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第15話

 俺はフクロウの両足に抱えられ、ムラサキは俺の両腕に抱えられて、飛んでいた。


「キャ————ッ! キャ————ッ! 高いッ! 高すぎるッ!」


 ムラサキは初めての飛行に大興奮していた。


「暴れるなムラサキ!」

「落ちたら死ぬ! 落ちたら死ぬ!」

「大丈夫だから! 俺がしっかり抱えてるから!」

「ほんとに大丈夫なのかなあ!」


 地面から足が離れた状態で風を受けると自動的に羽ばたいてしまうのだろう、小さな翼をパタパタと動かしてはピヨピヨと鳴いた。


「下を見ないで、なるべく遠くを見るんだ」

「遠く?」


 ムラサキは不自然なくらい首を上に伸ばした。


「遠くを! 遠くを見るッ……?」


 塀の外側には樹海が広がっていた。

 その先は、白く霞んで見えない。

 太陽の位置からするとたぶんフクロウは東に飛んでいる。


「どこに向かってるんだ?」

「私の巣だ。この先の断崖絶壁にある」

「断崖絶壁……?」

「トカゲも上がってこれない安全な場所だ」

「それはどうも……」


 フクロウは風に乗ると羽ばたくのをやめ、優雅に滑空した。



 フクロウは樹木の上に細い木の枝や葉を組んで巣を作るケースもあれば、木のうろや崖の穴を住処にすることもある。


 父親フクロウの巣穴は川沿いの断崖絶壁にあった。

 穴の奥には、寝るのにちょうどいい柔らかさの枯れ草が積んである。


「立派な巣穴だな。広くて、安全だし、快適そうだ」


 俺は感心していた。

 見つかるかどうかもわからない娘のために新しい巣を作り、執念で娘を探し当てた。

 鳥の親子の絆は、なかなかに強いらしい。

 親鳥は雛にひっきりなしに餌を運び、巣立つまで面倒を見るという。

 子食い共食い上等のトカゲや蜘蛛からすればさすが恒温動物、血が暖かいぶん情も濃いというわけか……。


「なにを寛いでる?」

「え?」


 俺は、枯れ草の山に背を預け、腹を出して横になっていた。


「なんで貴様がここにいるんだよいつまでも」

「だって、俺はこの子のマミイだから……」


 ムラサキは俺の隣ですやすやと寝息を立てていた。


「何がマミイだふざけんな。もう貴様の役目は終わった、これ以上娘につきまとわないでくれ」

「何だその言い方。俺だってここまでムラサキを育ててきたんじゃないか、立派な親だ」


 俺とフクロウはムラサキを起こさないように小声で言い合っている。

 ムラサキは疲れたのだろう、まったく起きる気配がない。


「恩着せがましく言わないでもらいたい。そんなのは蜘蛛女から助けたんだから50x50フィフティフィフティだろう」

「俺がいなかったらムラサキを助けられなかっただろ、それで75:25くらいにはなるだろ」

「それには礼を言う、ありがとう」

「どういたしまして」

「じゃ今のでチャラだ、送ってやるからさっさと出ていけ」

「今の礼でチャラだと? どういうスコア計算してんだよ」

「じゃあ聞くが、貴様はここに住むつもりなのか?」

「当たり前だ!」

「トカゲが、どうやってこの巣に出入りするんだ」

「それなー……」


 巣穴の縁から、崖下を覗いてみる。

 高い。

 見事に切り立った断崖絶壁だ。

 上に行けば行くほどせり出しているので登りにくく降りにくい、翼のない動物にはほぼ出入り不可能な強固なセキュリティ。

 自分の力でここから出るには、飛び降りるしかない。

 下は急流で浅そうだしゴツゴツと石も多い。

 死ぬなーこれは……。


「……これまでの養育には感謝している。が、貴様はトカゲだ。我々とは利害が対立する生き物だ。ともに生きることはできない。それにこの子は、妻が残した最後の一羽だ。私が育てるのが筋だろう」


 フクロウは父親らしい優しい眼差しを、眠っているムラサキに向けた。


「……まあ、そうだな」


 フクロウの言ってることは正論だ。

 なにも言い返せない。


「では行こう。川向うの森まで連れて行ってやる」


 川を隔てることで互いのテリトリーに侵入しないという無言の取り決め。

 フクロウは巣穴の入口に立った。

 俺も隣に立って、川の対岸に広がる樹海を眺める。


 もしここが、あの〝新島〟だとしたら、指揮所は東海岸にある。

 既に蜘蛛女のいた建物からはだいぶ東に移動したと思うが、ここから海岸まではどのくらいの距離だろうか。

 今もそこに、部下たちはいるだろうか……。

 南波チトセは……。


「運んでもらいたいところがあるんだけどな」


 俺は視線を樹海から遠くの空へと動かした。


「運ぶぅ? 私を乗り物タクシー代わりにする気か?」


 フクロウは面倒そうに対応する。


「いいじゃん、素直に出ていくんだしそれくらい」

「まあいいが……どこへだ?」

「人間のいるところだ」

「人間だと?」

「そうだ。人間のいるところまで運んでもらいたいんだ」


 フクロウは無言で俺を見下ろしていた。

 その表情は、人間の居場所について明確に知っているように見えた。

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