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第20話 ご主人様は守りたい?

「これ、どういう状況?」


 ナンパしてきた茶髪の青年と黒髪マッシュの青年から引き剥がすように、司が私の身体に腕を回して抱き寄せる。


 力強い。

 別に痛くはないが、それでも回された腕には確かな力が籠っており、決して私を離さないという確固たる意志が感じられる。


 加えて、いつも私の前ではおどけた仕草や意地悪な表情しか見せないくせに、このときばかりは鋭い視線で二人の青年を見据え、声色もオクターブ低く硬くなっている。


 二人の青年は司の登場に一瞬驚いていたが、すぐにその気迫に当てられて一歩後退りする。


「あ、あちゃ……こりゃ、マズったかな……?」

「何だ、やっぱ彼氏いるじゃん……」


 茶髪の青年は気まずそうに後ろ頭を掻き、黒髪マッシュの青年は呆れたように肩を竦めた。


 いや、さっき言った通り本当に司は彼氏ではないのだが、確かにこの状況を傍から見れば、誰もが司を私の彼氏だと誤解するだろう。


 だとするなら、あまりにも司と私のスペックが釣り合っていなさすぎて泣きそうになるが。


「あはは。ゴメンね~、声掛けちゃって~」

「じゃ、俺ら行くから」


 特に揉め事になるワケでもなく、青年二人はあっさり引き返してくれた。


 しばらく司が遠ざかるその二人の背中を睨んでいたので、私は腕の中から宥めるように言った。


「つ、司……落ち着いてください。私は別に何もされてませんから……あと、そろそろ解放してください……恥ずかしいので……」


 身体の芯から熱くなる感覚に耐えられずそう言うと、司は「あっ、すまん……」と少し慌てながら私の身体に回していた腕を解いた。


 妙な気恥しさから、二人してしばらく黙っていたが、いつまでもこうしてはいられないので私から沈黙を破った。


「あ、あはは……私なんかがナンパされるとは思ってもいませんでした。人生初ナンパですよ」


 ややおどけた口調でそう笑い掛けると、司はイマイチ視線の定まらないまま頬を指でポリポリと掻きながら言ってきた。


「そりゃ、されてもおかしくないだろ」

「え……?」


 どういう意味だろう――と、私が首を傾げている間に、司はすぐ話題を変えるようにビシッと人差し指を向けた。


「というか、気を付けろよな。俺には散々安全安全ってうるさいくせに、言ってる本人がが危ない目に遭ってたんじゃ世話ないぜ」

「うっ……」


 確かにその通りだ。

 私は司の世話係で、司の身の回りの世話と安全を確保するのが役目。


 でも、そんな役目を受け持っている私自身が、自分の安全すら守れていないなんて笑い話にもならない。


 それどころか、最後は護衛対象ともいえる司に守ってもらったのでは、一体どちらが世話係なのかわからない。


「す、すみません……迷惑を掛けてしまって……」


 世話をするべき相手に、世話をされた。

 自分の主人である司に、手間を掛けさせた。


 世話係として、これ以上ない失態である。


 私は反省の念を胸に抱えながら、司に向かって頭を下げる。


 しかし――――


「はぁ、迷惑? 馬鹿か」

「あいたっ……!?」


 頭部にコツンと小さな衝撃。

 私が下げた頭に、司が右手の手刀を当てたのだ。


 困惑しながら顔を持ち上げると、半目を開いた司が見えた。


「ぜんっぜんわかってねぇな、結香は」

「わ、わかってますって! 世話係として、もう司に迷惑は――」

「――はい、違う」


 司が私の言葉を遮って、呆れたように首を横に振った。


「いいか? 確かに結香は俺の世話係で、俺の安全を第一に考えてくれている。それは素直に嬉しいっつうか、まぁ、助かってる」


 でもな、と司は続ける。


「それは、結香が結香自身のことを後回しにしていい理由にはならねぇんだよ。もっと自分のこと大切にしろ。それでもし自分一人の力でどうにもならなかったら、遠慮なく俺を頼れ、迷惑を掛けろ」


 意地悪な笑みでも、挑発的な笑みでも、嘲るような笑みでもない。


 ニッ、と浮かべられたその笑顔は朗らかで、優しかった。


「結香が俺を守ってくれるように、少しは俺にも結香を守らせろよな」

「つ、司……」


 いつの間にか鼓動は早くなり、同時に胸の奥をギュッと絞められたような感覚。


 小さい頃から司の世話係として厳しく育てられてきた。


 自分のことは二の次三の次。

 第一に考えるべきは主人である司のこと。

 司が困っていたらすぐ補助――何なら困るような状況を生み出さない環境づくりを徹底せよ。


 あくまで私は世話係で、身の程を弁え、間違っても司に迷惑を掛けるなんてことはあってはならない。


 そう、教え込まれてきた、のに…………


「……あはは……あ、ありがとうございます……司……」


 思わず目元が熱くなってしまった。

 幸い涙は堪えられたが、それでも多少目が潤んでしまうのは避けられない。


 じぃん……と胸の奥から優しい温かさに包まれているかのようだった。


「ほら、わかったら帰るぞ」

「うわっ……」


 司はポンと私の頭の上に手を乗せると、櫛で梳かされた私の髪に構わず二、三度左右に撫でてから歩き出した。


 もぅ、と私は小さく不満を呟きながら乱れた髪をササッと手で直してから、司のあとを追う。


「そう言えば、司。担当編集さんとの打ち合わせはどうだったんですか?」

「んぁ~、もうちょっと挿絵増やせないかって言われたんだよなぁ~」

「えっ……」


 そんな言葉に嫌な予感を覚えた私。

 先程までの優しい笑顔はどこへやら、司はニヤリといつも通りの意地悪な笑みを浮かべて言ってきた。


「こりゃ、沢山参考資料が必要そうだから……結香、また衣装着てモデル頼むわ! ははっ!」


 んなぁっ!? と絶句して足を止める私に構わず、司は愉快そうに笑いながら歩いていく。


「つ、司は私にもっと迷惑を掛けないように心掛けてくださぁあああいっ!!」


 私の切実な願いは虚しく。

 今日、帰ってから早速、様々な衣装を着て多種多様なポーズを取らされることになったのだった…………

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