人間以外の生き物というのは、活動時間中の殆どを食べ物探しに費やす。
食べ物を探す以外の時間は何をしているかというと、見つけた食べ物を食べている。
食べ物を見つけ、食べ物を食べる、それ以外の時間は何をしているかというと、食べ物を消化している。
そしてそれ以外の時間は、寝ている。
だから敵と戦ったり逃げたりという行動は無駄な消耗で、できる限り避けるべきだ。
「ここで休んでおこう」
「休む! 休む……休むぅ」
ムラサキは言うなりぱたん、と倒れるように寝転んだ。
生まれたばかりの鳥の雛には、走って逃げるというのはだいぶ堪えたようだ。
実は俺の体力も限界——というより変調をきたしていた。
胃液を吐いたせいか、胸が焼けるように苦しく、やたら暑い。
「だいぶ距離も取れたし。あいつらはあの場の食料を捨ててまでは追って来な……」
言葉が途切れた。
「どうしたのマミイ?」
「……別に……なんでもない」
なんでもなくなかった。
間違いなく体温が上がっている。
変温動物のはずなのに。
心拍も早まっている。
心臓の鼓動が全身に伝わって脈動しているようだ。
もしかしてさっき食ったヘビの肝のせいか?
それとも内臓に寄生虫がいたとか?
食べたら死ぬ的な?
今にも体が破裂しそうだった。
体中の血管が沸騰している——。
「マミイ、顔!」
ムラサキは右の翼をぱたぱた振り上げて指差した。
俺の顔の真ん中に縦一直線のヒビが入り、左右に割れた。
——あ! これが脱皮か!
「うわっ、キモッ!」
ムラサキが叫んでドン引きするほど、頭の裂け目から透明のどろどろした液体が、糸を引いて流れ落ちている。
「どうしちゃったのマミイ!」
「た、たぶん脱皮だから」
「え、脱皮ってこんな感じだっけ?」
「さ、さあ……俺も初めてだし……」
顔から始まったヒビはやがて体中に蜘蛛の巣のように伝染し、ヒビというヒビから体液がにじみ出ていた。
あれ? これって脱皮……じゃないのかな……?
なにか、出てはいけない体液が垂れ流されてる気がするんだけど……。
大丈夫か俺?
脱皮かな?
脱皮じゃないかな?
脱皮かな?
脱皮じゃないとしたらなんだろう、病気かな?
俺の全身に入った網の目のような亀裂、そこからにじみ出る体液、ミシミシと軋みながら脈動する鱗——どう見ても俺の知ってる爬虫類の脱皮とは思えない。
だいたい皮を脱いでない。
しかし確実に身体は大きくなっていた。
膨張していく身体が収まりきらなくて皮膚が割れている感じだ。
この感覚、覚えがあった。
人間だった頃。
金剛身を実践したときの感じだった。
腹の奥から湧き上がり、全身に波のように広がる力——闘気、と呼ばれるもの。
ズキン、ズキン、と心臓が動くたび、血管を通じて全身にパワーが行き渡る。
そのパワーは末端の血管を押し広げ、細胞を膨らませる。
身体が一回り大きくなったような気がしたものだ。
なんだか懐かしい……。
すべてが鎮まったころには、俺の身体は以前の倍ほどに大きくなっていた。
「なんか見た目すっごい凶悪なんだけどー!」
ムラサキの、俺の外見に対する忌憚のないご意見。
「え、そんなにかなあ?」
「そんなにだよ! 絶対普通のトカゲじゃないし絶対あたしを食うでしょう?」
「食べないよ!」
「食うね! 鳥食う顔してるわ!」
顔は鏡がないからわからん。
が、見える範囲から判断するに——。
首、手足、尻尾が前より延びている。
鱗は細長く尖って攻撃的になった。
こめかみに小さな突起が生えた。
背中から尾にかけて鰭のような筋が浮かんだ。
母とは似ても似つかない姿。
異形、というにふさわしい。
これがあなたのいう特別なのでしょうか。
俺はあなたの、本当の子供だったんでしょうか……?
ムラサキはまだ少し引いている。
俺は、手を伸ばした。
「大丈夫だよ。こんな見た目になったけど、俺は君のマミイだ」
ムラサキは恐る恐る俺に近寄り、差し出した手から腕を伝って背に乗った。
「行くか」
俺はムラサキを乗せて、歩き出した。
「どこ行くの?」
「住むところを探そう。君が飛べるようになるまで、安心して暮らせるところだ」
◇
崖の斜面の中ほどに、住むにはぴったりすぎる小さな穴がある。
そういう場所は他の動物の住処にもぴったりなので、先住動物がいる可能性が高い。
登って確かめたいが、何がいるかわからないのでムラサキを連れていきたくない。
かといってここに残して俺だけ登っていくのも危険だ。
考えあぐねて暫くのあいだ崖の穴を眺めていた。
眺めながら、ムラサキに飯を食わせていた。
捕まえたコガネムシが大きすぎたので、一口サイズにむしりながら、くちばしに放り込む。
崖の穴の暗がりをぼんやりと見ていると、穴の暗がりもまた俺を見ていた。
陽の光が穴の闇をより濃くしている。
その闇の中から、無数の眼がこっちを見ていたのだ。
眼からは何の意思も感じられないが、味方でないことはわかる。
ムラサキを背に乗せて、いつでも脱兎で逃げられる体勢を整えたところで、声が聞こえた。
——そこでなにしてるの?
どこから声がしているのかわからない。
——あたしの家に、なにか用?
家とはあの穴のことか……?
——あの穴はあたしの家だから、狙ってるなら他行きなよ。
穴の中から話しかけられているものかと思ったのだが、中から感じていた視線はすっかり消えている。
これは、蜘蛛だ。
蜘蛛は尻から出した糸を張り巡らせ、その振動で会話をすることがある。
声は付近の糸から発せられているのだ。
本体がどこにいるかはわからない……。
——上だよ、上。
見上げると、大きな蜘蛛が樹の枝から糸でぶら下がっていた。
普通の蜘蛛ではなかった。
でかいのはともかく、普通じゃないのはその顔だ。
人間の顔をしている。
若い女に見える。
蜘蛛の下半身に、人間の上半身が付いているのだ。
これは……俺が最初に生まれた異世界に存在した、いわゆる
ということはつまり、この世界は……異世界?