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第9話

 ぴよぴよ言うムラサキの鳴き声で目覚めた。

 まだ夜明け前、真っ暗だ。


「ムラサキ? どうした? なんかあれ? 腹でも減った?」

「身体が! 身体が!」

「身体が?」

「動かないんだよ! 全然!」


 起きようとしたが、俺も身体がうつ伏せのまま動けない。

 よほど疲れていたのか、身体が持ち上がらないのだ。

 金縛り?

 人間だったときはたまにあったが、トカゲになってからは初めてのことだ。


「なんか、俺も金縛りなっちゃってるな」

「なに金縛り」

「身体が動かなくなる怪異現象」

「カイイ? じゃそれで。あたしも金縛り」


 いやー、二匹とも揃って金縛りとかないでしょ……。

 こういう表現も何だが、俺は転生とかやっちゃってる割にオカルトあんまり信じてないし。

 つまり……これは金縛りじゃなくて、物理的に動けなくされているのでは?

 周りからカサカサと音が聞こえる。

 穴の中は真っ暗闇だがまちがいない、なにかに取り囲まれている。

 それも結構な数だ。

 眼がなれてきたのか外が明るくなってきたのか、うっすらと見えてきた。

 無数の小さな眼が転々と星空のよう。

 壁から天井から、びっしりと小さな蜘蛛が埋め尽くしていた。


「おっ、目覚めたみたいね」


 穴の入口から、蜘蛛女が顔をのぞかせた。


「いいところにきた、ちょっと助けてくれる?」

「いいよ、どうかした?」

「なんか、体が動かせなくて」

「うん。そうだろうね」

「今、俺たちどうなってるん?」

「ん? 床に貼り付いてるよ糸でぐるぐる巻きになって」

「糸? 糸って何だよ糸って」

「それは……あたしがおしりから出した糸、って言わせんなよ恥ずかしいな」


 蜘蛛女は顔を赤らめている。

 俺とムラサキは、蜘蛛の糸で固定されているらしい。

 それはすなわち……。


「食べる気だ! あたしを食べる気でしょう! キャアアアア!」


 ムラサキが甲高い声で鳴いた。


「ムラサキ、大丈夫だ、そんなことしないから、いま助けてくれるってさ! ね?」


 蜘蛛女は難しい顔で腕組みしている。


「まー助けるっていうのがどういう意味かにもよるなー」

「なにそれどういう意味?」

「ほら、この世の苦しみから解放されるのは、ある意味救いじゃない?」

「なに急に宗教じみたこと言って」

「シンプルに言うとね。あんたたちは、あたしとあたしの子供たちの飯になるってことよね」

「シンプルだなー」


 と、ここまで聞いたところでムラサキが得意げに、


「ほら! あたしの本能が! 言ったでしょマミイ! ここはいやだって! あたしの本能の囁き! 当たったでしょ!」


 ピヨピヨうるさい。


「ちょっと静かにして」

「次からはあたしの本能の囁き信じてよね!」


 次があればな……。


「大丈夫だよムラサキ。話せばわかってくれるから」

「はあ? 虫に話通じるわけないじゃん! 甘いんだよマミイは!」


 ……確かに甘かった。

 相手が半分人間だからだろうか、完全に油断していた。

 話せるから理解し合えているのだと思い込んでいた。

 こいつらは蜘蛛なのだ。

 昼に見た穴の中からの視線はこの子蜘蛛たちだ。

 俺たちはここに着いたときから飯だったのだ。


「どうしてこんなことすんだよ」

「どうしてって、食べるからに決まってんじゃない」

「俺たち食べ物じゃないぜ?」

「あたしたち保存食食べ終わっちゃってさ。早く次の食料確保しないと死んじゃうとこだったのよ」

「話聞いてる?」

「飯がなんか喋ってんの聞く必要ある?」

「ひどいよ……」

「ひどい? 食べるんだからひどくはないじゃん」

「きみ半分人間じゃん? 人間だったらさ。コミュニケーションでなんとか妥協点探すのが人間っていうか……」


 蜘蛛女はため息をついた。


「お前人間のこと全然わかってないじゃん」

「はあ……!?」


 いやいや、俺も転生前は長いこと人間やってきたんだが。


「あたし人間ほど無駄に生命消費する生き物見たことないんだけど」

「それ言ったらそうかもしれんけどさ――」


 だめだ相手のペースに乗せられては。


「——てかもしかして前の住人のネズミさんたちって、飯に?」

「ネズミって子供を年五六回産むんだってね。その都度子供いただければおいしいかなーと思って放置してたんだけど、増えすぎても結構脅威でさ。だから、子供産んですぐに一家全員おいしくいただいたってわけ。やっぱ生まれたては柔らかくておいしいし、母親出産直後で弱ってたからちょうどいいかなって」

「ウワァ……」


 その惨状を想像して背鰭が震えた。

 震えながらも必死に頭を回転させて、俺は生き残る方法を模索していた。

 なんとかしなきゃ、俺もムラサキもここで終わりだ。

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