ムラサキ(鳥の方)の命なんて、どうだっていい。
ムラサキ(人の方)は、はっきりとそう言った。
でも俺だって簡単に引き下がるわけにはいかない。
「そんな……生き物はいつか必ず死ぬなんて当たり前だけどさ、当たり前だからって、どうせ死ぬからって、死ぬのがわかってるからほっとくって、それは違うだろう。たとえ転生することがわかってたとしてもだよ……」
「ムラサキは助かったでしょ」
「助からないよこのままじゃ」
「ついさっき。ヘビに食べられそうだったあたしを、マミイは助けてくれたじゃない?」
「なんだったら俺がきみを食べようと思ってたけどね」
「言わなくていいよねそれ」
「でもそういうものだろう生き物は。殺しもするし活かしもするみたいな」
「そうね。弱肉強食がルール。生きる力がないものは、食われて死ぬ。ムラサキも食われた。それだけ。マミイが戻ったところで長生きなんかできないよ。今はそんなことよりも優先することがあるの」
意志の強い眼を、ムラサキはしていた。
その
なにか彼女の決意と言うか、あとに引けない何かを背負ってるようにも感じる。
「……目的は、いったいなんなんだ?」
「それは調査隊の目的? それともあたし個人の目的?」
「調査隊の目的は知ってる。きみ個人の目的は、調査隊とは違うのか?」
「……」
「俺はどうなったっていいんだ。たぶん貴重な新種だったりするんだろ? 調べられたり解剖されたり標本になったり、そういうのはいいんだよ。ムラサキのためなら喜んでそうなる」
これは本気で言った。
俺のトカゲ生なんてたいした問題じゃない。
人間にとって——人間のムラサキにとって——俺の存在が貴重だったりするんなら、むしろ光栄なことじゃないか。
「あたしには責任がね、あるの。こうやって何度も転生して、やっとなの。やっとここまで来た。あたしは自分の役割をわかってるつもり。そのためにここまで来た。だから……」
「なんだ。役割ってなんだ。なんのことを言ってる?」
「あたしがどうして、何度も転生して……やっとこの島まで、たどり着くまで大変だったんだから」
このムラサキ、八回転生したって言ってた。
そんなにも転生して、なおやり遂げなければならない役割ってなに……?
「あたしがこの島に来たのはね——」
ムラサキはひとつ、軽い呼吸をしてから、
「マミイを殺しにきた」
俺の眼を見て、はっきり言った。
彼女の言葉を聞いた周囲の生き物全員がドン引きしたような樹海の静けさだった。
もしかすると俺の耳がなにも聞こえなくなってたのかと思うくらい。
「……はい? ちょ、ちょっと何言ってるかわかんない」
俺はこのカチカチに固まった剣呑な空気をどうにか和らげようと少しチョケめに言ったつもりだったのだが、彼女は真顔でむしろ表情はより険しくなって、なんなら少し憐れみというか同情のような眼差しも混ざってきたような気がするのは俺の被害妄想か?
「マミイを、殺しに来た」
こいつ二回言った。
「こういう、俺みたいなさ、貴重な生き物は、普通保護したり飼育したりするんじゃないの?」
彼女はかぶりを振り、
「その、保護したせいで、大変なことになったのよ人類は——」
その大変なことについて、話した。
◇
この島に上陸した調査隊は、ある生き物を発見した。
体長は一メートルほど、小さな翼と短い尻尾、硬い鱗と背びれを持った爬虫類だ。
それまで世界中のどこにも生息が確認されていない〝新種〟だった。
調査隊はその爬虫類を捕獲、キャンプで飼育することにした。
爬虫類は鱗が赤かったので、レッドドラゴン(赤竜)と呼ばれた。
それはどんどん成長して、やがて産卵した。
卵のいくつかは東京に持ち帰られ、研究施設に回された。
成長したレッドドラゴンはキャンプのケージを破壊して、脱走した。
追跡した調査隊員も行方不明になり、防衛軍に出動を要請して捜索したが、調査隊もレッドドラゴンも見つからず。
それからしばらくしてレッドドラゴンが調査隊キャンプを襲い、そこにいた全員を殺して食べた。
防衛軍の部隊も、ドラゴンと交戦して全滅、捕食された。
それに呼応したかのように、日本で孵化した個体も人間を襲い始めた。
成長したレッドドラゴンは
レッドドラゴンは他の生き物には眼もくれず、人間だけを捕食していった。
その後の阿鼻叫喚は、想像するしかないが——。
◇
彼女は、深い溜め息をついた。
俺も釣られて溜め息をユニゾンした。
「その、レッドドラゴンは、最終的には、どうなったんだ?」
「最終的にって?」
「いやその、人間はドラゴンを殲滅できたのか?」
「さあ。あたしも自分が死んだあとのことまではわからないから」
「それは、そうだよな……」
「でもたぶん人間は負けたんだと思う」
「人間が負けたらどうなる?」
「一人もいなくなるんじゃない? 地上から。あ、でもそうなると食べ物なくなるから、共存するのかな? どうなんだろ?」
「いくら未知の生物だって、要はでかいトカゲだろ? なんとかなるもんじゃないの? 人間がそんな簡単に……だって武器だって、最悪、核だってあるんだからさ」
「マミイは見てないからわかんないでしょ。人間より食物連鎖が上の巨大生物がうじゃうじゃいるの、地獄だぜ……」
彼女は肩をすくめて身震いした。
寒いのかと気遣うくらい。
「……じゃあ俺もその、レッドドラゴンと戦うよ」
「は?」
「絶対に手はある。俺は、たぶんだけどレッドドラゴンと言葉が通じると思う。それにまだ大きくなるし強くもなる。人類にとって頼もしい味方だと思わないか?」
「マミイが?」
「そうだ」
「察し悪いなマミイ」
「え?」
「マミイが、その、レッドドラゴンの幼体なんだよ。あたしは、幼体のマミイを、産卵前に殺すために、ここまで来たの」
「……………………マ?」
「マジで言ってんの」
「なんで、俺が卵生むの? オスだろ俺? きみにとってはマミイかもしれんけど」
「雌雄同体なんだよ、マミイは」
俺は呆然としていた。
——俺が、繁殖して、人間を敵に回すだって? ありえないだろ……。
しかしそのとき俺の身体に、とある生理的な事態が発生していた。
それは彼女の言葉を丸のまま信じることができずにいた俺にも、これは少し信憑性あるな、と思わされてしまう事態だった。
俺は激しく首を振った。
「そんな、冗談だって言ってくれよムラサキ、俺がまさか……」
「ムラサキじゃない」
「あ……」
「あたし、もうムラサキじゃないから」
「え?」
「リノン」
「あ」
「名前は、桜田リノン」
「あ、そうか。わかった、桜田さん」
「そこはリノンだろ」
「ああ、……リノン。きみに言っておきたい。なにかの間違いだ。俺が人間を食う、てか敵対すること事体ありえない。だって、俺だって転生前は人間やってたんだ。それが人間を食べるなんて——」
そこまで言って、言葉が継げなくなってしまった。
俺は今まさに、リノンに食欲を刺激されていたからだ。