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第34話 ご主人様への贈り物

 十一月二十二日、土曜日。

 司の誕生日当日。


 今日も私は、普段通り司の世話係として家事をこなしながら、来週に控える二学期末定期考査に向けて並行して勉強して過ごしていた。


 しかし、やはり集中出来ない…………


 私なりに考えて司の誕生日のお祝いの品はきちんと用意したが、いくら悩んでも司に喜んでもらえる確証はないワケで、結局こればっかりは実際に渡してみないとわからない。


 って、いやいや!

 別に私は喜ばせたいんじゃなくて、司をビックリさせて日頃のからかいと意地悪の仕返しにぎゃふんと言わせてやりたいのだ!


 もちろん、その結果喜んでくれるなら悪い気はしないが…………


 そんな拭えない悩みが胸の奥で渦巻く中、夕方頃に司の家に贈り物が届いた。


 それは、前に千春さんが電話で話していた自社ブランドのロングコートだ。


 シンプルながらも洗練されたデザインで、司の細身なシルエットにピッタリ合うハイセンスな一品。


 司もその誕生日プレゼントには思わず目を丸くして「流石、センス良いな千春先輩……」と感嘆の音を溢していた。


 今頃は院瀬見の本家の方にも、家に関わりのあるあらゆる人物達から、大量の贈り物が届けられていることだろう。


 千春さんのプレゼントほど気の利いた品物かどうかはわからないが、どれも高価で高品質のものであることに違いない。


 そうやって妙にハードルが持ち上げられるまま、太陽は地平線の向こう側へと沈み、夜の帳がスッと降ろされた――――



「ごちそうさま~」

「お粗末様でした」

「いやぁ、流石俺の結香。いつものことながら美味い」


 ニヤリと笑いながらそう言った司が、私の作った夕食を綺麗に完食し、カチャ……と食器をリビングテーブルに置く。


「褒めてくれるのは素直に嬉しいんですが、俺の結香って……いやまぁ、間違ってはないかもしれませんけど……」


 確かに私は司の世話係だが、まるで物であるかのような口振りをされたので、若干の不服の意思を込めて半目を作って睨んだ。


「言い方がちょっと~」

「でも、間違ってはない、と」

「そりゃあ、そうですけどぉ……」


 司が向けてくるのは、やはり意地悪な笑み。

 私自身に、私が司の所有物であることをその口で認めさせたいかのよう。


 だから、私が渋々肯定すると、司はそれはもう狙い通りで愉快だと言わんばかりに口角を持ち上げる。


 でも、今日は私はこのニヤケ面をぎゃふんと言わせるのだ!

 そのために折角準備したのだから!


 ダイニングテーブルに広がった空の食器をキッチンへ運び、軽くすすいでから食洗器の中に並べる。


 そして、リビングのソファーに座ってくつろぐ司を確認してから、事前に冷蔵庫の奥に仕舞ってあったモノを取り出す。


「よしっ……」


 取り出したそれを静かに持ち上げ、特に何をするでもなくくつろいでいる司のもとへ運んでいった。


「司」

「ん~? 何だ結――」


 ――香、と私の名前が最期までその口で紡がれることはなく、こちらに振り向いた司が榛色の瞳を丸く見開いた。


 それは大きな白い丸皿に乗せられている。

 歪みのほとんど見当たらない綺麗な背の低い円柱型。

 上から艶やかにチョコレートでコーティングされたそれは――ショコラムースケーキ。


 流石にその道のプロであるパティシエが作ったものには及ばないが、それでも一般にお菓子作りをかじっている程度の者では到底作り上げられない完成度。


 世話係として必要な技術を幼少から教え込まれた経験と、その基礎を元に自分なりに研究して作ったケーキだ。


 さも鏡面のような深い艶を出すチョコレートの上には、ラズベリーとブルーベリーで彩りを持たせており、見栄えも申し分ない。


 私の自信作だ。

 でも、いざこうして目の前に出すと、司がどんな反応を見せるのか少し不安になる。


「その、誕生日……なので」


 それでも、私は言葉を紡ぐ。

 脳裏に千春さんの助言を浮かばせながら。


 ――素直な気持ちで。


「プレゼント、色々考えてはみたんですけど……思い付くのはありきたりなモノばかりで、どれも皆様から頂く品物の下位互換にしかなりません……」


 だから――と、私は無意識のうちに早まる鼓動に乗せられるように、少し声を大きくする。


「これが、誰のモノとも違う、私だけが司に渡せるプレゼントです!」


 コトッ、とショコラムースケーキを司の前のリビングテーブルに置く。


「もちろんその道の方に注文した方が美味しいでしょうけど……」


 しまった。

 結局最後に弱音を呟いてしまった。


 しかし――――


「……いや」


 そんな私の不安は、司が掻き消してくれた。


「めっちゃ嬉しいし、めっちゃ美味しそう……!」

「……っ!?」


 俯きつつあった顔を持ち上げると、顔の下半分を片手で覆った司が、驚きを隠せないように目の前のケーキを見詰める姿があった。


 まさかこんな反応をしてくれるとは思っていなかったからか、不意を喰らったように私の心臓が胸の奥で早鐘を打ち、体温がじわぁ……と上昇していく。


「お、驚いてくれましたか……?」

「ああ……! 驚いたし、マジで嬉しい……」


 司がケーキに向けていた視線を私に真っ直ぐ向ける。


「これまでの人生で貰ったどのプレゼントよりも、嬉しいわ」


 ありがとな、と言ってはにかむ司。


 この驚きと嬉しさと幸せと照れくささがごちゃ混ぜになったような司の表情が、私の網膜に焼き付いた。


「あはは、それなら良かったです!」


 スッ、と晴れた不安。

 そのあとに訪れるのは、安堵と、心の底からの嬉しさだった。


 司に驚いて欲しいという当初の目的はもちろん、口には出せなかった喜んで欲しいという素直な願いも同時に果たされたのだから。


「ほら、結香。早く食べよう!」

「えっ、私もですか?」

「いや、美味しそうではあるが流石にこの量を一人で食べるのはキツイだろ……」


 司が呆れたような苦笑いを浮かべたので、私も「そりゃそうですね」と肩を竦めた。


「取り皿とフォーク、それから紅茶を入れてきますね」

「ああ、頼む」


 キッチンからリビングに向かう不安が拭えない足取りはどこへやら。


 キッチンに戻る私の足は羽のように軽かった――――

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