「こんにちわ世界ッ!」
くちばしが叫んだ。
俺は依然として口いっぱいに卵を咥えたままなのだが、その咥えた卵の中から今まさにフクロウの雛が生まれようとしていた。
雛の両足が卵の殻を突き破り、しばらくジタバタしていたかと思うと、ぽんっ、と俺の口から卵ごと飛び出して、慌ただしく駆けずり回った。
「あたし生まれた! 今生まれた! うれしい! ハピバスデトゥミ! コングラ! コングラチュレショ! おめでとうあたし!」
ぴよぴようるせえな。
「この殻なに? 殻うぜえ殻! なにこれ邪魔! ちょっとあたしの誕生邪魔しないでマジで!」
さえずりながら殻を脱ぎ捨てていく。
「あたし最高! だってあたしは! 何にでもなれる! だって! あたしの可能性は無限大だから!」
この悲惨な弱肉強食の世界に生まれてポジティブ過ぎないかこの雛。
「あれ? 世界どうした? 暗いな! おい暗いぞ世界、スタートからこんなんで大丈夫か?」
最後の卵の殻が頭にかぶさっていたので取ってあげた。
彼女はキョロキョロして、大きな目をパチパチして、またキョロキョロ。
「ん? なにこの——」
彼女は自分が生まれ落ちた巣の惨状を眼にして、さらにパチパチまばたきを繰り返した。
兄弟姉妹たちの中身が、ドロドロと巣を埋め尽くしている。
「なんだよこのスプラッタ……。ずいぶんな祝福だな……」
彼女はため息をつくと、俺を見て首を傾げた。
「あんたがマミイ……?」
「んー、そういうわけではなくて……」
「マミイ?」
「あー。あの、君のマミイは……」
——後ろで死んでるよ。
って生まれてすぐの雛に現実を伝えるのも何だかな……。
「マミイでしょ……?」
雛は近づいてきて、上目遣いで俺を見る。
俺だってまだ全然幼体だってのに、ましてやトカゲだってのに、今からフクロウの雛を育てるなんてハードル高すぎなんだよ……。
「マミイ?」
頼む、その眼をやめてくれ。
「君のマミイは……」
……死に際に頼まれちゃったしなあ。
「……俺だ」
「マミイ!」
雛が俺に抱きついてきた。
親、か。
なんだか不思議な気分だ。
「あたしの名前はムラサキ! どうしてかわかんないけどムラサキって感じ! ムラサキって呼んでマミイ!」
「ああ……」
テンション高……。
「マミイ飯! すぐ飯にして! めっちゃ腹減ったわ!」
そうだよな、どんなときでもどんな状況でもとりあえず飯、だ。
言われてみれば俺も相当に腹が減っている。
「これ食っていい? これ食っていい?」
「いいよ、好きなだけ食べな」
「やった!」
ムラサキは巣の上でスクランブルエッグになった彼女の兄弟たちを、一心不乱につつき出した。
俺は……。
息を引き取ったばかりのフクロウの親鳥を、その子供の前で食べる気にもなれず……。
見るとヘビが、フクロウの爪で胴体を切り裂かれて死んでいる。
裂け目から、内臓が飛び出していた。
それがやけに美味そうに見える。
母を食ったヘビを、俺が食う。
これは、仇を討ったことになるのだろうか。
もしや、と思い胃袋を触ってみたが、母はすでにいなくなっていた。
俺はヘビの肝臓に食らいついた。
新鮮で、柔らかくて、美味しい。
トカゲとして生まれてから、こんなに美味いものを食ったのは初めてだ。
ヘビの内臓は、前の世界では薬だった。
中でも胆のうは蛇胆と呼ばれとくに珍重されていた。
俺は胆のうを探した。
胃袋と腸を繋ぐ境目に、緑色の玉がくっついている。
その玉を引きちぎり、一口に飲み込んだ。
喉の奥でプチッと潰れた胆のうは胆汁を放出した。
死ぬほど苦いが、喉から体の奥にかけて流れていくに従い、まるでお湯を飲んだみたいに熱くなった。
力が湧いてくるようだ。
今なら、俺はどんな敵が来ても倒せそうな気がする。
「アキヲ」
不意に名指しで呼ばれ、振り向くと思いっきりガツンと頭突きを食らった。
少しよろめいて後ろに下がる。
俺の兄弟——長兄のセゲアがそこにいた。
「久しぶりだなぁ、アキヲ。元気にしてたか? え?」
もう最初の脱皮を済ませたのだろう、最後に見たときより一周り大きくなっている。
どこにいたんだ今まで……。
「お前はマミイと一緒にヘビの胃の中に収まったと思ってたよ。運のいいやつだ」
セゲアが笑うのに合わせて、彼の背後にいるトカゲたちも笑った。
兄弟たち。
彼らはセゲアに服従していた。
少し数が減ってるのは野垂れ死んだか、食料にされたか。
「それにしてもすごいな、ヘビにフクロウ、それも巣ごとやっちまうなんて。ひでえもんだ……」
セゲアは感心したように周囲を見渡す。
「……これが、あの蛇か?」
俺は無言で頷く。
「マミイの仇を討ったんだな……」
セゲアはヘビの頭を蹴った。
それを合図に兄弟たちも一斉にヘビの死体を蹴り始めた。
「アキヲ、お前、なかなか見どころがあるな。仲間にしてやってもいいぜ」
「え?」
「俺に忠誠を誓え。そうすれば、また兄弟として認めてやる」
セゲアは俺の頭から尻尾まで眺め、値踏みした。
「チームを組めばでけえ獲物だって狩れる。俺たちはそういう訓練もしてるんだ。トカゲの幼体が一匹で生きていくのは、この先きついぞ?」
言うとおりだった。
ここまで来た道中でも、単独だったために敵に襲われて殺されたり食われたりした小さな生き物をたくさん見た。
もちろん俺だって紙一重だった。
この世界はそういうところだ。
「見ろ兄弟たちを。教育が行き届いてるだろ? これだけの食い物を前にして一匹たりとも勝手な真似はしねえ」
なるほど、兄弟たちはよく訓練されている。
というよりもセゲアの顔色を常に気にしている。
奴に従い、役に立つところをアピールしないと、無用と判断されたヤツから順に食われていくのだ。
「お前ら、食っていいぞ」
セゲアは、巣の中にこぼれた生卵を指し、兄弟たちに言った。
「いいんですか?」
「おう、食え食え。ここにあるものは全部俺たちのものだ」
「ありがとうございます!」
兄弟たちはゲコゲコと喉を鳴らして卵をむさぼり食った。
「兄貴のぶんは取っておきますから!」
一匹が言った。
「なんだお前、俺にこぼれた生卵を這いつくばってすすれっていうのか?」
「あ、いえ、ちが、あ、すいません」
「俺は、あれを食うからよ」
セゲアはムラサキを見て、眼を細めた。
「鳥は活きのいいヤツを踊り食いするに限る」
と、舌なめずりをした。