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第32話 ご主人様のジェラシー?

 やはり私の学校生活の様子は、文化祭以降大きく変わり、それは十一月に入ってからも同じだった。


 いや、同じではないか。

 変化し続けている。

 変化が加速していると言った方が良いのか。


 特にとある一匹の犬――ではなく、一人のクラスメイトとよく接する機会が増えた。



 ある日は――――


「あっ、メイド――っじゃなくって、近衛さ~ん!」

「はぁ……呼び方一日一回は間違えないと気が済まない性格だったりする?」


 授業間休み。

 お手洗いから戻ってきた私が、教室の自分の席に戻ろうとしている途中、司グループの男子である三神君に声を掛けられた。


 未だに癖付いている『メイド長』呼びに思わず眉を寄せて、呆れながら振り返ると、三神君は笑いながら両手を合わせて「いやぁ、ごめんってぇ~」と大して悪びれもせずに、傍まで寄ってきた。


「それで、何か用?」

「えぇ~、用事がないと話し掛けるなってぇ?」

「いや、そういうワケじゃないけど……何か用があるから話し掛けてきたんでしょ?」


 冗談半分とはいえ女々しいセリフを口にした三神君だったが、私にそう指摘されて、手に持っていた何かを差し出してきた。


「この前シャー芯くれたじゃん? そのお返し」


 三神君の指に摘ままれた二本の黒い芯。

 ただ、少し気になるのは二本ともで何だか太さが――――


「〇.五だけじゃ面白くないから、利息分は〇.二のシャー芯にしてみました~」


 ニカッ、と明るい笑みを浮かべる三神君。

 だが、私は思わず半目を作りながら言った。


「いや、〇.二とかそうそう持ってないし、使わないんですけど。普通に〇.五を二本で良いじゃん……」


 このあと、三神君は一度自分の席に戻ってから〇.五のシャー芯を取ってきて、私に二本くれた――――



また、ある日も――――


「近衛さ~ん! 英語の課題やってきた!?」

「え? いやまぁ、そりゃもちろん」


 私が朱莉と雑談しているところに少し慌てた様子でやってきた三神君。


 話を途中で遮られる形になったというのに、何やら意味ありげにニヤニヤしている朱莉を取り敢えず置いておいて、私は振り向く。


「そっか、良かった!」

「……見せないよ?」

「実は俺さ、やってくるの忘れちゃって……」

「見せないからね?」

「そこでお願い!」

「お願いされなくても断ってるんだけど」

「ちょっと見せてくんない……!?」

「まずは人の話聞こうか」


 何だこの茶番劇は。


 私はすっかり呆れてしまったが、隣の席で朱莉が笑いを押し殺すように両肩を上下に震わせているので、どうやら何かツボに入ってしまったらしい。


 結局私は仲良くなったからといって甘やかすのは良くないと思い、課題の答え写しはさせてあげなかった。


 そのあとに三神君は司にも頼っていたようだが、私と同じように断られているのが見えた――――



 ◇◆◇



「なぁ、結香。最近俊也と仲良いのか?」

「はい?」


 これは、とある日の夕方。

 学校から帰ってきてしばらくし、私が司の家で一通りの家事を終えてリビングのソファーに座っているとき。


 自室の扉をガチャリと開けて姿を見せた司がそんなことを尋ねてくる。


 その手には空のマグカップが握られており、キッチンの方へ歩いていっていることから、何か温かい飲み物を取りに来たのだとわかる。


「あっ、私やりますよ」


 私は一旦司の質問をあとにして、ソファーを立ち上がり、司を追い掛けるようにキッチンに入る。


 まずは何を飲むにしても湯を用意する必要があるので、電気ケトルに水を注いでからスイッチを入れようとするのだが――――


「えっ……?」


 スイッチに手を伸ばしていた私の手の上に、司がギュッと握るようにして手を重ねてきた。


 突然のことに、私はビクッと手を震わせる。

 じわりと身体の芯が熱を帯び、胸の奥で鼓動が早鐘を打つ。


 振り向くと、司の榛色の瞳がジッと見詰めてきていた。


「つか、さ……?」

「最近結香が学校で楽しそうにしてるのを見ると、素直に俺も嬉しいが……」


 司の顔が目の鼻の先にまで迫ってくる。

 互いの吐息すら感じられる距離感で、私の顔に熱が籠る。


「同時に、結香は誰が自分のご主人様なのか忘れてるんじゃないかって心配になってな」


 囁くような司の口調に耐え切れず、私はとっくに赤面しているであろう自分の顔を横に背けて逃がす。


「な、何言ってるんですか、もう……」

「結香が誰のモノなのかの再確認、だな」

「そ、そりゃ、私は司の世話係に決まって……」


 司が言わせたい答えを薄々察しながらも、私は少し遠回りな返事をした。


 しかし、どうやら司に逃がしてくれる気はないらしい。

 大抵今みたいに目を細めているときは、私をからかって楽しんでいるときだ。


「そういう答えを聞きたいんじゃないんだよなぁ」

「も、もういいじゃないですか別に……!」

「駄目」


 司が私の顎に手を添えて、背けていた私の顔を正面に向かせた。


「結香は誰のモノだっけ?」

「っ、も、もう……」


 こういうところを見ると、やはり司は独占欲が強いんだろうなと思ってしまう。


 でも、私はそれを重たいとも鬱陶しいとも思えなくて……そういうところが、やっぱり自分はこの幼馴染でありご主人様でもある院瀬見司という人の――――


「……モノ、です」

「もっとハッキリ言わないと聞こえないな?」


 恥ずかしさのあまり声は小さくなってしまったが、この至近距離だ。


 恐らく司の耳にはしっかりと届いていただろうが、どうしても私にきちんと言葉にさせたいらしく、催促してくる。


 逃げることは出来ない。

 私は抵抗を諦めつつも、ほんの気持ちばかり司に恨めしい視線を向けながら言った。


「わ、私は……司のモノです……」


 もういいでしょ!? とこれ以上の羞恥に耐えられそうにないので、私がそう声を上げると、司は満足したように口許に弧を描いた。


「良い子だな、結香は」

「~~っ!?」


 最後にポンポンと頭に手を乗せられたので、私は振り絞った反抗心でそのまま胸に頭突きを喰らわせてやった。


 もちろん、大した威力は出ずに、ポスッ……と司の腕の中に納まるような形になってしまったが――――

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