ぴよぴよ言うムラサキの鳴き声で目覚めた。
まだ夜明け前、真っ暗だ。
「ムラサキ? どうした? なんかあれ? 腹でも減った?」
「身体が! 身体が!」
「身体が?」
「動かないんだよ! 全然!」
起きようとしたが、俺も身体がうつ伏せのまま動けない。
よほど疲れていたのか、身体が持ち上がらないのだ。
金縛り?
人間だったときはたまにあったが、トカゲになってからは初めてのことだ。
「なんか、俺も金縛りなっちゃってるな」
「なに金縛り」
「身体が動かなくなる怪異現象」
「カイイ? じゃそれで。あたしも金縛り」
いやー、二匹とも揃って金縛りとかないでしょ……。
こういう表現も何だが、俺は転生とかやっちゃってる割にオカルトあんまり信じてないし。
つまり……これは金縛りじゃなくて、物理的に動けなくされているのでは?
周りからカサカサと音が聞こえる。
穴の中は真っ暗闇だがまちがいない、なにかに取り囲まれている。
それも結構な数だ。
眼がなれてきたのか外が明るくなってきたのか、うっすらと見えてきた。
無数の小さな眼が転々と星空のよう。
壁から天井から、びっしりと小さな蜘蛛が埋め尽くしていた。
「おっ、目覚めたみたいね」
穴の入口から、蜘蛛女が顔をのぞかせた。
「いいところにきた、ちょっと助けてくれる?」
「いいよ、どうかした?」
「なんか、体が動かせなくて」
「うん。そうだろうね」
「今、俺たちどうなってるん?」
「ん? 床に貼り付いてるよ糸でぐるぐる巻きになって」
「糸? 糸って何だよ糸って」
「それは……あたしがおしりから出した糸、って言わせんなよ恥ずかしいな」
蜘蛛女は顔を赤らめている。
俺とムラサキは、蜘蛛の糸で固定されているらしい。
それはすなわち……。
「食べる気だ! あたしを食べる気でしょう! キャアアアア!」
ムラサキが甲高い声で鳴いた。
「ムラサキ、大丈夫だ、そんなことしないから、いま助けてくれるってさ! ね?」
蜘蛛女は難しい顔で腕組みしている。
「まー助けるっていうのがどういう意味かにもよるなー」
「なにそれどういう意味?」
「ほら、この世の苦しみから解放されるのは、ある意味救いじゃない?」
「なに急に宗教じみたこと言って」
「シンプルに言うとね。あんたたちは、あたしとあたしの子供たちの飯になるってことよね」
「シンプルだなー」
と、ここまで聞いたところでムラサキが得意げに、
「ほら! あたしの本能が! 言ったでしょマミイ! ここはいやだって! あたしの本能の囁き! 当たったでしょ!」
ピヨピヨうるさい。
「ちょっと静かにして」
「次からはあたしの本能の囁き信じてよね!」
次があればな……。
「大丈夫だよムラサキ。話せばわかってくれるから」
「はあ? 虫に話通じるわけないじゃん! 甘いんだよマミイは!」
……確かに甘かった。
相手が半分人間だからだろうか、完全に油断していた。
話せるから理解し合えているのだと思い込んでいた。
こいつらは蜘蛛なのだ。
昼に見た穴の中からの視線はこの子蜘蛛たちだ。
俺たちはここに着いたときから飯だったのだ。
「どうしてこんなことすんだよ」
「どうしてって、食べるからに決まってんじゃない」
「俺たち食べ物じゃないぜ?」
「あたしたち保存食食べ終わっちゃってさ。早く次の食料確保しないと死んじゃうとこだったのよ」
「話聞いてる?」
「飯がなんか喋ってんの聞く必要ある?」
「ひどいよ……」
「ひどい? 食べるんだからひどくはないじゃん」
「きみ半分人間じゃん? 人間だったらさ。コミュニケーションでなんとか妥協点探すのが人間っていうか……」
蜘蛛女はため息をついた。
「お前人間のこと全然わかってないじゃん」
「はあ……!?」
いやいや、俺も転生前は長いこと人間やってきたんだが。
「あたし人間ほど無駄に生命消費する生き物見たことないんだけど」
「それ言ったらそうかもしれんけどさ――」
だめだ相手のペースに乗せられては。
「——てかもしかして前の住人のネズミさんたちって、飯に?」
「ネズミって子供を年五六回産むんだってね。その都度子供いただければおいしいかなーと思って放置してたんだけど、増えすぎても結構脅威でさ。だから、子供産んですぐに一家全員おいしくいただいたってわけ。やっぱ生まれたては柔らかくておいしいし、母親出産直後で弱ってたからちょうどいいかなって」
「ウワァ……」
その惨状を想像して背鰭が震えた。
震えながらも必死に頭を回転させて、俺は生き残る方法を模索していた。
なんとかしなきゃ、俺もムラサキもここで終わりだ。