六月末にあった一学期末テストでも司に惨敗し、悔しい思いとその後の命令権でちょっぴり恥ずかしい思いをしたのも、すでに過去のこと。
七月に入って数日経ち休日の今日、私は――――
「ねぇ、君一人~?」
「時間あったらさ、俺らとちょっとお茶しない? 驕るからさ」
……ナンパされていた。
司と私が住む住宅街から電車でやや遠出した場所にある街。
木々が青い葉を茂らせ、花壇にはヒマワリが咲いている比較的緑の多い公園の一角にあるベンチに座っていると、少し年上の青年二人に声を掛けられてしまった。
「ええ、えぇっと……」
一体どうしてこんな状況になってしまったのかを語るには、今朝まで時間を遡ることになる――――
◇◆◇
「あっ、そういえば今日、昼過ぎから担当編集と打ち合わせだった……」
「えっ!?」
司の家で朝食を済ませ、キッチンで私がその片付けをしていると、ソファーでくつろいでいた司が突然思い出したかのようにそう言った。
「すっかり忘れてたわ」
「ちょっ、そういうことは前もって言ってくださいよぉ~!」
私は慌てて食器を洗い、水切り台に全て並べていく。
「何で結香が慌ててんだよ」
「だって、打ち合わせということは出掛けるんですよね?」
「まぁ、そうだけど……でも別に結香は家にいてくれてもらって――」
「――構わない、なんてことないですからね?」
そんなことしたら私が家から怒られます、とため息混じりに付け足して言う。
「流石に打ち合わせに同席したりはしませんけど、行き帰りは一緒にいますから」
そんな私の言葉に目を瞬かせていた司が、ふいにニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「おっ、そこまでずっと俺と一緒にいたいのか~?」
「んなっ……!?」
ドキッ、と胸の奥で心臓が跳ねた。
違う。
これは別に図星だったとかそういうのではなく、的外れな言い掛かりをつけられたことに少し驚いただけだ。
「ち、違いますから! それが私の仕事だからですっ!」
「ホントにそれだけかぁ~?」
「うるっさいですね! ほら、さっさと準備してください! 打ち合わせ行くんでしょ!?」
へ~い、と気の抜けた返事と共にひらりと手を上げてから、外出の支度をするために自室へ向かう司。
それを見送ってから、私も一旦自分の家に帰って準備を済ませた。
………………。
…………。
……。
と、いう経緯で現在に至る――――
「ねぇ、どうどう~?」
「ちょっと付き合ってくれるだけで良いよ?」
やや間延びした喋り方をする茶髪の青年と、黒髪マッシュの涼し気な雰囲気の青年。
二人とも垢抜けた風貌で清潔感もあり、決して話し掛けられて不快という気はしないが、初対面の異性と話すテンションや仕草などから妙にこなれている感があり、そこはちょっぴり気になってしまう。
ただまぁ、何よりもどうして私なんだろうという戸惑いが大きい。
そりゃ、この手の人達は女の子なら誰でも良いんだろうけど、そうだとしても他にもっと声を掛ける相手はいるだろう。
別に私は特別容姿が整っているわけでもないし、顔も普通に地味な方だと思う。
なのに、数多くいる女の子の中でなぜ私…………
「ねぇ~ってばぁ~」
「あっ、えっと……」
どうやら茶髪の方はかなり人懐っこいようだ。
自然流れで私の右隣に腰掛けて、左腕を私の後ろの背もたれに伸ばしてきた。
黒髪マッシュの方は私の正面に立っており、まるで逃げ道を失くすかのように右側と前方に位置取られてしまった。
「すみません。実は人を待っていて……」
そう答えると、今度は黒髪マッシュの方の青年が首を傾げた。
「人? 友達?」
「と、友達というワケでは……」
「んじゃ、彼氏?」
「か、彼氏っ!?」
思わず変に声を大きくしてしまった。
カァ、と顔が熱くなる。
「彼氏でもないですから……!」
「あはは、じゃあ誰だよ」
確かに。
友達でもない、恋人でもない……それでもこうして公園で待つ相手。
司と私の関係性を一言でわかりやすく説明するのは、やはり難しい。
「まぁ、そんな相手だったら良いじゃ~ん!」
「ちょ……!?」
隣に座っていた茶髪がサッと私の肩に手を回し、そのまま立ち上がらせた。
「ほらほら、行こう~」
「あ、あの……!」
正直、回された手を振りほどくのも、軽く突き飛ばしてこの場から離脱するのも容易い。
しかし、出来れば穏便に済ませたい。
こんな人目のある場所で揉め事など起こせば、司に迷惑を掛けかねない。
お茶するだけと言っているし、一旦付き合うフリをして、途中で「トイレに行く」とでも言って抜け出そうか。
司は担当編集者との打ち合わせでまだ少し掛かるだろうし、それまでに戻れば問題ないはずだ。
と、私がそんな作戦を立てていると――――
「悪い。待たせたな」
「あっ……」
今まさに歩き出そうとしていた私達の後ろからやって来た司が、サッと私と青年二人の間に割って入ってきた。
「う、打ち合わせは……!?」
「思ったより早く終わった」
そんなことより――と、司はギュッと少し強めに私の身体に腕を回し、自分の方へ抱き寄せながら硬い声で言った。
「これ、どういう状況?」