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第4話

 樹上の巣に、フクロウがいる。

 根元のウロには、ヘビがとぐろを巻く。


 俺は、息を潜めて復讐の機会を伺う。

 俺を特別と言ってくれた、母のために。



 フクロウをはじめとする猛禽類は、鳥にしてはかなり攻撃的な肉食だ。

 ワシやタカやトンビ、みんな爬虫類だろうが哺乳類だろうが構わず食う。

 ヘビクイワシっていうのもいるくらいだから、フクロウだってヘビを食うだろう。


 フクロウに、ヘビを襲わせる。

 そのためには、どうにかしてヘビの存在をフクロウに伝えなければならない。


 下にヘビがいますよ! とフクロウにご注進に行くのが一番早いが、その場合俺がフクロウの餌になる。


 危険だが、ヘビを巣まで誘導し、フクロウの巣を襲わせるしかないだろう。

 そうなればフクロウも黙ってはいられないはず。


 俺は、ヘビが飛びかかってもギリ届かない高さまで樹に登った。

 そして、眠ろうとしているヘビの頭に小石を投げつけた。

 ヘビはうざそうに頭を起こす。

 俺を見て、諦めたようにとぐろの中心に頭を埋める。

 再び寝ようとしたところにまた小石。

 しつこく繰り返し、何度目だったか数え疲れたころにヘビが猛烈なスピードで這い上がってきた。


 やった! 釣れた!


 俺は樹を駆け登る。


 巣までたどり着けば、あとはフクロウなんとかしてくれる。


 ヘビの猛追から逃げ、夢中で登った。


 そして転がるようにフクロウの巣へと滑り込んだ――のだが。


 ……フクロウがいない。


 嫌がらせに熱中しすぎてフクロウが飛び立ったのに全く気づかなかった。


 しかもヘビは――。


 え、追ってきてない?

 途中であきらめた?


 ヘビよ……。

 根性無しめ。


 かといってもう一度チャレンジする気力も体力もなく、俺は誰もいないフクロウの巣で呆然としていた。


 まあいいか……次の機会を待とう。

 今日のところはいつものように穴掘ってクソして寝るか――。


 ふと見ると、巣に卵が並んでいた。


 これがフクロウの、卵か。

 1、2、3、4……7個ある。


 卵は、細い枝と羽が複雑に入り組んだベッドで肩を寄せ合い、月明かりに白く光っている。


 これが、なんていうか、もう――。


 めちゃめちゃ美味そう。


 俺はトカゲに転生してから今日まで、主に虫を食って生きてきた。

 虫は歩留まりが悪く、食えるところがほとんどないうえにとにかく不味い。

 不味いけど食わなきゃ死ぬので仕方なく食ってる。


 そんな俺の前に、卵――当然、フレッシュだ。


 生卵。


 ……。


 だめだなあ、卵を置いて夜中にほっつき歩くなんて。


 ……。


 1個くらいいいだろう。

 7個もあるんだし。


 ためしに卵の一個にかぶりついてみた。


 なんとか運べそうだ。


 一飲みにするには少々大き過ぎだったが、咥えて持ち上げることはできる。


 このまま運び出して、安全な場所でゆっくりと、殻に穴を開けて中身をちゅうちゅう……考えただけでよだれが止まらない。


 顎が外れそうになるほど開いた口で卵を咥え、さあ帰ろうとしたとき、何かと眼が合った気がした。

 二つのつぶらな瞳が俺を見ている。


 フクロウだった。


 フクロウが、今にも卵を盗み出そうとしている俺を、見下ろしていたのだ。


 あー。


 終わったわー。


 今度こそ終わったー……とすべてを諦めどうせ数秒後に死ぬならと、その前に最後の晩餐、卵を食ってからせめて一口だけでもと顎に力を入れたとき。


 フクロウが両翼を広げて宙に浮き、瞬時に足の鉤爪を突き出して、空気の上を滑るように突進した先は俺ではなく、背後で鎌首をもたげていたヘビだった。


 ヘビ! いつの間に!


 ヘビはフクロウに噛みつこうとしたが空振り、逆に爪で皮膚を破られた。


 俺は卵を置いて逃げようにも卵が顎にぴったりハマりすぎて外れず、とうとう逃げ場を失って巣の陰に潜り込んだ。

 頭上ではヘビが暴れ、その重さにグイグイ押されて体と卵が潰れそうになる。

 いっそこの場で卵が割れれば中身をちゅうちゅう……どころではないほどの壮絶な格闘が巣の上で行われていた。

 どっちが勝ったとしてもこのままでは俺の立場は危うい。


 どのくらい経ったか……。


 災害が過ぎ去っていくのを待つときのような、ひたすら祈るしかない時間が過ぎ、やがて静かになった。


 巣から這い出すとまずヘビの顔が目の前に現れたが、奴は腹を割かれてすでに死んでいた。


 母の仇。

 その代償はでかかった。

 羽根が散乱し、巣には割れた殻、飛び出た白身、潰れた黄身、まだ半分液体の雛、それらがスクランブルエッグのように撹拌され、その上にヘビから飛び出た内臓がトッピングされていた。


 奥でフクロウが――血まみれのフクロウが枝にもたれ、翼を上下しながら浅く呼吸をしていた。


「……ありがとう」


 フクロウが言った。


 お礼を言っている?

 俺は礼を言われるようなことはしていない、むしろ謝らなければならない方で、そもそもこの状況の根源が俺で、俺さえ来なければこんなことには……。


 と言おうとした。

 実際は、


「んがっ……んぐっ……ごっ……」


 卵が口に詰まった状態でなにひとつ言葉にならなかった。


「……卵を守ってくれて……ありがとう」


 フクロウが言った。


 これは守ったのではなく食べようとしたので、でも結果的に守ったことになったのならそれはそれで恐縮です……とは言わなかった。

 言う必要がないしどうせ今喋れない。

 ここは卵を守った、ということにしておく。

 それがお互いに幸せだ。


「頼みがあるのだ。小さき竜よ」


 竜、か。

 そう呼ばれて悪い気はしないな。


「最後の一個だ。その子を頼む。せめて飛べるようになるまで……見守ってやってくれ」


「うぐ……」


 俺は頷いた。

 彼女はトカゲが変温動物であることを理解しているだろうか。

 俺にはこの卵を温めることができない。


「……頼んだぞ、小さき竜よ。この体を供することで礼に代えたいところだが……あいにくヘビの毒が回ってしまった」


 心配いらない、ヘビの毒は口から入れても効かないそうだ。


 フクロウが息絶えるのと、ほぼ同時だった。

 俺の口をふさいでいた卵の殻にパリパリとヒビが入り、くちばしが飛び出した。

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