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第25話

 転生前の俺は、国防軍に所属するアラフォーの独身おっさんだった。

 調査隊を守るために害獣を駆除、そして消息不明者の捜索をするべく命を受け、島にやってきた。

 その上陸部隊を率いた隊長こそが俺、山本アキヲなのである……というようなことをリノンに滔々と語って聞かせた。


「え、誰? ヤマモト?」

「知らないか山本隊長」

「知らないな」

「まあしゃーない。きみは知らないかもしれないけど、とにかく隊長だったんだよ。今はそうだな、んー、鈴木かなぁ? あとを引き継いでると思うんだけど。あ、そいえば指揮所が見当たらなかったんだけどどこに移動したのか知ってる?」

「この島に軍とかそれ、なんのこと言ってるの?」

「高台に指揮所があったでしょ? まさか撤退はしてないよね? ふねが沖にいたと思うけどあれ揚陸艦『北浦』だよね? あ、海保の巡視船だったのかな?」

「軍が来るなんて話、聞いてないけど。いつ決まったんだろ。でも来るとしたらこれから来るんじゃないの?」

「いや俺、いたし。軍、あそこにいたし……」

「国防軍、いずれ来るのは間違いないだろうけど、それはレッドドラゴンが見つかったあとのことじゃない……?」

「あ、きみは捜索されてたから知らないんだよ、消息不明者の三人のうちの一人がまだ生存の可能性があるって……え? あれ? そんなわけないか、え?」


 俺は少々混乱していた。

 どうも時間の認識がおかしいみたいだ。


「ちょちょちょっと待って今日西暦何年何月何日?」と早口で聞いた。

「なにその未来から来た人みたいなやつ」

「教えてくれ今っていつ?」

「xx年xx月xx日、だけど?」

「……マジで言ってる? ってことは、やっぱ今ってまだ、部隊が上陸する前なのか……?」

「だからそう言ってんじゃん。前もなにもここには調査隊のあたしたちしかいないの」

「だって俺、ここで死んだんだが——」


 バラバラになった思考を必死にかき集めた。

 軍がいないのは、到着していないから。

 到着していないのは、出動要請されてないから。


「どうしたのマミイ?」


 理解した。

 リノンは転生に時間と場所が関係ないと言った。

 自分が生まれる前に転生することもあれば違う国に生まれ変わることだってありえるし、種族どころか俺みたいに異世界から来ることだってある。

 この時間ではまだ軍への出動要請はない。

 俺たちの部隊が上陸するのはこれからなのだ。

 ということは。


 ——山本アキヲは生きている!


 そう、俺はまだ、生きている。

 ということは。

 これから調査隊の三人が消息を絶つ。


「今すぐキャンプに戻るんだ」

「なに?」

「さっき誰か無線で呼んでたろ?」

「呼んだけど」

「ここに来ちゃだめだ。名前は?」

「なんでそんなこと聞くの?」

「飯島? と、あともう一人、えー……」

「濱口。てかなんで」

「今すぐキャンプに戻るように指示して、無線で」

「だからなんで?」

「このままじゃ消息不明になる、三人とも」

「遭難? だったらもう軽くしてるんだけど」

「そんなんじゃない、もっとやばい事態……」


 俺は島に上陸した初日、調査隊キャンプへ着任の挨拶に行ったときのことを思い出した。



「島にクマはいないし、そもそも違うと思うんですわ……」


 その老人は芳賀さんという、去年まで国立xx大学の教授をやっていた人物で、調査隊を率いる同大の三上教授の恩師だそうだ。

 栃木県の猟友会で役員を務めるトラッキングの名人で当然猟銃所持許可もあり、ライフルを持っていた。

 飯島、濱口、桜田の三名が消息不明になり、うち二人の遺体を発見したのが芳賀だった。

 すぐに海保と小笠原警察が来て現場検証したが、どれが誰のパーツかわからないほど損傷が激しく、最初遺体は一人だと思われていたものが実際は二人で、かき集めてもバケツ一杯分くらいにしかならなかった。

 なんとか二つに分けたが、本当のところはどっちがどっちに混ざっていてもわからない。

 遺体の損傷具合から警察はクマだろうと安易に結論付けようとした。

 そんなことができる動物を警察はクマ以外に知らなかったからだ。

 が、調査隊はそうは考えなかった。

 調査隊は島に未知の生物が多数生息することを把握していて、たとえクマが出現しても驚かないが、クマではない別の、人間を捕食するほどの大型生物がいると推測した。

 芳賀は、クマとワニの歯型の画像をタブレットに映し、俺と同行した鈴木に見せた。


「たとえばですがクマの歯ね、ここに太い犬歯がありまして奥に臼歯があるんです。こっちはワニでほら歯の並びも数も全然違うし、隙間も開いてます。そんで被害状況見ますとね、おそらくワニに近いんじゃないかと思うんですわ。それも三メートルから五メートルクラスの」


 ワニは十メートルを超すものもいるので、と言いながら画像をいくつかスワイプすると被害状況を記録した写真が表示された。

 同行した鈴木がえづいてしまうほどの、凄まじい現場だった。

 この時点で、桜田リノンの生存は不明。

 被害者二人と別行動を取っていたという情報もあり、希望がないわけではなかった。

 国防軍の最初の仕事は、桜田リノンの捜索となった。

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