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第28話 ご主人様の真意?

 私と司が所属する一年一組の出し物が『メイド・執事喫茶』に決まってから数日。


 今日もクラスでの話し合いが行われており、たった今調理係と接客係の人数が決定した。


 基本的にそれぞれ四人ずつで、午前と午後に分けての交代制。


 接客係の方は執事コスプレをする男子二人にメイドコスプレをする女子二人と同数をキープするようにしようということになった。


 最初は、執事四人が接客係だったりメイド四人が接客係だったりを時間帯で区別するという案も出ていた。


 しかし、それでは執事もメイドもどちらも見たいという客の需要に答えるには、二度に分けて足を運んでもらわなければならないという手間が懸念されたため、却下されたのだ。


 そして、次が問題。

 喫茶店と名乗った以上一番重要といっても過言ではない案件――――


「ん~、メニューどうしようかぁ?」


 教壇に立つ学級委員の司が、困ったようにクラスメイトらへ意見を求める。


 やはり人の口に入るものである以上、学校側からの制限も厳しく、提供出来る料理は限られていた。


 生鮮食品は保存管理の問題から使用不可。

 提供する料理は加熱したものに限る。

 教室では火気厳禁。火を使いたい場合は家庭科室のみ。

 等々…………


 そんな厳しい制限を前に、クラスメイトらからは「えぇ、家庭科室から料理運ばないといけないの?」「行ったり来たりってこと?」「それはだるい……」と不満こそ出ても、案は一つも出てこなかった。


 が、そんな騒めくクラスを他所に私はというと――――


 いや、そんなことしなくても出来なくはない……かな…………


 制限の中でもいくつか出来そうなメニューの案を、頭の中に思い浮かべていた。


 とはいえ、この場で発言するのは控えておこう。

 司との関係性を隠しておく必要もあるし、家からも出来る限り目立たず過ごすように言われている。


 帰ってから、司にアドバイスすれば――――


「ん~、誰か良い案ある人いないかな~?」

「…………」


 司が教壇からクラスを見渡している。

 そして、何故か毎回私の方を見て一度視線を止めてくる。


「誰でも良いんだけどなぁ~」

「…………」


 チラッ、チラッ……とどう考えても意図的に飛ばされてくる視線。


 いや、今言わなくても良いじゃん!

 確かに案はあるけど、帰ってから言うからさ……!


 私はそんな心の声を視線で訴え掛けるが、司は他の生徒からはバレない程度にほんの少し悪い笑みを浮かべた。


 すると――――


「あっ、もしかして何か案あったりする? ?」


 つ、司ぁあああああああっ!!


 まるで、今たまたま良い案を持ってそうな人を見付けたかのような口振りで、司が他のクラスメイトの前で私に話を振ってきた。


 そのお陰で、クラス中の視線を浴びてしまう。

 小、中学校も含めてこれまで避けてきた状況に、立たされた。


 私は涙目になりたいのをグッと堪える。

 そして、さりげに司へ「あとで覚えとけよ……!」と恨みの念を込めた視線を向けてから、静かに立ち上がる。


「えぇっと……火気厳禁でも、IHなら普通に教室でも使えるかぁ、と。同じように、飲み物も電子ポットを持ってきて湯を沸かせば、お茶やコーヒーを入れるのも問題ないと思います……」


 そんな私の答えに満足したのか、それともこの状況に満足したのか……司がニッ、と笑った。


 すると、教室のあちらこちらから「あ、そっか!」「確かに」「それなら加熱調理出来るな」と感心したような声が上がる。


「ありがとう、近衛さん。これで問題なく教室で調理出来そうだ」


 皆の前での王子様スマイル。

 ただ、それでいてどこか普段家で見せてくるような素の笑みのニュアンスも含まれているようで…………


 司は一体何がしたかったんだ? と、私はどこか落ち着かない心地で席に着いた。


「凄いね、近衛さん」

「えっ?」


 突然、隣の席に座る女子生徒に褒められたので、私は思わず目を丸くしてしまった。


「調理するなら家庭科室って思い込んでたけど、教室でも料理出来る案がすぐに思い付くなんてさ」

「あ、ありがとう」


 その女子生徒だけではない。

 周りに座る他の生徒からも「近衛ナイス」「良く思い付いたなぁ」と小さくサムズアップされたり笑顔を向けられたりした。


 あまり経験のない状況に戸惑いながらも、何とか笑みを返しながら思った。


 もしかして、司……私が他の生徒と馴染めるようにしてくれてる……?


 考えすぎかもしれない。

 単なる司のイタズラかもしれない。

 恐らくその答えを帰ってから聞いても、司はまともに取り合わないだろう。


 だから、その真意はやはりわからないが“もしかするとそうなのかもしれない”と考えるだけで、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


「さっ、みんな。メイド長のお陰で教室で加熱調理が出来るようになったところで、早速メニューの案を出して言ってくれ!」


 パンッ、とにこやかな司が手を叩き合わせてそう投げ掛けた。


「って、え? メイド長……!?」


 さらっと発言の中に聞き捨てならない部分があったような!?


 一瞬聞き間違いかとも思ったが…………


「メイド長、また何か良い案出してください!」

「メイド長、頼りにしてます!」

「もしかしてメイド長、料理も出来る?」

「メイド長! 私ケーキ作りたい!」

「メイド長!」

「メイド長、メイド長!」

「「「メイド長ぉ~!!」」」


 どうやら私の耳は正常だったらしい。

 そうでないことを祈りたかったが………


 司のノリが浸透したようで、教室のあちらこちらから私を「メイド長」と呼ぶ声が上がる。


 隣の席の女子も可笑しそうに笑いながら「よろしくね、メイド長」と言ってくる。


 カァ、と自分の顔に熱が溜まっていくのを感じる。

 恥ずかしさで、握り込んだ拳の震えが止まらない。


「う、うるさいなぁあああ~!!」


 たまらず叫ぶと、わっと教室に笑い声が満ちる。


「メイド長が怒った!」

「すみません解雇しないでください~!」

「ここで働かせてくださいっ!」

「メイド長のもとで精進します~!」


 そんな各々の声を全身に受けながら、私はジッと司を睨んだ。


 教壇に立つ司はそんな私に爽やかな王子様スマイルを向けている。


 胸の奥の温かさ?

 司の気遣い?


 知らん。

 今はとにかくその飄々とした王子様の顔面に拳をめり込ませてやりたかった――――

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