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第30話 ご主人様と後夜祭

 三日間にわたる文化祭はつつがなく終了を迎えた――――


 一年一組の『メイド・執事喫茶』は三日間を通して大繁盛し、私はメイドとして初日の午前と二日目の午後、三日目の午前のシフトに入った。


 当初、二日目は丸一日自由時間の予定だったが、一人接客係の女子生徒が体調不良になってしまったため、私がヘルプとして入ることになったのだ。


 クラスメイト達は「メイド長メイド長」とうるさかったが、それでも素直に多くの人に頼られるというのは決して気分の悪いモノではなかった。


 司の世話係としての務めに専念するため、今までずっと必要最低限の交友関係に止めてきていた。


 私を必要としてくれる存在は司だけで、私も司にだけ頼られれば良かった。


 もちろん、その考えがガラリと変わったわけではない。

 今でも私のご主人様は司だけだし、これからも司の傍にさえいられればいい。


 でも、司以外の人にも頼りにされるという嬉しさも知った……ということだ。


 ――と、そんなことを考えながら文化祭三日目終了後の夕方、私は学校のグラウンドの一角に立っていた。


 グラウンドでは文化祭の後夜祭が行われている。

 沢山の生徒が集まり、談笑し、賑わっている。


 中には文化祭の出し物で用意した衣装を身に着けたままの生徒もいるし、それをトレードして着ている人もいる。

 もちろん、制服の生徒は大勢だ。


「あ、メイド長~!」

「いたいたメイド長~」


 どこからともなく聞こえてくるそんな呼び掛けに思わず振り向いてしまうのだから、私もすっかり自分で『メイド長』という文化祭限りの役職に馴染んでしまっているのだろう。


 目を向ければ、クラスメイト数名がこちらに手を振りながら近付いてきていた。


「だからメイド長じゃないって言ってるのに」


 そう否定しながらも、私は自然と自分の口許が緩んでいるのがわかる。


「改めてお疲れ様、メイド長」

「いやぁ……調理法からメニュー作り、この三日間上手く店回せたのも、ぶっちゃけほとんどメイド長のお陰だからなぁ~!」


 マジで感謝してる! と、文化振興委員の男子に、さも拝むかのように両手を合わせて頭を下げられた。


 この場にいる他の面々も、男女関係なく笑って「ありがと」「助かった~」「頼りんなったわ!」と感謝を伝えてきてくれる。


 こんなに大勢にお礼を言われることになれてなかったので、私は無性に身体の芯がくすぐったくなるのを感じた。


「べ、別に私は……みんなも頑張ったからでしょ?」


 そう返事をしたら、何が可笑しかったのか、私の前で皆が顔を見合わせて笑いを吹き出した。


「あっははは、メイド長照れてる~!」

「かっわいい~!」

「謙遜しなくていいのに~」

「周囲を立てる……メイドの鏡だぁ!」


 もう恥ずかしさで死んでしまいそうだった。

 顔が燃えるように熱いし、鏡で見なくても真っ赤になっていることはよくわかる。


 そこへ、いつものメンツ――スクールカースト上位の垢抜けた男子二人とお洒落な女子三人を引き連れた司も合流してくる。


 折角わざわざ離れたところから見守っていたのに、どうしてこっちに来ちゃった……!?


 学校内での司との接触は出来る限り避けたい。

 意識していても、ふとした仕草や言動で、司と私の関係性が周囲に悟られる可能性だって充分ある。


「なになに、何の話ですかぁ~?」


 司グループの一人。

 癖っ毛の茶髪と同色の瞳が特徴な、どことなく人懐っこい印象を与える中背の男子が声を掛けてきた。


 すると、私の周りにいた男子の一人が振り向いて答える。


「今、喫茶店が上手く行ったのってメイド長のお陰だよなって話してたんだ」


 それを聞いた司グループの面々が顔を見合わせて頷き合う。


「あぁ、確かに!」

「準備から凄かったもんな」

「みんなに料理教えるときも、めっちゃ上手かったしねぇ~」


 グループの面々までもが私の活躍を褒めてくれている中で、司がどこか意味ありげにニヤニヤしてこちらを見てきていた。


 こ、こっち見んな! と、そんな意思を込めてムッとした視線を一瞬送ったが、司は意に介さない。


 それどころか――――


「近衛さん、将来は良いお嫁さんになるね」

「んなぁっ……!?」


 キラッ、と司が爽やかな王子様スマイル――私はその中に悪戯っぽい色が浮かんでいることに気付いているが――を向けてきて、そんなことを言ってきた。


 思わず私の顔が火を噴く。

 口からは間抜けな声が漏れ出た。


「あはは、司っちなんか爺臭いぃ~」

「いくら院瀬見君がイケメンでもねぇ?」

「最近は何がハラスメントになるかわからないし~」


 グループの女子三人の笑いも誘い、司は「そうかな?」と楽しそうに肩を上下させていた。


 私は熱くなった顔を手で扇いで冷ましながら、心の中で文句を呟く。


 他の人の目があるところで変にからかって、ボロが出て私達の関係性がバレたら一体どうするつもりなんだか…………


 それに、司は知っているはずだ。

 私は世話係として生まれて世話係として生きる。


 確かに、将来的には次代――司の次の世代の『院瀬見家』に仕える人間を生むために、私も結婚して子供を産み『近衛家』を存続させる必要がある。


 しかし、果たしてそれが『良いお嫁さん』かと言われると違うだろう。


 そりゃ、私だって出来ることなら「あ、この人だ」って思える人と結婚して幸せな家庭を築きたい。


 はぁ……それをわかってて『良いお嫁さん』だなんて、やっぱり司は意地悪だ。


 私はジト目を向けて、言い放った。


「ハラスメントしてくるご主人様は嫌いで~す」


 そんな私の言葉に、周りは「メイド長に嫌われちゃったね、院瀬見君」と腹を抱えていた――――

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