オスとメスどっちが美味いかは生き物によって違う。らしい。
カニはオスのほうが美味いし牛はメスのほうが美味い。という話だ。
たぶん人間もメスのほうが美味いと思う。
リノンは実に美味そうだった。
脂の乗りはいまいちそうだが、筋肉も柔らかそうだし、おそらく未経産。
この、俺の自由を奪っている
雛鳥のムラサキと一緒に暮らせたのだから、人間とも同じように共存できるはず、とも言える。
しかし俺がリノンに感じているのは、鳥に対するそれとはまったく違ったタイプの食欲だった。
——俺は……。やはり俺の主食は……人間?
リノンはポーチの中に手を突っ込み、なにか取り出している。
ネット弾ではなく、猟銃の実包だった。
数えている。
猟銃は持ってないみたいだから、これから来る調査隊の仲間が持ってくるのを待っているのか。
そして俺を——。
「俺を、ここで殺すのか?」
リノンは答えなかった。
黙々と、実包を数えている。
二十三個あった。
「俺がレッドドラゴンなんてそんな、それはないなー。ないわー。ありえんし。俺が、そんな。なあー?」
沈黙に耐えられなくて、俺は独り言なのか弁解なのかよくわからないことを延々と口走った。
「だいたい俺の身体、赤くないじゃん。見てくれよ、このどす黒い鱗の色を」
どす黒いは少し誇張しすぎだが、なるべく赤から離れたかった。
成長して色が変わる生き物なんていくらでもいるので、現時点で赤じゃないことなんてなにも担保しないのに。
リノンは、微妙な笑顔を見せた。
戸惑いと憐憫が入り混じったような。
「……そっか。マミイには、見えてないんだね」
「え? みえて……見えてない?」
「マミイの身体の色は、赤だよ?」
そんなわけないだろう。
腕だって脚だって、ひと目見ればわかる俺の体色、鱗は誰が見たって灰色、ねずみいろ、グレーじゃないか。
どう見てもグレーじゃないか……。
グレーじゃ……。
「もしかして俺には、グレーと赤の区別がついてないのか、な……?」
「そうなのかも」
「えー……レッドドラゴン……赤竜……ワタクシが?」
——待て待て待て待て。リノンの言うレッドドラゴン、それってつまり、赤い色の竜すなわちあのフクロウが言っていた〝火鳥〟のことなんじゃないのか?
俺がもしその火鳥なのだとしたら、フクロウの言葉そのままなら〝救世主〟だ。
でもそれはこの樹海の生き物——トカゲをはじめとする小動物や、鳥や虫たち何なら蜘蛛女みたいな魔物たちの〝救世主〟であって、人間のではない。
火鳥が現れて人間どもを一掃する、とフクロウは言った。
人間を一掃するだって?
それは本当に俺がやることなのか?
転生してまで、俺が人間を殺す?
たしかに人間に対する食欲はあるかもしれないがそんなの我慢すればいいだけだろう。
このままでは本当にレッドドラゴンの幼体ということにされて、処されてしまう。
どうにか別の結論に導くことはできないだろうか?
俺の必殺技『説得』は、彼女に通用するだろうか?
相手は八回転生した猛者だが……。
「……ムラサキ、じゃなかったリノン」
「ん?」
「仮にきみが、人間を救うために転生したんだとしたら、きみは人間にとって〝救世主〟というわけだよな?」
「そういう言いかた好きじゃないんだけど」
「でも人類を救う。だったら救世主と呼んでもいいじゃないか」
「あたしが赤竜の災禍を回避できたんなら、そういうことになるのかもね」
「きみは自分の転生した理由がそのためだと思うか? 人類を救う」
「確信してるけど?」
「じゃあ、俺が転生した理由はなんだと思う?」
「さあ。あたしには関係ない」
「きみに理由があるとしたら、俺にもあるんじゃないのか?」
「マミイにも?」
「そうだ。俺にもなにかあるはずだ。転生してこの姿になったなにか理由が」
「ああ、レッドドラゴンが転生者だったとき、その理由、か……?」
リノンは口元に手を当てて沈黙した。
「きみの役割が人類を救うことであったとして、仮に俺の役割がこの地の生き物を救うことだったとしたら、どうなる? 互いの生き残りをかけて戦うしかないじゃないか」
「それはそう」
「俺は逆だと思う。俺の中身は人間だ。人間である以上、人間を食べないことを約束できる。対話だって可能だ。きみが見てきた最悪の結末は回避できるかも。そのために俺はここに生まれたんじゃないのか。共存の方法があるんじゃないのか?」
リノンは目を伏せていた。
やがて、首を横に振った。
「……レッドドラゴンがマミイだったとして、でも中身は人間が転生したんだったとして、マミイが人間を襲わなかったとしても、もし子どもが生まれたらその子どもは絶対に人間を襲うでしょ」
「卵なんて産まない、約束する。なにかの間違いで生んでも全部潰す。ムラサキに食べさせるよ、鳥の方の」
「そんなの信用できない。だからここで殺す。このまま逃がすことはできないし、キャンプに連れて行っても、誰も殺す判断ができないうちに犠牲者が出て、それで初めてやばいってなる。そのときにはもう手遅れで、最悪の結末に直行なの」
「その結末を変えるために、きみが転生したみたいに、俺も転生したんだよ。このトカゲの中の人が俺でである限り、そんな結末にはしない、絶対に」
本気でそう思っていた。
俺がレッドドラゴンであるはずがないし、むしろ人間に味方するため、下手すればレッドドラゴンと戦うために転生した正義の巨龍ヤマモトと考えるのが自然じゃないか。
少々の沈黙のあと、リノンははっきりと言った。
「あたしは信じない。それがたとえマミイの言葉でも」