リノンは、誰も信じない。
ずっとそうしてきた。
世の中も、学校も先生も友達も、家族すらも。
◇
彼女が初めて転生したときは、
このときは何が起こったのかよくわからないうちに死んだ。
転生は生年月日も出生地もなんの関連もなく別人として生まれる。
次に転生したときは二十五歳まで生きて、またしてもレッドドラゴンの襲撃に見舞われ、死んだ。
三度目転生して初めて、レッドドラゴンが
そして四度目の転生、生まれてまだ身体がぬめぬめと濡れ、臍の緒も繋がった状態で自分の使命を悟ったという。
「赤竜の災禍が起こらない世界にできるまで、あたしは何度でも転生しちゃうんだなって」
いつ生まれても、誰に生まれてもレッドドラゴンの発生するタイミングだけは変わらなかった。
五度目の転生では、レッドドラゴン出現までに三十年の猶予があった。
今度こそレッドドラゴンを未然に防ごうと、積極的に行動してみた。
「なにをした?」
「レッドドラゴンが現れて人間を襲うってことを、みんなに知らせた」
「どうやって?」
「メインはネットとかかな。そこそこバズった。陰謀論者だって叩かれた。まあ当然。だから、あたしは未来がわかるってところを見せようとして、なにか未来を予言して当たればレッドドラゴンのことも信じてくれるかなって思ったんだけど……」
しかしいくつか予言したクリティカルな未来が外れてしまい、信用はされなかった。
転生するたびに未来も過去も微妙に変わっているらしい。
そして彼女がもっとも伝えたかった未来〝赤竜の災禍〟が現実になる頃には、すべてが手遅れというわけだ。
「転生のことは? 誰かに話さなかったのか?」
「話さないでしょ普通。レッドドラゴンの話も信じてもらえないのに転生なんて、信じるかな?」
「あ——……」
一度だけ、両親にすべてを話したことがある、とリノンは言った。
自分が転生者であること、遠くない未来に〝新島〟が出現して、そこに生息する爬虫類が巨大化し、数が増えていずれ人類を危機に陥れる——。
大学生の娘がある日突然、真顔でそんな話をしはじめて泣かない親がいるだろうか。
転生を繰り返したこと、〝新島〟の出現、レッドドラゴンの爆発的な繁殖による恐ろしい未来——真剣に伝えようとすればするほど、両親の自分を見る眼が冷たくなっていった。
それまで大きな不幸もないごく普通の家族を、自分の語った言葉だけで破壊してしまった……。
会話は以前のように普通に交わしたし、笑顔も戻ったが、彼女は完全に異物となっていた。
それまで全く動物に興味を示さなかった母親が猫を飼うと言い出して実際に飼い始め、猫の名前を娘の名前にしたとき、彼女は家を出た。
「……あたしは、転生者であることは誰にも言わないし、これから起こることも誰にも言わない。親ですら信じてくれなかった。だから誰も信じない。信じられるのは、自分だけ。あたしだけが、終わりにできるから。やり切って見せる、必ず」
孤独な戦いだった。
彼女は、たった一人で戦い続けてきたのだ。
「……ごめんね、マミイ」
そのとき彼女が浮かべていた涙には、嘘はないだろうと思う。
吹っ切れたみたいに瞳はまっすぐで、迷いがない。
彼女が繰り返してきた長い時間を思うと、俺を殺さないでくれとも言えなくなってしまった。
「いいんだよ」
「ほんとにごめんね」
「あやまるなって」
「マミイとこんなふうに話ができるなんて思わなかったから……もっと意志が強いと思ってたんだけどあたし、いざとなるとだめだな……」
「ムラサキ……いやリノン……」
「マミイにだったら、ムラサキって呼ばれてもいいか」
彼女は笑った。
ちょっといい雰囲気だった。
俺も笑ったが、その笑顔は、人間の彼女にどう映っているかはわからない。
かつて疑似親子として暮らした二人の、つかの間の団らんのようだ。
残された時間は少ない。
「もし俺が……このトカゲに転生する前の俺がきみに出会ってたら、少しは理解してあげられたかもな」
「そうかな」
「転生者同士、仲良くなれたんじゃないか」
「んー、どうかな。信じなかったかも」
リノンは苦笑いしていた。
信じない、というのはなんとなく理解できた。
俺は以前〝前世の記憶を持つ光の戦士〟と名乗る女と話したことがあった。
自分が転生者であるにも関わらず、彼女の話を妄想であると決めつけて適当に聞き流した。
その手の妄想に取り憑かれている人間は思ったより多くいる。
その女が本物の転生者だとは当時もまったく思わなかったし、今でも違うと思っている。
人間の俺がリノンから話を聞いたところで信じない可能性が高い。
「マミイは転生前、どんな人だった?」
「俺……?」
いまさら軍にいたことを話したら、彼女は驚くだろうか。
「俺は、この島の上陸部隊の隊長として来た。そして、この島で死んだ。殉職した山本アキヲっていうのは……転生前の俺なんだ……!」
ちょっとドヤ顔入ってたかもしれない。
リノンの発言には驚かされてばかりだったが、今度はきみが驚く番だ……とばかりに。
「……誰それ?」
リノンは知らなかったようだ。
まあ、調査隊と上陸部隊がそんなに接触あったわけでもなかったし、彼女が消息を絶っているときに来て死んだから、仕方ないか……。