司に代わって私が千春さんの身体に日焼け止めを塗った。
それはもう女性であれば羨まずにはいられないような、きめ細かくてすべすべの柔肌の感触がまだこの私の手に残っている間に、千春さんは早速司を連れていた。
「あっ、司くん。もうちょっとじゃないですか?」
「崩れないよう慎重にいきましょう、千春先輩」
二人は小さな砂山を作り、両端からそれを手で掘ってトンネルを開通させようとしていた。
って、子供じゃあるまいし、その遊び面白い?
千春さんのことだから、てっきり私は――――
『ふふっ、冷たいですよ司くん』
『あはは!』
『意地悪な司くんにはお仕置きですっ! えいっ!』
浅瀬で海水を掛け合う二人。
朗らかに笑う千春さんが水を掛けようと腕をすくい上げると、それに呼応するように豊満な胸の膨らみが揺れて…………
とか――――
『きゃっ、司くん。水着が……!』
『ちょっと待っていてください! 今ボクが取って――』
『待って!』
『……っ!?』
胸を包み隠す布が波に流された千春さんが、ピタリと司の背に張り付く。
そして、恥ずかしがりながらもどこか蠱惑的な微笑みを湛えて――――
『離れないでください、司くん……他の人に見られちゃいますから……』
とか――――
――って、いやいや!
プライベートビーチだから!
他の人いないから見られる心配もないから!!
私は勝手に自分が作り出した妄想に、自分でツッコミを入れてしまった。
でも、千春さんであればそれくらいのことはしてくるのではないかと思っていた。
それだけ、司を落としたいという気持ちは強いはずだ。
そう思いながら、私は拭いきれない不安を抱えながら、やや遠巻きから二人の様子を見守っていると――――
「あっ、繋がりましたねっ!」
「崩れなくて良かったですね」
嬉しそうに微笑む千春さんと、それに応えて笑う司。
「ふふっ……えいっ!」
「ちょ、千春先輩……!?」
千春さんが悪戯っぽく笑ったと思ったら、急に司が驚きの声を漏らす。
ぱっと見、ただ砂山にトンネルが開通させただけにしか見えないが、一体何が起こって――――
と、そこまで考えて、私は一つの答えに辿り着いた。
そして、やはり千春さんは侮れないと再認識させられた。
考えれば簡単なコト。
砂山を両端から手で掘ってトンネルを作るということは、開通するその瞬間に、砂山の中で二人の手と手が出逢う。
そこで突然手を握られればドキッとするだろうし、トンネルの中で外からは何が起こってるのかわからない二人だけの秘密の空間ということも相まって、アプローチの方法としては見事なものと称賛せざるを得ない。
たかが子供の遊び。
だが、その児戯を着実な一手としてみせる千春さん。
これは千春さんが一枚上手だった。
決して司がチョロいわけではない。
そうでないと、わかってはいるが――――
「デレデレするなっ……司のバカ……!」
もちろん二人に聞こえない声量で、私は一人虚しく毒づいた。
◇◆◇
「ふふっ、司くん。そろそろ海に入りましょう?」
「良いですけど、入る前にしっかり準備運動を――って、千春先輩!?」
しばらく砂浜で遊んでから、千春さんが明るく笑いながら海に入っていった。
バシャバシャと水音を立てて駆け、すぐに胸の高さほど水位のある場所まで泳いでいく。
司は少し困ったような表情でストレッチをしながら声を掛ける。
「千春先輩~、ちゃんと準備運動しないと危ないですよ~」
「ふふっ、大丈夫ですよ~! 司くんも早くいらっしゃってはどうですか~?」
千春さんはどこか浮かれたような声色でそう答えるが、司の指摘はもっともだ。
人間は洗面器程度の水量でも充分溺れることが出来る。
海ともなればその危険性は比較にならない。
もし、全身が浸かるような水位の場所で何か怪我をすれば、パニックになってそのまま沈んでしまってもおかしくはない。
でも、私は別に心配はしていなかった。
だって、よく考えてみてほしい。
あの千春さんだ。
いくら遊んで多少楽しくなってしまっているとはいえ、理性を欠いた行動をするとはとても思えない。
こうやって浮かれているのも演技で、それこそ準備運動をせずに怪我をしたフリでもして、司に自分を助けさせ、スキンシップを図ろうとでもしているのではないだろうか。
うん。絶対そうだ。
そうに決まってる。
そう確信して、私がコクリと頷いた瞬間――――
「っ、しまっ……!!」
バシャッ!! と綺麗に泳いでいた千春さんが、何か慌てたように水面を荒立たせる。
ほら、予想通り。
足でも攣ったフリだろう。
「足がっ……!!」
「千春先輩!?」
千春さんの様子に、司も眉を顰める。
……なかなか真に迫った演技だ。
そうとわかっていても、妙に緊迫感を煽られる。
私も思わず注意深く見入ってしまっていた。
「たすけっ……!!」
「「――ッ!?」」
演技じゃない!!
司と私は恐らく同時に気付いた。
咄嗟にこちらへ振り返ってきた司の表情は真剣。
そのときには、すでに私は動いていた。
「結香っ!!」
「任せてくださいっ!!」
私は履いていたサンダルと羽織っていたパーカーを脱ぎ捨てて、砂浜を駆ける。
急いで海に走って入り、身体に浮力が感じられたタイミングですぐに泳ぎで千春さんがいる場所まで向かう。
まさか司の世話係として身に付けたはずのスキルを、こうして千春さんのために使うことになるとは思ってもいなかったが、この際そんなことも言っていられない。
「千春様!」
プールと海は違う。
快適に泳げるよう設計されたプールでの泳ぎ方と、自然そのものである海での泳法もまた違う。
私は海の波に押し負けない力強いクロールで十秒と掛からず千春さんの傍まで来ると、その腕を自身の肩に回し掛けるようにさせた。
「もう大丈夫ですよ、千春様」
「けほっ、けほっ……すみません。足を攣ってしまって……!」
やはり演技ではなかったようだ。
水中で足を折り曲げているようだし、痛みがあるのか身体に緊張が感じられる。
私は千春さんを連れてゆっくり泳ぎ、浅瀬に向かっていく。
その途中――――
「なかなか上手くいきませんね。最初は攣ったフリをするだけのつもりだったんですが……ご迷惑をお掛けしてしまいました……」
このまま溺れさせてしまおうか、と一瞬そんな考えが脳裏を過ったのは、私だけの秘密だ――――