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第22話 ご主人様のお見合い!?

 七月の下旬。

 高校は長期夏季休暇に突入した――――


 ほぼすべての教科から出される大量の夏季休暇課題に目を瞑れば、一ヶ月ちょっとの間学校から解放されるというのは、まさしく桃源郷にやってきたかのような感覚だろう。


 しかし、残念ながら現実問題、高校生はそれほど暇ではなかった。


 運動部に所属する生徒は、夏季休暇だろうが何だろうが関係なく毎日練習があるし、そうでなくても二週間ほどは補習で登校しなくてはならない。


 とはいえ、補習さえ終わってしまえば、部活動に所属していない私は自由。


 司の世話係として家事をこなし、身の回りの世話をし……と、まぁ結局そうなるのだが、やはり学校がない分負担は減るし、空き時間を自分のために使える。


 さてさて、何をしようか。

 新しい服を買いに行くも良し、夏だから海に――という柄ではないが、どこかへ遠出するのも悪くない。


 もちろん、私は司の傍を離れられないので、私が出掛ける時には司にも同行してもらうことになるが。


 ……と、そうやって夏季休暇の予定に想像を膨らませていた私が



「ふふっ、お初にお目に掛かります、院瀬見司様。わたくし、花ヶ崎はながさき千春ちはると申します。この度は、お忙しい中お時間くださったこと、感謝申し上げますわ」


 そう言って上品な所作で頭を下げるのは、いくつものファッションブランドを抱えるアパレル業界の超大手企業『花ヶ崎ホールディングス』の社長令嬢。


 背丈は百六十センチを少し超えるくらい。

 玉のような白肌はきめ細やかで、栗色の長髪は緩くてふわふわ。


 楚々と整った顔には常に穏やかな笑みが湛えられており、目尻の垂れた糸目も相まって柔和な雰囲気を放っている。


 また、手足は長くしなやかで、細身ながらも出ているべきところはしっかり出ており、抜群のプロポーションを誇っていた。


 なぜそんなやんごとなき少女と、こんなで司がテーブル越しに向かい合っているかというと――――


「こちらこそ、お会い出来て嬉しく思います。花ヶ崎ホールディングスの経営手腕は前々から目を見張るものだと思っていましたが……まさか、社長のご息女とをすることになるとは」


 ははっ、と学校生活同様、完全な対外的王子様スマイルを浮かべた司が照れ臭そうに頬を指で掻く。


 そう。今はお見合い中。


 どうやら、私はもちろん司本人ですら知らない内に、院瀬見財閥当主である司の父親と、超大手アパレル企業である花ヶ崎ホールディングス社長の間でやり取りが交わされていたらしい。


 その結果、更なる事業拡大を目指す『院瀬見』と、資金面や後ろ盾という面で傘下に入ることを望む『花ヶ崎』で利害が一致。


 そこで、両社の結びつきを強固なものにするため、院瀬見財閥の御曹司である司と花ヶ崎ホールディングス社長令嬢の千春が、こうしてお見合いをすることになったのだ。


 それも、ただの平和なお見合いではない。

 親同士が取り決めた、政略結婚を視野に入れたお見合いだ。

 初対面で、そこにあるのは実家の利害関係のみ。


 時代にそぐわない光景だが、それでも未だに絶滅には至っていない文化と戦略である。


 ただ、このお見合いの場に両者の親――院瀬見現当主と花ヶ崎社長が同席していないのは、もちろん忙しいというのも理由の一つだろうが、自分達がいなくても司と千春であれば問題なく事を進められると信頼しているというのが一番大きいだろう。


 私はそんな異様な光景を、司が座る斜め後ろの位置に控えて立って見ている。


「いやぁ、緊張してしまいます」

「ふふっ、ご冗談を。それを言ったら、わたくしなんて今にも心臓が口から飛び出してしまいそうですわ」

「ははは」

「ふふふ」


 両者ともに穏やかな表情。

 緊張なんてとんでもない。


 表面上照れたり笑ったりして和やかな雰囲気を醸し出しているが、その裏では互いが互いの人柄を、思惑を探り合っている。


「まぁ、司様も急なお話で驚かれていらっしゃるでしょうが、わたくし達の関係も今すぐにどうこうなれということではございませんし、まずはそうですね……歳相応に、お友達からということでいかがでしょうか?」


 千春が微笑みを湛えて小首を傾げる。

 司はそれに快く首を縦に振った。


「こちらこそ、よろしくお願いします。ボクのことは、気軽に『司』と呼び捨てて呼んでください」

「ふふっ、では司くんとお呼びしますね。では、わたくしのことも年上などとは考えず、下の名前でお呼びくださって構いません」

「年上……失礼ですが、千春さんは……」


 おいくつですか、というのはわざわざ言葉にしなくても伝わったようで、千春は笑って答えた。


「ふふっ、四月生まれの十七歳。今、高校二年生ですわ」

「なるほど……では、千春先輩ですね」

「あら、千春ちゃんとかでも良いんですよ?」

「あはは、それは馴れ馴れしすぎませんか?」


 わかっている。

 二人の会話は――といっても、千春が司をどう思っているかはわからないが、少なくとも司の言葉は表面的なもの。


 自分の行動一つで家に迷惑を掛けることがないよう、両者の関係を友好的なものにしておくためのパフォーマンス。


 わかっている。

 わかっているが……こうして私の目の前で司が他の女の子と、それもとびきりの美少女と楽しそうに話をしていると、無性に胸の奥が騒めく。


 学校で他の誰と喋っていても、別に特に何とも思わない。


 それは、やはりどこかでその誰よりも私の方が司のことを知っていて、司の信頼を得ていると確信しているからなのだと思う。


 しかし、この千春さんは別だ。

 二人ともその口で明言はしていないが、まさしく政略結婚。


 形がどうあれ、結婚もしくは婚約を視野に入れている以上、将来的に二人の関係性は、司と私の関係性を超えてしまうかもしれない。


 そう考えると、不安で、怖くてしょうがない。


 私は司の世話係。

 幼馴染で、親友で……それでもあくまで主従の関係。


 だから、私がこんなことを考えてしまうのは本来あってはならないことなのだと思う。


 それでも、考えてしまう。

 司と千春さんが結ばれた先に、私の居場所はあるのだろうかと。

 司の隣に、私はまだいられるのだろうかと。


 司は、この政略結婚を……そして、千春さんをどう思っているんだろう……?

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