目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報
第20話

 彼女は外したと思う間もなく即、腰のポーチから次弾をつまみ慣れた手際で装填すると、迷わず俺に向けて発射した。

 幸い、というかたまたまネットがうまく広がらず、絡まったまま樹々の合間に吹っ飛んでいった。

 食べるどころじゃなかった、俺の身のほうが危ない。

 なんていうか、彼女の動きが素人とは思えない「え、お前、調査隊じゃなくて軍に入れよ」と思うほどのもので、この攻撃を続けざまに食らったらそのうち必ず捕まる。

 全弾打ち尽くすまで逃げ続けるしかないのか。

 仕方なく俺は樹の上に活路を見出す。

 遮二無二。

 銃を持ったまま樹登りはできないだろう。

 ここなら枝が邪魔して捕獲用ネットも使えまい、という高さまで登ってから見下ろすと、


「嘘でしょ!?」


 彼女は首に捕獲銃のストラップを引っ掛けたまま、まるで猿のように巧みに幹を上がってくる。

 俺はどちらかというと樹登りは下手くそだ。

 今も危険を回避するために嫌々登っているのであって、木登りが得意な動物には到底敵わない。

 彼女は木登りが得意な動物にジャンル分けして差し支えないくらいの身軽さで、執拗に追ってくる。


「マジかよ……」


 なんなんだこの女。

 地味な見た目とまったく繋がらない超絶な身体能力。

 もしかしてヘビと戦っても全然勝ってたんじゃないか……?

 俺は樹を上へ上へと登り続け——、とうとうてっぺんで行き場がなくなってしまった。

 隣の樹に飛び移るには少々枝が頼りないし距離もある。

 彼女は俺を追い詰めた満足感なのか、笑みを浮かべて捕獲銃ネットランチャーを構え、俺に向けた。

 てか人間ってこんなに強いんだっけか……?


「待って待って待って待って!」


 思わず口から出た。

 人間の言葉、転生前に話していた言葉、日本語が。

 彼女の動きがぴたっと止まった。


「敵じゃない! 敵じゃないから! なにもしないから! 悪かった! 一瞬でもきみを食べようとしたことは謝る!」


「しゃべった……!?」


 彼女がつぶやいた。


「あ、いえその……」

「しゃべったぁ——?!?!?!?!」

「まあ、ええ」

「喋った……」

「うん、まあね」

「どうして? どうして喋れてるのマミイ……?」

「はぃ?」


 今度は俺が驚く番だった。

 マミイ……??

 今とんでもない言葉を聞いた気がするが、そんなことはありえないので聞き流す。


「マミイ! ああっ! マミイ! あてぃし! ムラサキ! あっ、わからないと思うけど、転生したムラサキなの!」


 あまりのことに言葉を忘れ、身体が硬直した。


「あたしムラサキ! 会えた! マミイ! 会えた! やった!」


 彼女は飛び跳ねんばかりの勢いだった。

 そのせいなのか、彼女の足を掛けていた枝がバキッ、と折れた。


「あっ!」


 と、落ちそうになったのを、すんでのところで俺の手が彼女の襟首を掴んだ。

 持っていた銃は落ちていったが、彼女は俺の手によって宙に浮いていた。


「マミイ……!」


 彼女はぶら下がったままで俺に顔を向けた。

 いつぞやもこんな感じでムラサキの首根っこを掴んで樹から飛んだこともあったかな。


「ムラサキ……? あり得ない、いったい、これ、どゆこと……?」

「話したらすっごい長くなる。でも説明できるような状況じゃないよね?」


 俺が手を離したら、この高さから落ちればいくらムラサキの身体能力でも無傷では済むまい。



 俺たちは樹上から降りた。

 一応距離を取って向かい合ったが、ムラサキは捕獲銃を地面に置きっぱなしだし、そんなに警戒する必要もないか。

 しかし、なにを、どう話すべきだろう。


「あのね、あたし、この島で生まれ育った鳥だったわけだけど、死んで、転生して、今の時代の日本に人間として——」

「ちょっと待ってくれる……?」


 俺は混乱していた。

 だってムラサキは今、巣穴にいるはずなのだ。

 そりゃあムラサキだっていつか死ぬだろうが、だからって、それが転生して人間に生まれ変わって眼の前の女がムラサキだと——?

 混乱していた俺に、ムラサキは必死に、鳥だった自分がいかに人間に転生したか、ということを説明してくれる。

 わかる。それはわかる。

 俺も転生者だから。それはいい。


「転生したのはわかった、でも違う、そうするとまず時間の辻褄が合わなくないか? ムラサキは、だって生きてるだろ、あ、鳥の方」

「あ、鳥のあたし、まだ生きてるんだっけ」

「生きてるよ」

「そうなんだ、そうだよね……」

「でもムラサキ(鳥の方)が、まあ仮にこの先死んだとして、転生したら、どうやってきみになるんだ? ムラサキは転生すると、今から二十何年か前に生まれるってこと?」

「んー、それは——」


 彼女もうまく説明できないのか、首をひねっている。


「……転生って、時間とか場所とかあんま関係ないみたいで。時間前後したり、違うところに転生したり全然あって」

「あ……つまりようするに、きみはそれがわかるくらい、何回か転生したってことなのか?」


 彼女は指を折って数える。

 1、2、3、4、5、……?


「鳥のムラサキから数えて、これで八回転生したかな」

「八回だって……!?」


 このムラサキ、俺より全然ベテラン転生者だったわ……。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?