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第16話

「知ってるんだな? 人間がいるところを!」

「……」


 フクロウは返事に詰まっている。

 俺は、指を一本立て、外を指差した。


「それは、海岸だろう? ちがうか?」


 フクロウは答えず、首を左右に振った。


「人間はだめだ。空を飛んでいた機械を見たか?」

「よーく知ってる」

「ならわかるだろう。人間に近づくのは自殺行為だ」

「あれはただ調査のために飛んでるだけだ。ここの生き物に危害を加えるつもりはない」

「貴様に人間のなにがわかるというのだ」

「俺以上に人間をわかってる生き物がいるなら連れてきてみろよ……」


 それは口の中で声に出さずに言った。


「なに? なにか言ったか」

「いや別に」

「人間は理由なく我々を殺す。たとえヘビだって腹一杯に食い物を詰めた状態で獲物を襲ったりはしないだろう。しかし人間はそんな状態でも殺しに来る。際限がない」


 フクロウ……。

 なにかあったのか人間とのあいだに。

 残虐行為でも目撃したのか、それとも噂に聞いたのか。

 日本の防衛軍がそんな真似をするとは思えないが。

 あー……でも調査隊のことはわからないな……。


「どうしてトカゲが人間なんかに興味を持つのだ?」

「まあそれは……古い知り合いがいてね」


 フクロウは鼻をプスッ、と鳴らした。

 笑っているのか?


「爬虫類ジョークはよくわからんな……」

「たいしたことじゃない、ちょっと確認したいことがあるだけなんだよ。本当に」


 そう、確認したいことがあるだけだ。

 俺のいなくなった部隊が、どうなってるのか。

 南波チトセが、今どうしてるのか。

 危険を冒してまでやることか、というのもわかるし、トカゲに転生してまでいつまでも未練がましいな、とも思う。

 でも、気になるじゃないか。

 誰が俺を殺したのか……。

 フクロウはあきらめたようにため息をついた。


「……貴様の望むとおりにしてやろう。金輪際、娘に近づかないと誓うならな」

「近づきたくても、家がこんなとこじゃ近づけない」

「よろしい。では運んでやる、人間のいるところまでな」

「頼む……」


 振り返って、枯れ草のベッドに寝ているムラサキに眼をやった。

 彼女は眠っている。

 いろいろあったが、これでいいだろう。


「別れを告げるか?」

「いや、いい。起こすと機嫌が悪いから」


 じゃあな、ムラサキ。

 生き残れよ。

 背を向けて行こうとしたとき、後ろから羽交い締めにされた。


「マミイ!」

「ムラサキ!」

「行くな! あたしを置いてく気か!」


 ムラサキは短い翼で必死にしがみついてくる。


「ムラサキ……俺は」

「別居するんだ」


 フクロウが答えた。


「ベッキョ?」


 ムラサキは意味がわからず首を傾げる。


「マミイがこの巣穴で暮らすのは無理だろう? パピイだって毎回運んでやれない。だからマミイは暫くのあいだ、向こう岸の樹に家を作って住む」

「向こう岸? どこ?」

「近くだよ。ほら、ここから見えるところだ」


 フクロウが対岸の樹々を翼で示す。


「……マミイ、ほんとに?」


 ムラサキは俺の顔を覗き込んだ。


「ほんとだ。きみが飛べるようになったら遊びに来るといい。俺は、いつでも待ってるから」


 ムラサキは翼の力を緩めた。

 たぶん、いくら駄々をこねてもどうしようもないことがあるのを、彼女は知っている。


「なんかもう、マミイに会えない気がする」

「そんなわけないじゃないか」

「あたしの勘は当たるんだ」

「また会える。約束だ」

「約束な……」

「早く飛べるようになれよ」


 ムラサキは頷いた。


 フクロウは片足で俺を掴み、もう片方の足で巣穴の縁を蹴って、飛び立った。

 飛行姿勢が安定すると、両足で俺を抱えるように掴んだ。

 バッサバッサと羽ばたいて、徐々に高度を上げる。

 振り返ると、ムラサキが見上げている。

 巣穴がどんどんと遠くなっていって、見えなくなるまで俺たちを見ていた。

 俺は前を向いた。


「人間はどっちだ?」


 フクロウが嘴を向けたのは、東だ。


「行ってくれ。人間のいるところへ」


 フクロウは頷くと、わずかに翼を傾けて東へと針路を取った。



 眼下は行けども行けども樹海だった。

 ときどき、人工物らしき左右対称の盛り上がりだとか、直線の長い壁のようなものが見える。

 転生前に見た衛星画像を頭の中に描き、上空からの風景と重ね合わせるが、記憶は曖昧でよくわからなかった。


「……この森の生き物たちは、もうじき人間どもはいなくなると信じている」


 同じ風景に飽きてきた頃、フクロウが言った。


「いなくなる? なんで?」

「火鳥が現れて、人間どもを一掃するからだ」

「火鳥? それは鳥?」

「我々はそう呼ぶ。全身が真っ赤な巨龍で翼を持ち、火を吹くという」

「火を吹く巨龍か。まるで怪獣だな」


 彼によれば、〝火鳥〟とはここに棲む生きものたちの救世主のようなものらしい。

 災厄が起こったときに現れ、それを一掃し、去っていく。

 災厄とは、人間だったり、別の何かだったり。

 じゃあ俺の部隊——俺が死ぬ直前に遭遇したでかい鳥の影——あれがその〝火鳥〟だったりするのだろうか。


「だから、もしお前が、何らかの因縁で人間を恨んでいるのなら、その仇は火鳥が取ってくれるから、自ら行くことはないんだ」

「そんなんじゃない。ただ、ちょっと、確認したいことがあるだけなんだ。確認したらすぐ帰るつもりだ」

「まあ、無理はするな。人間は敵だ」


 元人間としては、なんとも答えようがなかった。


「その、火鳥って、あんたは見たことあるのか」

「ない。誰もない。古い言い伝えだ。見た者はみんな老いて死んでいる」

「なんだ、じゃあほんとにいるかどうかなんて——」

「見えてきたぞ」


 フクロウが首を伸ばした。

 樹海の先、靄の向こうに水平線が現れた。


「海だ……!」


 トカゲに転生して、初めて見た海だった。

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