眼が合ってしまった。
穴の中を覗いてきた巨大な円い眼と。
猛禽、か……?
「こんなところにいたか……」
トカゲなんぞ一突きで殺せそうな、尖った嘴が動いた。
……俺、食われるの?
無数の子蜘蛛にちまちまと身体を食われてだんだん小さくなっていくような死に様よりいっそ、猛禽にガツッと心臓でもえぐり取られたほうがまだマシか。
それともあんたも俺を嘴の先でもてあそぶように食うのか。
「探したぞ……我が子よ」
嘴から発せられた低い声が、穴の中に響いた。
子……!?
てことは、こいつは父親?
当然俺のではないだろうから——。
「マミイのお父さん?」
ムラサキが真顔で言った。
「だから違うね。きみのお父さんだね」
俺はすかさずツッコミを入れる。
「あたしの? お父さん? あれが? マジで?」
「マジで。我が子って言ってるからね」
「じゃ、あたしのパピイってこと?」
「うんまあそういうことだね。きみのパピイだ」
ムラサキは口を半開きで父親フクロウをしばらく見たあと。
「……鳥じゃん?」
「きみ自分を何だと思ってる?」
俺たちの緊張感のない会話に父親フクロウはいい加減あきれているようだった。
「……娘よ。私が、そなたの父なのだ」
「父! パピイ! つまりあたしは娘ってこと!」
納得したらあとは早いムラサキの順応性。
本当に父親かどうかの証拠なんてなにひとつないんだが、もっとも俺を初手から母親扱いだから関係ないんだなそういうの。
てか鳥の親子ってなにか引き合うものがあるんだろうか、よく見つけたよなここ……。
「我が娘、そなたの名は?」
「ムラサキ!」
「ムラサキ。よろしい、いま助けよう」
「ありがとうパピイ!」
助かった……。
ひとまずは蜘蛛の飯にならずに済んだ。
とにかくここを脱出することができるなら父でも祖父でも誰でもいいから——。
「ありがとうございます! お父様!」
「は? 誰?」
「アキヲと申します! この度は助けていただけるということで」
「貴様じゃないが」
「あ、それはもちろんわかっております。お嬢様を無事救出されました暁には是非是非私めもご一緒に」
卑屈なくらい下手に出た。
これくらい腰が低ければ相手を刺激することなく……。
「私が助けるのは娘だけだ。貴様を助ける義理などないのでな」
まったく通用しなかった。
「そこをなんとか」
「貴様は食べ物なのだ。食べ物が喋ってはいけない」
「え? 食べ物? ワタクシが?」
「そうだ。貴様には、私と娘の食糧になってもらう」
あー……そういうこと。
やっぱあんたも食べる気か。
蜘蛛の次はフクロウかよ……もうやだこの世界。
「マミイも一緒に助けてよ! パピイ!」
ありがたいムラサキの助け船だったのだが。
「は? マミイ? 此奴が?」
「うん! マミイ! あたしの!」
父親フクロウは眼を細め、俺を睨みつけた。
「あ、ワタクシ、お嬢様のマミイをやらせていただいてまして……」
と答えた俺のことなんて完全無視し、彼は奥にいるムラサキとしか話さない構え。
「いったいどういった事情で此奴がマミイなのだ?」
「あたしが生まれたときからマミイはマミイなの! ね! そうだよねマミイ?」
「そうだね。俺が君のマミイで間違いないね」
いいぞムラサキ。
その感じでなし崩しに俺も家族ってことにしてくれ。
「待て待て待て待て此奴がマミイということは、私と此奴が夫婦ってことになってしまうではないか」
「いいじゃん! マミイとパピイで結婚すれば!」
「こいつはトカゲだぞ! しかもオスではないか何言い出すんだ」
「関係ないよ! マミイはマミイなんだから!」
その通り! マミイはマミイだ!
トカゲとはいえムラサキがマミイと慕う俺を、まさか食べるようなことはしないよな?
「聞くのだムラサキ。そなたの本当のマミイは死んだ」
「……えっ?」
それここで言っちゃうのかよ……。
「どういうことなの……パピイ?」
「お前の母、すなわち我が妻は、此奴の仲間のトカゲどもに殺されたのだ」
「ちょっ、待っ、違う違う違う違う違う!!」
それは本当に違う。
ムラサキの本当の母親はヘビと戦って死んだのだ。
……ただ、そのきっかけを作ったのが俺であることは否めないわけだが……。
「何が違うのだ。貴様の同族のトカゲが巣を荒らしていたんだぞ」
「フクロウはヘビと戦って死んだ。奴らは——別に仲間じゃないけど——トカゲたちが巣に来たのは、彼女が息を引き取った後なんだ」
「ヘビなんかいなかった。此奴の言うことは嘘ばかりだ」
「それはぁ……」
巣にはヘビの死骸があったはずで、そのヘビが母親フクロウを襲ったヘビで……ああ、俺がロープ代わりにして樹の下に落としたんだった。
「直接手を下してないとしても同族が巣を荒らせば貴様も同罪だ」
「だから俺は仲間じゃないっての! 見た目だって違うでしょ?」
いくら説明しても、父親フクロウは聞く耳を持たなかった。
「なんとか……助けてもらえないか……?」
「このところ虫ばかり食べていて飽きた。爬虫類の肉は久しぶりだ」
話を聞く気はないみたいだ。
あとはもうムラサキに説得してもらうしか。
「パピイ、マミイを助けてよ! お願い! あたしずっとマミイと一緒に暮らしたい!」
「ムラサキよ。私もそなたも、生き延びねばならんのだ。聞き分けてくれ」
「いやだパピイ! マミイを殺さないで!」
ムラサキの懇願は直ちに却下しにくいみたいで、父親フクロウは困り顔だ。
行ける、もう一押し。
「あんた父親だろ? 娘にマミイ食べさせるとかトラウマになるぞ」
「虎馬?」
「お願いパピイ!」
父親フクロウは何も聞こえないといった風をしばらく貫いていたが、やがて嘴を開いた。
「問題ない。貴様のことなど、三日で忘れるさ」
彼は長く鋭い爪を持った足を、穴の中に差し入れてきた。
これだけのゴツい爪があれば、蜘蛛の糸なんて簡単にザクザクぶった切れるだろうに……爪は俺をスルーして、奥へと進んでいったのだ。