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第21話

 彼女は若いのにどっか落ち着いてて、腹が座ってる感じだった。

 ムラサキが転生(八回目)すると、こんな感じになるのか。

 とりあえず聞きたいことが喉元で渋滞しててうまく言葉が出てこない。


「あたしも、マミイに聞きたいことがあるんだけど」

「なに」

「そうやって普通に日本語喋ってんのマミイどういうあれ?」

「あっ、これな。そうだよなおかしいよ普通は」

「あたし今喋ってんのこれ日本語だよね?」

「そうだね、そう」

「あたしはそっちの言葉、聞き取りはできるけどどうやっても発音はできないからさ」

「そうかあ、当然だな……実は俺も日本で生まれて——」


 かつて日本人であった、という話をすることは自動的に転生者であると白状することだ。

 ムラサキには話してもいいだろう、むしろ話しておくべきだ。


「……あー、そういうことだったのね」

「そういうことだったんだよね……」


 それほど驚いてるようには見えなかった。

 八回転生してるとそんな感じか……。


「なんで人間からトカゲになったの?」

「わからん。俺はこの現代日本で、日本人として生まれて死んで、どういうわけだかトカゲに転生した、それだけなんだ」


 それが二回目の転生だったこととか、軍人としてこの島にいたとかは、ここで言うのは話をややこしくするだけなので今は伏せておく。


「そっかー、でもまあ鳥から人間に転生したからねあたしも……でもあれよ、そういうのは鳥のときに言っといてくんないと」

「ムラサキに? 鳥だったときに? 言ったら信じた?」

「あー、……ああ無理だな信じるの……あのときのあたしでは……転生とか言われてもわかんなかったろうな概念が——」


 そのとき、彼女のベルトに取り付けられていた無線が話を始めた。


〈桜田さん、取れますか〉

「はい、取れてるどうぞ」

〈今そっち向かってますので、その場で待機しててください〉

「どれくらい?」

〈わかりません。とりあえず急ぎます〉

「りょーかい」


 無線はその後、彼女以外の人間同士が二三往復やり取りしてから沈黙した。


「人が来るのか」

「うん、あたしを助けに」

「そうか」


 俺は立ち上がった。

 行かなくては、ムラサキを放ってはおけない。

 他の人間に姿を見られる前に、去らなくては。


「ねえマミイ、あたしと一緒に来てくんないかな、キャンプに」

「それは無理だろ……」

「だって、このまま別れたら、たぶん二度と会えなくなっちゃうよ?」

「キャンプの場所はわかってる。会いに行くよ」

「だってマミイ、せっかく会えたのに、これでお別れなんて寂しいよ……」

「ムラサキ……」


 彼女の潤んだ瞳に、心が揺さぶられる。


「マミイ、逃さないよ?(ニッコリ)」

「え?」


 またしても迂闊だった——。

 話しているあいだに、いつの間にか捕獲銃の銃口がこっちを向いていて、彼女は引き金に指をかけていたのだ。


 ぽん!


 ロケットランチャーのような形の筒から発射されたネットが、見事俺の捕獲に成功した。

 絶妙な網目の細かさ、繊維の丈夫さ、軽さ、面積、捕まるのに申し分ない。

 これはもがくほどに網が身体を締め付けてきて、余計に身動き取れなくなるやつ……。


「ごめんなさいマミイ」

「マミイになんてことするんだ」


 彼女は顔の前で両手のひらを合わせた。


「ほんとごめん! お願いマミイ、あたしに捕まってこのままおとなしく」

「それ網発射する前に確認するべきセリフでしょ?」

「ごめんなさい! でもこうするしかないの」

「俺を捕まえてどうする? 首輪つけてペットにでもする?」

「ああ、それもいいかな、あ違う、そういうんじゃなくて、あたしここでマミイを逃がすわけにはどうしても行かなくて」

「この島にしか生息してない貴重な大トカゲって感じか」

「うーん、それともちょっと違う。あとでちゃんと話す。だから今は捕まっててほしいの」


 かわいい娘の頼みとあればなんだって叶えたいところだ。

 おそらく俺は転生とか抜きにして、単にトカゲの新種として大発見なんだろう。

 仮にこのままムラサキに捕らえられたとして、調査隊に捕まる分には皮を剥がされてバッグやベルトにされることもないだろうし、まあアリかもしれないけど……。

 でもその前に。

 俺には行かなきゃならないところがある。


「きみが俺を捕まえたいならそれでいい。でも今は逃がしてくれないか? 必ず戻ってくるから頼む。網を切ってくれムラサキ」

「それはできない」

「俺はムラサキのところに戻らないといけないんだよ」

「ムラサキはあたし」

「ちがう、鳥のムラサキだよ。俺が巣に帰らないとあの子は——きみもムラサキだったんだからわかるよな? パピイはヘリに衝突して死んだんだ。ムラサキはたった一羽で帰りを待ってる」

「ああ、……それね。……うん」


 彼女は思い出したのだろうか、悲しげに眼を伏せた。


「……それはもう、行かなくていいから」

「なんで?」

「だから、いいの、それは」

「いいってことないだろ」

「……」


 ムラサキは無言で答える。


「そっか。きみは知ってるんだ。俺は……帰らなかった?」


 彼女は頷いた。


「ずっと待ってたんだけど、ふたりとも帰ってこなくて」

「そんな……」

「あたしは——鳥のムラサキはそこで死ぬ」

「で、転生する?」

「うん」

「まじすか……」

「大丈夫、心配しないで。悲しいことじゃないし。恨んでもないし。見捨てられたわけじゃないってわかってたから」


 ムラサキは、帰らない俺たちを待ち続けたわけだ……。

 それは、かわいそうすぎる。


「俺が帰って、せめて自分の力で生きていけるようになるまでそばについてやらなきゃ。だって、これから何度も転生して人間の人生が待ってるにしたって、あまりにも短すぎる鳥生じゃないか」

「そんなのいいじゃない。どうせ転生するんだし」

「そう思ってた時期が俺にもあった。てか少なくとも俺自身については今も多少そう思うこともある。でもさ、ムラサキは自分が転生するなんて知らないじゃない。俺も転生知らずに死んだときは、それなりに恐怖も絶望もしたんだよ……」


 それでも彼女は頑として俺の言葉を受け入れなかった。


「鳥一羽の命なんてどうだっていいの。どうせすぐ死ぬの。そんなことより今はマミイのほうが——マミイを捕まえることのほうがずっと大事なの」


 彼女の決意は固い。

 俺の必殺技『説得』の出番かなこれは……。

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