
「お前、なんで俺の名前知ってる?」
「は? ……だってセゲアだろ?」
「あ? 誰だお前? どっかで会ったか?」
「……俺が、わかんないのか?」
「わかんねえよ!」
「アキヲだよ、アキヲ!」
「アキヲ……?」
セゲアは見える方の眼を細めたり見開いたりしていた。
「アキヲ……なんだその気持ち悪い……なにがあった? ずいぶんお前、変わっちまったな……?」
「そんなにか……? 脱皮中だから変な感じになっちゃってるけど、そこまで言われるとちょいショックだな」
会話しながら、俺はゆっくりと起き上がる。
「怪我はないか?」
リノンに囁いた。
「大丈夫」
気丈に答えたが、顔が擦り傷だらけだし俺の体液まみれだ。
「アキヲ。次に会ったら殺すって言ったよな。覚えてるか?」
もちろん覚えている。
俺がセゲアの片眼を潰したときだ。
「さあ。そんな昔のことは覚えてないね……」
シラを切ってみる。
会話をしているうちは俺もリノンも生きていられる。
話しながら、セゲアの仲間が何匹いるのか数えた。
飯島を咥えている一匹、濱口の脚を掴んで引きずっている一匹、リノンを両サイドから襲おうとしていた二匹、セゲア。
あともう一匹、俺の前に立ちふさがった個体だが、今はセゲアの後ろからじっとこっちを見ている。
合計六匹か……。
今なら俺の後ろ側に隙があった。
俺が楯になれば、リノン一人なら逃げ切れるかもしれない。