トカゲも夢を見る。
トカゲが元来夢を見る生き物なのか、それとも俺が人間の記憶を持っているからなのかはわからない。
とにかく眠っていると、ときどき夢を見る。
人間だったときの夢だ。
南波チトセが夢に出てくる。
人間の俺と彼女がベッドの上で戯れている。
もちろん二人とも裸だ。
俺は、彼女の白く柔らかい肌の上に舌を這わせている。
彼女の甘い喘ぎ声を聞きながら、いざ挿入しようとすると、
「いやあああああああああ!!」
彼女は俺を見て悲鳴を上げる。
それは俺がトカゲだからだ。
鏡を見る。
俺は醜い、灰色のトカゲの顔をしている。
鏡の中のチトセがライフルを構え、背中から俺を射つ。
胸の銃創からは血ではなく、赤く染まったフクロウの羽が飛び出して舞った。
眼が醒めて、俺は自分が人間かトカゲかわからなくなる。
——あれ? 俺いまどっちなんだったっけ?
手を見れば五本の指、鋭く尖った爪、固い鱗。
俺はトカゲだ。
当たり前だが。
身体が半分土に埋まっていた。
仰向けに倒れている俺に見えるのは、視界いっぱいの樹々。
どのくらい寝てた?
樹に遮られて太陽の位置もわからない。
——ああ、俺、南波チトセとセックスしてたなあ。
今の俺なら雌トカゲ相手に交尾ということになるのだろうが、とても可能とは思えないのだが。
本能でプログラムされた何かによって自動的に事が成るのか。
こればかりは雌トカゲと出会ってみないとわからない。
樹海は息を潜めているかのように静かだった。
俺は、土にめり込んだ身体を無理やり引き剥がし、なんとか起き上がった。
すぐとなりに大きな岩が露出していた。
これの上に落ちてたら粉々になっていたかもしれないと思うと背鰭が冷えた。
身体中に痛みがあるが、動けないことはない。
——ムラサキのもとへ帰らなきゃ……。
だが周囲を見回して、それが簡単にはいかないことを知る。
落ちた場所は渓流の谷のようなところで、水の流れこそ少ないが相当に険しい地形だった。
「これを登らなきゃいけないのか……」
崖を見上げてげんなりする。
足元をちょろちょろと流れる水を遡るように歩いた。
人間と遭遇しないように、警戒しながら。
銃声からすると、それほど遠くない。
一人での行動はありえないから相手は複数。
軍であれ調査隊であれ、見つかれば面倒だ。
ヘリコプターが飛んでいる音が聞こえてくる。
ずっとこのあたりを旋回しているのか?
誰かを探している?
銃声といい、人間になにかトラブルがあったのだろうか……。
そういえば、ヘリと接触したとき。
妙な感覚、というか違和感を覚えた。
なんというか、模型を見ているような非現実感というか、ヘリが想定より小さく感じたのだ。
最初遠隔ドローンかと思ったくらいだったが、中には人が乗っていた。
その人間も、サイズがイメージと違う。
自身の感覚では、トカゲの幼生などせいぜい10センチ、大きくても15センチ程度だと思っていたのだが、だとしたらヘリに乗っていた人間が小さすぎる。
つまり……俺の体長、ちょっとでかめの犬くらいの大きさあるのでは……?
だとすると、フクロウは翼長5メートルの怪鳥ということになるし、あの蜘蛛女もほぼ人間サイズだ。
ならばムラサキもトカゲの兄弟たちも同様にスケールが変わってくる。
……じゃあ俺の
この島——思い起こしてみれば転生前、部隊が上陸したとき、樹木がやたらにでかいと感じたものだ。
それは気温が高いから樹も大きく育つのだろうという程度の認識だった。
どうもそうではなくて、この島の生き物、全体的にでかいんでは……?
上空ではヘリが相変わらず定常旋回をしていた。
こちらから見えるなら向こうからも見える。
これからは自分の認識を改めないといけない。
犬ほどもあるトカゲなんて、ちょっと目立ちすぎる。
「ヒィィッ!!」
短く、甲高い悲鳴が聞こえた。
人間の女の声だ。
俺は樹の陰に身を潜めた。
近くに人間がいる。
樹々に遮られて姿は見えないが、人の気配を感じとれる。
ほかに人の気配はない。
こんな場所で単独行動は考えにくいので、ルートから外れて迷ったか、仲間になにかあったのか。
ヘリのローター音が近づいては遠ざかる。
さっきから、行方不明者を捜索しているのか。
俺は高いところから様子をうかがうために、樹に登った。
落ちそうになりながらもどうにか枝から枝へ渡り、人間を見おろせる位置まで来た。
人間——女——若い——調査隊の一員か……顔に見覚えがある。
転生前。
俺が島の調査隊キャンプに出向いたとき、既に三名の消息不明者がいた。
資料には飯島シュンスケ36歳、濱口マサヤ26歳と、もう一人桜田リノン23歳と記載されていた。
そのときに写真を見たんだと思う——顔に見覚えがあるのだ。
写真に写っていたのは髪を後ろで束にした黒縁メガネの地味な女だったが、いま俺が見おろしている女がまさにそれだ。
あれから今日まで樹海で生き延びてきたとも思えないので、おそらく無事に戻り、また調査に復帰したとみられる。
しかし彼女は再び、とても無事に済みそうにない命の危険にさらされていた。
彼女の真正面、3メートルほどの距離にヘビがいる。
両者は固まったように動かないまま、睨み合っていた。