俺は転生前の世界では、人間だった。
二回もやった。
今回はトカゲとして生まれたが、中身は転生前とかわらない、二人の人間の記憶を持っている。
俺の中に人間がいることを、蜘蛛女は知らない。
彼女は人間を恐れている。
つまり人間としての振る舞いが、この状況を打開する鍵になるはずだ。
これまで人間らしいことと言えば土下座しかしてこなかった俺だが、今度はひと味違う。
人間最大の武器、言葉。
言葉はときに剣よりも強い武器になるということを教えてやる。
必殺技、『説得』。
「あのさ、俺たち食べるの、ちょっと待ってみない?」
「えー」
「ちょっとでいいから話し聞いてくれないか」
「子供たち、みんなおなか空かしてんのよね」
「ネズミのことは増えるまで待ってたんじゃん」
「そのときは保存食も残ってたし、ネズミめっちゃ子供産むし、待ってた方がトータルで得かなって」
「俺たちも、同じようにした方が得じゃないかな?」
「それはまあ、あんたらも交尾して数が増えてくれるんならもう少し生かしとくんだけどさ」
ネズミが増えるという理由で生かされていたのなら、俺たちだって増えるまで生かしておくという選択肢があり得るはずだ。
どう増えるかは置いといて、今はそこに賭ける。
「俺たちだって卵産むぞ」
「え?」
「ムラサキは鳥類、俺は爬虫類、どっちも卵を産む」
「トカゲに鳥でしょ? 交尾できないよね? あとあんた雄じゃん?」
「そこはわかんないじゃん? 半人半蜘蛛がいるような世界だろ? 雄だって卵産むかもだしトカゲと鳥が交尾してグリフォンの卵産むくらいありえなくはないじゃん?」
「あーそれはそうかもだけどさ……」
いける。蜘蛛女は押しに弱そう。
ここは必殺技『一点突破』で……。
「え、交尾って!? マミイそんな眼であたしを見てたの!? 信じらんないっ!」
ムラサキがドン引きしている。
「見てないけど! そこつっこむと話ややこしくなるから黙ってて!」
「お前ロリコンかよえぐいな……」
蜘蛛女まで。
「そういう言い方やめろ。てかだいたいさ、鳥は交尾しなくたって卵産むんだよ。産んだ卵もらえばいいじゃん定期的に」
「んー……それは魅力かも……」
「今ここで食っちゃうより、将来たくさん卵産んでもらった方がさ、『トータルで得』だろ?」
「うーん……」
「……卵、食ったことある?」
「ないけど」
「美味いよ?」
蜘蛛女は迷っている。
もう一押しだ。
「トカゲには昔からさ、子に魚を与えるより釣り方を教えよっていう格言があってさ(ない)。それは眼の前の利益に飛びつくより、未来に投資しろっていうことなんだよね」
「うん、やっぱ今食うわ」
「なんて——?」
「その卵一個産むのに、どんだけのもん食わなきゃなんないか考えちゃった」
気づいてしまったか。
「それは別に気にしなくてもこっちの問題だし」
「だってあんたら蜘蛛食うでしょう?」
「俺もムラサキも蜘蛛は嫌いなんだ、あ、もちろん食べ物としての蜘蛛ね、隣人としては大好き」
「あたし好き嫌いしないよ! 蜘蛛だって食べる!」
空気読めムラサキ。
ここは好き嫌いしてもいいところなんだ。
「ムラサキは蜘蛛あんま好きじゃなかったよな? 蜘蛛より、ミミズとかオケラとかアメンボとかの方が好きだもんな?」
「うん! ミミズ好き! でも蜘蛛も好き!」
これが、好き嫌いしないで何でも食べろっていう教育の成果か。
「この子には言って聞かせるから。なんならまだ雛だから、俺が餌取って来てる状態だからさ、俺が食わせる物選べるわけだよ」
「それはそうだね」
「だから。頼む。ここは、助けてくれ。お願いだ」
結局泣き落とししかないのか……。
「ほら子供たち。食事の時間だよ。好きな方から食べな」
蜘蛛女の号令で、子蜘蛛たちは一斉にムラサキに群がった。
やっぱ雛鳥の方が美味そうなのだ。
「マミイ!!」
「待った! 俺から! 俺を先に食え! 外は固いけど中はしっとり柔らか! な、頼む!」
どうせ二匹とも食われるなら順番なんて関係ないが、ムラサキが食われるところをできれば見たくなかった。
「あんた爬虫類のくせに、好きな物最後まで残しておくタイプ?」
「俺? うんまあそんな感じ」
「あたし真っ先に食うタイプ。最後に取っといてさ、食べないうちに死んじゃうことだってあるわけじゃん?」
「待ってくれって。あんたも親ならわかるだろ? 子供が先に死ぬことがどんなにつらいか——」
言い終わらないうちに、蜘蛛女は子蜘蛛を一匹掴んで、口に放り込んだ。
むしゃむしゃと咀嚼しながら、
「んー関係ないかな」
このレベルの生き物たちトカゲも含めて子食い共食い上等だからそりゃ関係ないよな……。
ん?
そのとき、俺の耳に妙な音が届いた。
遠く彼方で発生した音だったが、トカゲとして生まれてからは初めて聞いた音だ。
これは蜘蛛女も気づいていて——。
「待ちなさい子供たち!」
子蜘蛛たちは動きを止めた。
「なんだこの音は……!」
蜘蛛女が穴の外を向くと、子蜘蛛たちもシンクロするように一斉に外を向く。
既に夜は明けて、空は明るい。
音は、次第に大きくなってきた。
大量の羽虫が空に飛び立つとこんな音だろうか。
俺は、この音が何か、知っている。