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第14話

 父親フクロウはその太い足を目一杯伸ばし、鋭い爪の先端でムラサキを床に縛り付けている蜘蛛の糸を切ろうと足掻いている……。


「ん?」


 空振り。

 穴の入り口が狭くてこれ以上足が入らず、そのせいで父親フクロウの爪先がムラサキのいるところまで届かないのだ。


「んん?」


 ……と、見てる間に、爪が何度も空を切っていた。


「あっ、あれ? うん? もうちょっとか……」


 父親鳥はバサバサと羽を広げて姿勢を制御しながら、片足を突っ込んでは空振りしてを繰り返した。

 試行錯誤しているうちに、俺を拘束している糸を引っかけて切ったりしている。

 父親フクロウは足をいったん引っ込めた。

 どうしたものかと思案顔で自分の足と穴の中を交互に見ている。


「……なにかお困りのご様子?」


 俺は声をかけてみる。


「べ、別に困ってなどいないが」


 彼は嘘が下手だった。

 視線が泳ぎ、声が震えていた。

 明らかな強がりを言って、その後も試行錯誤を続ける。


「あきらめて、俺を助けるべきだ」

「……」

「……俺を解放してくれれば、俺がムラサキを助ける」


 父親フクロウはしばし沈黙していた。

 静かだった。

 いつのまにかヘリは帰投したようだ。

 森に生気が戻った、というか、生き物たちが活動を始めたのがわかる。

 みんな、息を潜めてヘリが去るのを待っていたのだ。

 鳥の鳴き声、小動物の走る音、木を登る音……。

 ってことは……。


「おい! 早く! 俺の糸を切ってくれ! 急げ!」


 叫びも虚しく、子蜘蛛の大群が一気に押し寄せ、父親フクロウに襲いかかった。

 同時に、穴の中にも子蜘蛛たちが乱入してきた。

 奴らが帰ってきたのだ。

 俺たちを食べに。


「子どもたち! チキンを逃がすんじゃないよ!」


 蜘蛛女が壁を上がってきて、穴の入口から顔を出した。


「お待たせしたわね! 今夜はご馳走パーリナイッ!!」


 とニッコニコで俺に微笑みかけてくる。


「待ってない待ってない」

「ちょっとね、先に鳥をやるから、後でゆっくり食べてあげるからね!」


 蜘蛛女はそう言って穴を出ると、フクロウめがけて尻から糸をバシバシ吹き出した。

 フクロウにしがみついている子蜘蛛たちも、彼女にならって糸を出し、翼を封じようとしている。

 蜘蛛の巣くらいなんてことないフクロウでも、こうも大勢にしつこく糸を吐かれ続けたら……。

 しかしさすがは猛禽類、フクロウは回転しながら急上昇と急降下を繰り返し、身体にまとわりついた子蜘蛛たちを遠心力で吹き飛ばす。

 そして再び上昇。


「くそっ! ……どこいきやがったチキン!」


 フクロウは蜘蛛女の視界から消えたかと思うと——上空から一直線に突っ込んできた。

 蜘蛛女は斜面を飛び降りてそれを躱し、フクロウは穴の入口で羽ばたきを繰り返して風を起こした。

 強烈な突風が穴の中に吹き込んできて、俺とムラサキに群がっていた子蜘蛛たちをかき回す。

 子蜘蛛たちは風圧で外に押し出され、パラパラと落ちていく。


「娘を助けてくれ!」


 フクロウは片足を穴の中に突っ込んできて、俺の身体を掴むと蜘蛛の糸から強引にむしり取った。

 俺は勢いで転がり、穴から落ちそうになるのをなんとか堪えた。

 速攻で起き上がって尻尾と両足で子蜘蛛たちを蹴散らしながら、


「ムラサキ! 今助ける!」

「さっさとやれよマミイ!!」


 ムラサキにたかる子蜘蛛をむしっては投げむしっては投げ、両手の爪でワシワシと糸をちぎって、彼女を引きずり出した。


「マミイ!」


 抱きついてきた彼女を両腕で抱え、慣れない二足歩行で転びそうになりながら穴のふちに立った。

 下を見ると、蜘蛛女が斜面を這い上がってくる。

 そのさらに下から子蜘蛛たちが、真っ黒い波のように押し寄せてくる。


「お前たち、逃がしたら今夜は飯抜きだよ!」


 蜘蛛女が叫ぶと、子蜘蛛たちが一気に壁を登ってきた。

 どうする?

 腕にムラサキを抱え、壁の下からは蜘蛛の群れだ。


「飛べッ!」


 視界の外からフクロウの声——這い上がってくる子蜘蛛たち——よくわかんないけどここは声に従って飛び降りるしかないのか——。

 二三歩助走をつけて——跳んだ。

 子蜘蛛たちが俺の尻尾にギリ食いついてきた。

 蜘蛛女が壁からジャンプ——手を伸ばして、俺の尻尾を掴んだ。

 はじめての自切。

 急降下したフクロウが俺を両足でキャッチ、そして急上昇。

 俺は必死でムラサキを抱える。

 振り返ると蜘蛛女が壁にへばりついたまま、悔しそうに俺たちを見上げていた。

 一瞬前まで俺の一部だった尻尾は彼女の手に掴まれ、自らの意思でくねくねと踊っている。

 がぶりと俺の尻尾を食った蜘蛛女の姿が、遠ざかっていく。

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